第1章  サーカス国の道中に

第1話   夢を与えてくれた人

 どの子も自立できるように、シスター・ジゼルは子供たちへかける時間を惜しまなかった。


 どんなに泣いて嫌がる子がいても、各地の奉仕活動には必ず全員を参加させたり、親切な大人を教会に招いて様々な分野の講師になってもらったりと、とても地道でお金のかからない方法だったけれど、セシリアたちが夢を抱くには充分な経験になった。


『みんなは大きくなったら、何になりたい?』


 絵描きさん、樹木医さん、お化粧屋さん、調理人に、脚本家。


 大きくなった子供たちは、それぞれに旅立っていった。将来の夢を叶えて、いつかまた彼女のもとに集い、彼女へたくさんの素敵なおみやげを持って帰るために。


 セシリアも。いつか自分の手がけた脚本の公演チケットを、彼女に贈りたい。質素倹約なんて固いこと言わないで、一度だけでも、お願いすればきっと来てくれると考えていた。


 女一人で責任ある立場にいるシスター・ジゼルに、少しでも楽しんでもらいたくて、セシリアは昼間のお手伝いが終わると、空想の生き物を想像の限りに大活躍させて、紙に書きつづった。


 そんな生き物がいるわけないと、誰もが呆れていたけれど、


『シスター・ジゼル! あなたを主人公にした物語が、完成しました! 読んでください!』


 小さなセシリアは、大きな扉を体当たりして押し開けた。へたっぴな文字でびっしりうまった紙の束を、両手で持って、大はしゃぎ。


 シスター・ジゼルは椅子に座って、窓からぼんやりと庭を眺めていた。セシリアに気づいて、「あら」と一言、ふふっとほほえんだ。


 セシリアはシスター・ジゼルのもとへ駆けより、紙の束を手渡した。いすの肘かけに両手をのせて、ぴょんぴょんとジャンプする。


 おしゃべりするお人形や、空飛ぶ馬車なんているはずないって、みんなは言うけれど、シスター・ジゼルだけは、大変喜んでくれた。


『ジゼルと魔法の国』


 セシリアはシスター・ジゼルが読み終わった短編集を、紐でつづって小さな冊子にした。表紙の題名の由来は、どの話の主人公の名前も、ジゼルにしたから。


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