第22話   どこかで見たことがある①

 一方のスクイギー団長、待ち合わせ場所に一向に訪れる気配のないセシリアに、寝過ごされたか、何か来れない事情があってドタキャンしたかの二択だろうと予想した。


(あいつのバイト先の店長に出させたレポートじゃあ、要領が良くて真面目な仕事ぶりが評価されてた。目上の人間との約束を、故意に無言ですっぽかす性格とは思えねえ。オレ様も忙しいし、今日は帰るか)


 後日に咎める手紙を出しておくにとどめておいてやるかと、その場を後にしようとした。見当違いの廃墟から、セシリアが飛び出してくるのを見るまでは。


「あ……団長……」


「……んな廃墟を集合場所に指定した覚えはねーな」


 頭から土をかぶって、蒼白した顔で近づいてくるセシリアに、団長はドン引きしていた。一方のセシリアは、眉毛を釣り上げている団長のド派手なピエロメイクにさえ再会できたことに安堵していた。


「申し訳ありません。てっきり、あの場所が待ち合わせの場所なんだって、勘違いしてしまいました」


「おーおー、派手に汚されたな。あそこはロビンのやつが作ったガキどもの遊び場だから、めちゃくちゃ荒れてるし、罠だらけで危ないんだよ。それ以前に、今にも倒壊しそうな穴だらけの建物の中に入るなよな」


「え? ロビンさんのお子さん? たしかに、子供の声がたくさんしましたけど……」


 まさか全員がロビンの子供なのかと、セシリアは目を丸くしていた。子供たちだけで大がかりな舞台が進められるだなんて、いったい何人兄弟姉妹きょうだいなのだろう。


「知りませんでした、ロビンさんが、あんな大人数の子供たちのパパだなんて」


「たぶん、二千体以上はいるな。この国で変な藁人形を見かけたら、全部ロビンのガキだよ」


「え? 人形のほう?」


「そうだよ。人間のガキなんて一人もいなかっただろ?」


「え、ええええ!?」


 舞台を動かしたり、ナレーションしたり、セシリアの髪の毛を砂まみれにする罠を張ったり……それらは、ただの人形では到底できない芸当であった。


「そ、それじゃあ、あの子たちは、勝手に動いてるってことですかぁ!? 咳払いや、息継ぎまでしてましたけど、アレもあの人形たちが!?」


「この国一の名俳優、ロビン様のガキだぞ? 人間っぽい演技するなんざ朝飯前だ」


 セシリアは、さっきの劇の内容のせいもあって、まだ胸がバクバクと嫌な音を鳴らしていた。


(ど、どういうことなの!? ロビンさんのお子さんは、不気味な人形の演技をするのが上手いってことぉ!?)


 混乱し、憔悴しているセシリアの様子に、団長が怪訝そうに眉毛を寄せた。


「どうしたよ。ガキの作ったお化け屋敷が、そんなに響いたか」


「い、いえ、なんでもありません。遅刻してしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 セシリアは団長との約束を忘れて劇に熱中していたせいもあって、本当に申し訳なく思った。


 苦しそうにしているセシリアの様子に、団長は今しがた彼女が飛び出てきた廃墟を見上げた。中で劇団員ごっこが盛り上がっているのか、奇妙な音楽がかすかに聞こえる。


「……お前が何を見てきたのか、今のオレ様じゃわかんねえ。けど、この廃墟は……いろいろと危険だ。二度と入らねーようにな」


 思いのほか団長が優しかったので、セシリアはようやく落ち着きを取り戻してきた。てっきり、ものすごく怒られるかと思っていたから、安堵で涙ぐむ。


「はい、身をもって知りました」


 小さい袋みたいな生き物がいっぱいいて、中はクレヨンでぐちゃぐちゃに落書きされてて、上からは土が降ってきて、それからそれから――


 ふと、セシリアに疑問が浮かんだ。あの劇に使用されていた、セシリアの個人情報……いったいどこから漏れてしまったのだろうか。自分を採用した団長を疑ってはいないが、団員の個人情報が悪用されていては大変である。ここは団長に報告するべきだと考えた。


「あの、団長、報告したいことがありまして」


「あ? なんだよ、泣きついてきたり、改まったり、忙しいヤツだな」


「泣いてません」


 あの袋状の小さな生き物たちの可愛い劇を、団長に告げ口するようで、少し心が痛んだが、子供が拾って悪用してしまえるくらいの杜撰ずさんさで、情報がばらまかれているとあっては、ますます放っておけない。


「つい先ほど、わたしが間違えて入ってしまったあのホールなんですが、子供たちがわたしの幼少期から現在に至るまでの短い劇を始めたんです。でも、わたしは……誰にも自分の過去を話したことがないんです。団長、どこかで団員の個人情報が流出している可能性があります。確認していただけませんか」


 セシリアは団長を含めた誰にも、自分の過去を話したことがない。それがなぜ、子供たちの劇で使われたのか。仮説すら立てられないセシリアだった。


「へえ、お前からその話が出るとは思わなかったな」


「え? その話って、どういう意味ですか?」


 セシリアは言われている意味がわからなくて、思わず声が高くなった。そんなセシリアに、団長が胡乱うろんな視線を向ける。


「オレ様は、お前から送られてきた原稿には全部目を通してるぞ。そして、そのたびに疑問で頭がいっぱいになるんだよ」


「疑問? あの、描写不足なところがあるのでしたら、いつでも書き足せます。どこが足りなかったのでしょうか」


 セシリアは自分の至らない点を直す好機だと思った。まだまだ未熟なのは自覚している。至らない点はどんどん指摘してもらって、すぐに改善していく、そうして経験とコツを掴みながら、プロに近づいていけるのだと自負していた。だから、どんなに厳しい指導が飛んできても、受け入れる覚悟を固めている。


「お前が書いたシナリオな、ぜーんぶ、オレ様が知ってる内容だった」


 ……団長の口から出た言葉は、セシリアを凍り付かせるものだった。


「え……? わたしが書いたシナリオと、似ている作品が、既にあると言うことですか? そうでしたか、まだまだ不勉強でした。もっと既存の物語を調べて、絶対にかぶらないように、内容を詰めてきます」


「違う違う、似てるどころか、全く一緒なんだよ」


 セシリアは絶句して、無言で団長を凝視してしまった。しばし、気まずい時間が流れる。


「まったく、同じ内容……!? そ、そんな、そんなはずは! だってわたしは本当に、一から考えて書いてきました。仮にもしも既存の作品と展開が似ていたものがあったとしても、全て同じだなんて、ありえません!」


「それがありえてるから、こうして呼び出したんだろ」


「信じてください! わたしは、盗作なんかしていません。数多の劇を監修してきた団長の目を、一字一句間違いなく書き写したシナリオでごまかせるだなんて、思っていません! 本当に、わたしが一から考えて書いたんです。本当です!」


 セシリアは疑われていることが悲しくて苦しくて、必死に自分を弁護した。講堂の図書館の書物で、世界中で演じられている名作の数々を調べてはいたが、まだ全てを網羅しておらず、何かの作品に似ていると言われても、返す言葉がない。しかし内容が全て合致しているだなんて、そんな記憶力、セシリアにはなかった。


 目の前まで詰め寄って必死に訴えるセシリアの肩を、団長は両手で押して後ろに下がらせた。


「わかってるよ」


「え?」


「だから、わかってるって。オレ様は、人間を見る目には自信があるんだよ。これまで何千何万と、雇ってきたからな。それでだ、お前みたいな奴は、こんなに堂々と不正して、オレ様に送り付けてくるような真似はしないんだよ。でも現に、お前は悪びれもせずに、こんなことやってる。直接会って、話し合って、はっきりさせたかったんだよ」


「わたしは不正などしていません。お手数ですが、団長、何の作品に似ているのか、その作品名を教えてください。わたしはそれを図書館で調べて、全巻読んでみます。そこまでしないと、納得できません」


 セシリアは涙声になっていた。やってもいない罪を、やっていないなら証拠を出せと言われたって、やっていないのだから証拠なんてない。原稿が一字一句、既存の作品に似ていると言われても、それでも自分の無実は訴え続けなければならなかった。だって、本当に、セシリアは盗作してまでシナリオを書いたのではないのだから。


 団長はさっきの廃墟をもう一度見上げた。演劇が終わったのか、拍手喝采が聞こえてくる。


 セシリアは、団長のケバいピエロメイクに覆われた横顔を、震える体で見上げていた。


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