第23話   どこかで見たことがある②

「お前、さっき自分の個人情報が流出してるとか、演劇で使われたとか言ってたな」


「はい」


「お前の原稿な、本に掲載されてる作品と同じなんじゃなくて、団員たちの過去そのままが書かれてるんだよ」


「え? 団員さんの、過去ですか? いえ、あの、わたし、そんなことしてません! 誰かの過去を、そのまま無許可でシナリオに書くなんて……そもそもわたし、過去を語り合えるような親しい友人を、まだ作れていないんです……」


「そうかよ」


「その団員さん達に、会わせてください。どういうことなのか、尋ねたいです」


「多分、向こうもそう思ってるだろうよ」


「う……」


 双方ともに、どういうことかと狼狽しているらしい。それでも、セシリアは己の無実を証明するために、彼らと会って話を聞かなければ、そして聞いてもらわなければならない。


「オレ様は一人で原稿を読んでるわけじゃないんだ。劇団員たちにも、どのシナリオがグッとくるか選んでもらってるんだ。滅多に採用されねーけどな」


「あ、それでわたしの原稿にも、目を通してくれた団員さんがいたんですね」


「そういうこった。で、だ、どの団員も、お前に自分の過去を話した事はないって言ってる。じゃあお前は、特に面識もない団員の過去をどこから詳しく知ることができたんだ? そして、どうしてそれを何の悪びれもなくオレ様に提出できるんだ? お前の意図が読み取れない」


「わたしは後ろめたいことはやっていません。誰かの過去を訪ね歩いて、シナリオになんて絶対にしません!」


 何度だって身の潔白を訴えるつもりでいるセシリア、絶対にわかってもらえるまで、もう団長のそばを離れない気概だった。


(いったい誰が、わたしが書いたシナリオを、自分の過去の話と同じだなんて言ってるのかしら。そんなこと絶対にありえないのに! わたしは誰の過去も聞いたことない。あ、でも、最近なら大家さんの昔話を聞いたわね。それだって、無許可でシナリオに書き足そうなんて思ってないわ!)


 セシリアの信念にのっとって、最もあってはならないことだった。


「団長、わたしのことを疑っているから、今日呼び出したって言ってましたね」


「まあ、これだけ苦情が来てればな」


「苦情って……」


「オレ様もお前の原稿の扱いには困ってるんだよ」


 ……謝りたくないセシリア。どうしても謝りたくなくて、けっきょく口をつぐんでいた。


「お前が最近送ってきた妙な長編、これはどういうことだ?」


「え……?」


 団長の派手な衣装ばかりに目がいってしまい、セシリアは気がつかなかったが、団長は片腕に茶封筒を抱えていた。見覚えのある文字が書かれた封筒であった。


「それは、わたしが団長宛に送った、シナリオですか?」


「お前、実在する人物を、本人に無許可でシナリオに書いたよな」


「あ……はい……。ロビンさんとメルビアンさんを、登場人物にして書いちゃいました。え、まさか、魔王を倒すための旅をする二人の話まで、過去の出来事だとか苦情が来てるんですか!?」


 それがまかり通ったら、ロビンとメルはすでに魔王を倒してしまったことになる。それが本当にあった出来事だと言われて、へぇそうなんですかと納得してしまう人間がどこにいるのかと、セシリアは目を見開いていた。


 団長がやたら廃墟を気にしている。ちゃんと向き合ってくれていないみたいで、セシリアは不安になった。


「団長……ロビンさん達が魔王倒しただなんて、信じるんですか?」


「いや、信じない。だって魔王は、まだ生きてるからな」


「そうですか」


 そういえば最初の設定では、魔王は団長だった。その団長が生きているのなら、そのシナリオは過去の話にならない。


「一つ聞きたいんだが」


「はい。何でも聞いてください」


「お前は、今まで手掛けてきたシナリオのアイデアを、どこで仕入れてる」


「誰かの話を盗み聞きしてまでは、書いてません」


「だから、そうじゃなくて、どうやってアイデアを出して書いてるのかって聞いてるんだよ」


「あ、はい、夢です。わたし、夢の中で空気のようになって、誰かとの会話を眺めていることが多いんです。あ、でも! 現実の世界でそれを実行した事はありませんよ。わたしはいつだって真正面の特等席で眺めていて、周りがそれに気づかないのはおかしいですから、間違いなく絶対に、あれは夢です」


 特にセシリアはこの国に来てから、鮮明にはっきりと、アイデアが浮かぶようになっていた。それを忘れないうちに、シナリオに書き起こし、団長に提出していたのである。


 赤い星に囲まれた団長の片目と、青い涙を流す片目が、しばし思案しながら泳いだ。


「ふぅん……。それじゃあ、ロビンたちが旅を決行したところまではお前の夢で、魔王を倒したってあたりからは、お前の創作なんだな」


「え? 創作も何も、話の全部がわたしの手作りですよ。何かを書き写したわけではありません」


 それだけは絶対に譲るものかと、セシリアの体がこわばる。


 団長は再び、あの廃墟を眺めた。廃墟の穴という穴から、小さな麻袋でできた人形たちが這い出てきて、団長と目が合うなり、一目散に外へと逃げていく。


「ハァ~ア……」


「あの、団長? 目の前でため息つかれると、すごくへこみます……」


「お前がオレ様にあれこれ文句言う立場じゃねーが、どうにもこの件、きな臭い。セシリア、お前の無実の証明になるかはわからねーが、このことをロビンに話せ」


「ロビンさんにですか?」


 セシリアの脳裏に、列車内で出会ったロビンの姿が思い浮かんだ。ずっとおろおろしていて、セシリアが軽く声をかけただけでも、なんだか嫌そうにしていたから、こんなに複雑な事情をいきなりセシリアから話されても、「あ、そうなんですか……それは、大変ですね……」と困り顔で同情されて、それっきり会話が終了してしまうような予感がした。


「あの、どうしてロビンさんなんでしょうか?」


「さっきも話したが、あの小さな袋みたいなガキどもは、全部ロビンが作ったんだ。麻袋に藁と、それから自分の魔力を込めて、一人でチクチクと、アホみたいな量を作ったんだよ」


「あ、二千人以上、でしたっけ? そんなにすごい数のお子さんの衣装を、全部お一人でなんて、ロビンさんすごいですね……」


 セシリアは、魔力の事はおまじないを意味するものだと思っていた。ロビンが一つ一つに、子供がするようなおまじないを込めながら一針一針縫っていっただなんて、どうして既製品を購入しなかったんだろうかと疑問に思った。さらにお子さんが団員の個人情報を盗んで、勝手に演劇ごっこして……その件で質問攻めにされるロビンを、セシリアはちょっと気の毒に思った。


「ロビンさんにお尋ねしても、わかるでしょうか」


「ともかくロビンに会って、このことを話せよ。あのガキはロビンの言う事しか聞かねーんだ。お前も自分の過去を演劇にされて、嫌な思いしたんだろ? だったら、それを演じきったガキの親か製作者に、一言文句言ってやれや」


「うーん……ロビンさんにとっては、とんだとばっちりのような気がしないでもないですけど、わかりました。わたしの無実の証明につながるのでしたら、何でもやります」


 セシリアは団長から、これもロビンに渡しておけと言われ、書類を渡された。遠回しに、ボツにされて突き返されたような気がして、セシリアは大変へこんだが、おとなしく受け取り、一礼して、帰ることにした……。


(ああ、今日はなんて日なの……。なんだか、涙が出てきた……)


 服の袖で、こぼれる涙を拭きながら、一人で帰っていく。その後ろ姿を、団長が心配げに眺めているのも気がつかず。


 そして、たくさんの子供たちにおやつをあげる約束をしていたことも、すっかり忘れて……セシリアは家路についたのだった。


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