第21話 昔々あるところに
ハーモニカだろうか、楽器の弾けない小さな子供が、適当に吹き鳴らしているかのような、それでもハーモニカだから、そこまでいびつな曲にはなっていないという不思議な音響に助けられて、その劇は始まった。
「お集まりの皆様、きちんと着席してくださり、ありがとうございます。開演中のおしゃべりや、鬼ごっこなどは、やめてください。かくれんぼもダメです。でも拍手は大歓迎です。それでは、劇をお楽しみください。演目は『ジゼルと魔法の国』です」
セシリアは「うん?」と小首をかしげた。ジゼルと魔法の国は、セシリアが幼少期に描いていた魔法の世界の物語であり、今日乗った列車の床に落ちていた紙にも書かれていた演目であった。
さすがに、こうも連続して心当たりある物語が登場してくると、とても偶然とは思えなくなる。
「昔々、あるところに、セシリアと言う女の子がいました」
ナレーションのセリフに、セシリアが眉毛を跳ね上げた。
(え? 主人公の名前はジゼルじゃないの? それとも、わたしが知っている物語とは、全然違う内容なのかしら。しかも、主人公の名前がわたしと一緒っていうのが、また何とも言えないわね……)
音響ががんばり、ナレーションが入ったのに、主人公らしき登場人物が現れない。ハーモニカを吹いている子が息切れしたのか、さらに演奏が適当になり、これでは良くないと判断したのか、小太鼓が入った。そのリズムはめちゃくちゃで、セシリアは子供たちの必死ぶりが面白くて、少し吹き出してしまった。
やがて天井から、糸に吊るされた不気味な人形が、ゆっくりゆっくりと降りてきた。人形の衣装さんは頑張ったのだろう、おそらく使われなくなったハンカチをつぎはぎして、女の子っぽいワンピースを着せてあげていたが、肝心の人形の造形が、かろうじて少女であることがわかるほどの不出来だった。セシリアの周りに座らされている、この奇妙な人形たちのように。ボタン目で、口は真っ赤な糸で一文字に縫われて、左右非対称どころではない長さの手足の先には、糸が縫い付けられており、それが天井にいる操り手と、繋がっているようだった。
わずかな風でも、ぶらんぶらんと大きく揺れるセシリア人形に、客席のセシリアはゲンナリした。
(……まぁ、大事なのはストーリーよね。大道具や小道具の出来は、仕方ないわ。はぁ~、音響さん、いっそのこと演奏をやめてくれないかしら。まだ何もストーリーが始まってないのに、なんだか笑いだけがこみ上げてきちゃうわ)
どうやら、裏方たちもそう思ったようで、急に音楽が鳴り止んだ。その極端さに、またも頬が痙攣するセシリアである。
おまけにナレーションの子の咳払いが。観客に、喉の調子が良くない者をナレーションに当てたのかと思われかねないミスだった。
「セシリアは、とっても元気でした」
途端に手足を操られて、バタバタするセシリア人形。元気な女の子であることを観客に表現したいようだったが、その様子はまるでクモの巣に捕えられて慌てている蝶のようであった。今にも手足がちぎれそうである。
「セシリアは、大きくなったら、舞台を作る人になりたいという、夢を持っていました」
『ジゼルと魔法の国』に、そんな台詞はない。それどころか、今ここにいるセシリアの紹介をしているようだった。どういうことだと、セシリアは意味もなく後ろを振り向いたりする。
(背景の書き割りと教会といい、わたしの名前のヒロインといい、おまけにわたしの夢までナレーションで読み上げられたわ。いったい、どういうことなのかしら。なんだか、気味が悪くなってきた……)
お手洗いと偽って、席を立とうかと思いついた矢先、またまた愉快なハーモニカが復活した。
天井から、新たな人形三つが降りてくる。セシリア人形と似たような作りだが、衣装や色彩が全く違った。黒っぽい服を着た人形と、なんだか団長っぽい衣装を着た人形、そして銀色の塗料を塗りたくられた人形。銀色の人形だけ、妙に離れた場所に降りてきて、天井からせわしない足音が聞こえるとともに、銀色の人形が大きくぶらんぶらんと揺れながら、団長っぽい人形の横に並んだ。
(ああ、銀色のお人形さんがバミリからずれちゃって、焦ってたのね……)
バミリとは、役者さんの立ち位置や道具類の設置場所を、舞台上に付けておく目印のこと。子供たちはクレヨンでペケを描いて、そこに人形を降ろしたいらしいが、舞台の天井が高すぎて、上手く調整ができないようだ。
四体の人形は、手足をダバダバと動かして、奇妙な動きをし始めた。何を表現した動きなのだろうか、客席のセシリアには読み取れない。
「セシリアはいつも空想の中で、おにんぎょうたちを動かしてあそんでいました」
あれは遊んでいる表現だったらしい。セシリアは幼児期に空想上の友達と遊んでいた、それを見知らぬ誰かに暴かれている気がしてきて、不愉快と気味の悪さで胸が苦しくなった。
天井から、またまた新たな人形が一体、降りてきた。セシリア人形とどっこいどっこいな作りをしていたが、驚かされたのは、その人形の衣装が、紺色のシスター服だったこと。見覚えのあるデザインだった。
「シスター・ジゼル……?」
よく見ると、シスター・ジゼル人形の手足に糸はなく、太いロープが一本、首に巻かれているだけだった。
ナレーションの大きな息継ぎが聞こえる。
「セシリアには、教会でお世話をしてくれる、シスター・ジゼルと言う女性がいました」
かわいい声のナレーションとは裏腹に、首に縄のかかっているシスター・ジゼルの人形は、ぶらんぶらんと小さく揺れているだけ。観客に不穏な展開を匂わせている。
「どういうことなの……? なんでシスター・ジゼルが、あんな目に遭ってるの!?」
確信した。これは間違いなくセシリアを主人公にして演じられている人形劇であると。このサーカス国に来てからというもの、教会出身の話や、シスター・ジゼルについて誰かに話したことはなかった。聞かれたこともない。だからセシリアは、なぜ自分の個人情報が、こんな所で演じられるほど漏れているのかと混乱した。
本格的に気分が悪くなり、思わず座席を立ち上がると、
「お客様ー、後ろの方々のご迷惑となりますので、お座り下さいませー」
突然セシリアめがけて、天井からライトが射光。びっくりしたのと恥ずかしいのとで、セシリアは慌てて座った。
(なになになになに!? なんなの、この状況は~!? どうしてわたしとシスター・ジゼルのことが舞台になってるの!? 誰よ、誰が許可したのよ! しかも舞台になってるってことは、この子たちが何度も練習したってことでしょ、わたしの地味でつまんない生活を、見ず知らずの子供たちに何度も繰り返し再現されてたなんて、そんなの耐えられない~!!)
頭を抱えて身もだえるセシリア。それを意に介さず、舞台が進んでゆく。
「シスター・ジゼルには、セシリアにお願いしたいことがありました。それは――」
セシリアは、その先のセリフに目を見開き、座席を立ち上がった。
「お客様ー、後ろの方々のご迷惑となりますので、お座り下さいませー」
ナレーションに注意され、周りがケラケラと笑いだす。セシリアはいたたまれなくなって、その場から逃げ出していた。
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