宮廷魔法師クビになったんで、田舎に帰って魔法科の先生になります
世界るい
第1話 嫌われ者の宮廷魔法師
結果論から言えば、これで良かったと思う。人生、特に人との縁と言うのは奇妙なものだ。俺を取り巻く全ての人が良い人かと言えばそれは違う。だが、間違いなく人との縁に恵まれていると言えよう。さて、灰色の生活からいっぺんにドタバタと色付きはじめた俺の人生。はじまりは、とある冬の日であった──。
「ジェイドお疲れ」
「ダーヴィッツさんお疲れ様です」
「んむ。いつ見てもお前の報告書は丁寧だな。他のやつらに見習わせたいくらいだ。さて、仕事も終わったんだろう? いつまでも残ってないで早く帰れ」
「でも──」
「でももへちまもない。お前は働きすぎだ。ほれ、帰れ帰れ」
直属の上司にそう言われ、俺は二の句を継ぐことができず、少ない荷物をまとめる。同僚にも挨拶をするが、どれもおざなりで返事を返さない者も多い。
そんなことにも慣れた俺は職場から出ると城下町をゆっくりと歩きはじめる。後ろを振り返れば、巨大で立派な城──これが俺の勤務先だ。仕事内容は宮廷の警護。いわゆる宮廷魔法師と呼ばれるものだ。幼い頃から魔法が好きで、田舎から上京し十六年、憧れの職につき順風満帆──と思いきや、現実はそこまで甘くない。
(うぅ、さむっ。やれやれ嫌われ者はつらいね……)
日が落ち、街灯の明かりが煌びやかな城下町で、それぞれに楽しんでいる人を見て気が滅入る。こんな気分の日に自炊などする気になれないため、いきつけの酒場に寄る。何度も通っていれば顔見知りくらいはできるもので、ほら早速──。
「お、エリート魔法師様じゃん。お疲れさん、こっちこいよ」
「よせよアルク。別にエリートなんかじゃない」
お世辞にも綺麗な格好とは言えない無精ひげの男、アルクが話しかけてくる。既に酒はかなり入っているようで、耳まで真っ赤だ。
「はぁ、宮廷魔法師がエリートじゃなかったらなんだってんだよ。俺なんて明日、明後日死ぬかもわからなぇ日雇い傭兵だってのによ」
「コラ、アルクやめな。ジェイドが困ってるじゃないか。ジェイドお疲れさん。今日は何にするんだい?」
「ハハ、マレットさんありがとう。ん、いつもので」
「あいよ」
アルクの悪酔いには馴れたもので、そこまで困ってはいない。いつものことなのだ。それはこの酒場の女将であるマレットさんも分かっているため、今の一連の流れは挨拶みたいなものである。それに俺はアルクの誇張や嘘を多分に含んだ傭兵話しが好きであった。こんな話しはここでしか聞けない。なぜなら魔法局の連中は堅苦しいのが多く、勤務中は私語などしないし、仕事が終わって一杯ひっかけに行くという者もいない。むしろ酒を飲むというのは悪であるという風潮さえある。だからこそ、城下町のハズれに住み、宮廷魔法師が間違いなく来ない安酒場に通っているのだ。
「──で、って、おい、ジェイド聞いてんのか?」
「聞いてる、聞いてるよ。それで、その片角が折れたベヒーモスをどうしたんだ?」
「そうよ。その片角のベヒーモス。通称アビスと遭遇した俺は先頭に立ち、言ったね。ここは俺が時間を稼ぐ!! お前らは逃げろっ!! ってな。バスターソードを構える俺、紫電を纏い臨戦態勢になるアビス。自分の何倍もあるベヒーモスに俺はつっこんでいった! どうなったと思う?」
「さぁな。かの有名なアビスなら絶望的だろう。食われたんじゃないか?」
「バッカ、お前、そしたら俺は死んでるじゃねぇか。生きてるから、こうして話せるんだろうが!」
「クク、冗談だ。あぁー、じゃあもう片方の角をバスターソードで斬り飛ばしたとか」
「お、いいね。それいただき。そう、つまり、その通りだ! 俺はやつの岩のような拳を紙一重で避け、丸太より太いその腕をタタタと駆け上がり、気合一閃、渾身の一撃を振るったのよ。それがやつの左角にクリーンヒット! 根元からボキィィ!! 角はクルクルと回り、地面にトスンと刺さったわけ。暴れ狂うアビス。俺は一旦、飛び降り距離を置いて睨むっ! すると、やつは分が悪いと悟ったのだろう。尻尾を巻いて、さっさと逃げていったぜ」
「ほぅ。そいつはすごい。で、その戦利品である角はどうしたんだ?」
「んぐ? あぁ、角ねぇ。あー、そうだ思い出した。その護衛対象がとある国のやんごとなき方々でな? その中に五歳になる娘がいて、その子が欲しいと言い出したから俺は笑顔でほら、嬢ちゃんプレゼントだ、って渡したんだ」
「なんとも美談だな。アルクらしくない。まぁだが、さぞ角に対するお礼が出ただろう? 今日はご馳走になっていいということか?」
「はんっ、バッカやろー。俺は厚意でその嬢ちゃんにやったんだよ。見返りなんかつっぱねてやったぜ」
「クク、そこまで言えれば大したものだ。マレットさん、この英雄にエールを一杯」
「お、先生、分かってるねぇ。んじゃ、先生に──」
「あぁ、英雄に──」
「「乾杯」」
こうして、俺とアルクはその日も与太話しをしながら飲んでいた。
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