第2話 弟子を取る
リンゴン、教会の鐘が鳴って目を覚ます。
見上げた天井板は合板では無い一枚板だ。
こういう所が安アパートとの違いを感じさせた。
そして、異世界に来たのだと感じさせる
「実はシロクさんに折り入って相談したい事があるのです」
相談ってなんだろう。
こっちも大分相談している。
しかも、泊めてもらっているから断りずらい。
聞くだけ聞いてみるか。
「なんですか、教会長様、出来る事ならしますけど」
「アラーナ、フィオレラを孤児院から呼んできてくれ」
教会長の言葉を聞いてアラーナがフィオレラを呼びに部屋を出る。
「この教会は孤児院がありまして。捨てられた子などを預かっております。そこに訳ありの子が一人いまして」
孤児院があるのか定番だ。
訳とはなんだろう。
「どのような子なのです?」
「昔、ある教会の一派が生贄を使い禁忌の実験をやり。神様に神罰を下されスキルと魔力を剥奪された事がありました。それ以来スキル無しや魔力の低い者を差別する風潮が出来た次第です」
この世界は神様が干渉してくるのか神罰は怖いな。
と言っても今のところ禁忌を犯す予定はない。
差別はどの世界でもついて回る問題なのだろう。
神様がいても無くならないとは人間は業が深い。
「その子はスキルや魔力がないと言う事ですか?」
「魔力は五百以上あるのですが……」
「人の平均の十倍以上ですか。すごいですね」
俺の三倍以上だ上には上がいる。
魔力なんて研究しだいでどの様にも利用できそうなのに。
たかがスキルで差別とは。
「スキルは後天的に備わるもので、十才ぐらいになるまでに二つぐらい獲得するのが普通なのです。その子は十五才の成人を迎えても、今だ一つも無いのです。世間一般では忌み子などと呼ばれています」
忌み子と言った時の教会長は悲しげに曇る。
「なにかスキルを獲得するコツのようなものは無いのです?」
「学者によれば魔力の高い者ほど、スキルを獲得しやすいと言われています。発現するスキルの種類は好きな事に係わる事が多いと」
魔力の高さが関係するのであれば十倍もあれば、スキルがあってもいいだろうに。そこに何かありそうだ。
扉をノックする音が聞こえる。
「おや来たようです。入りなさい」
「失礼します。フィオレラです」
フィオレラは青みがかかった髪で、少し不思議な感じがする小柄な女の子だ。
少し病んだ感じがするのは気のせいだろうか。
それと抱擁力、違うな静かな湖面を見ているような感覚がある。
「こちらはゴーレム使いのシロクさんです」
「シロクです。よろしく」
「孤児院は十五才で出て行かないとならない規則でして。相談というのはフィオレラをシロクさんに引き取ってもらいたいのです」
「それはどういった意味で?」
「ひどい扱いをしないのであれば、嫁でも妾でも好きになさってもという意味です」
何言ってるんだ。このおっさん。
怒鳴りたいのを我慢し思わずフィオレラの方を見る。
こちらを探るような目つきで見ている。
「理由を聞いても?」
「まず色々な手前特別扱いはできないので孤児院には置いておけない。客商売をやっているところに雇ってもらうにも風評がこわくて無理です。製造関係の工房も役立つスキルがないと。それと、どこのギルドでも規則でスキルの無い人は登録できません。結婚するしか方法がないのです」
「本人はどう考えているのでしょう」
「差別が無い場所を用意してもらえるなら、どんな場所でもいきます」
すがるような目つきが差別に苦しめられてきた経緯を物語る。
勘も欲しいと言っている気がする。
よし決めた。
「フィオレラまず言っておく。俺は稀人だ。スキルや魔力の無い世界から来たから忌避感はない。だから案内人兼弟子にするどうだろう。差別の無い場所は用意できるよう努力する」
フィオレラはホッとした顔になった。満足行く答えだと良い。
少し頬を赤らめて別の感情が宿っている気がする。
「はい、シロクさんの弟子になりたいです」
教会長も満足気だ。
「よかったですね。フィオレラ」
「はい教会長様」
「最初の仕事だ。孤児院の前で待っているから荷物をまとめてこい。教会長様本日はこれでお暇します」
さてどうする。お荷物と言っては可哀そうだ。
弟子が出来たんだ改めて思うと後輩のようで少し嬉しい。
色々頑張らねば。
まずは二人分の生活費を稼ぐことだ。
建築ギルドで仕事をもらうとして。
それとフィオレラのスキルをなんとかする為に情報収集だ。
「お待たせしました。お師匠様」
手提げ鞄を持ったフィオレラが出てきた。
荷物が少ない。
継ぎの当たった服で少し不安気だ。
俺もあまり先の事は分からない。
教会長と一緒に会った時はもう少しまともな服を着ていた。
買ってやりたいがどうしようもない。
「宿をこれから取る。それから建築ギルドで仕事を探そうと思う。仕事の間はどうする宿で待つ?」
「いいえ。お師匠様と一緒に現場に行き働きたいです」
「よし、そうするか! ところでちょっと相談があるんだ。金があんまり無い。全財産は銀貨九枚と少しだ」
「相場では宿屋は一室銀貨二枚前後です。食費は銀貨一枚あれば一日の二人分で足ります。心配いらないかと」
一リル一円で考えていたが物価が安いのか。
そもそもの想定の変換レートが間違っているのだろう。
銀貨一枚は三千円ぐらいなんだろう。
三倍で考えていくか。
「半日で銀貨五枚稼げるから一日働けば貯金ができる。そういえば弟子の給料ってどうすれば」
「衣食住が保障されれば給料を貰っている弟子なんていません。弟子は副業を何か持ち小遣い稼ぎするのが常識です」
とんでもないブラック企業だなぁ。
ブラックなのはいけない。
「少ないけど、フィオレラには一日銀貨一枚小遣いをやろう。あとで追々増額するとする。異論は認めん」
「ありがとうございます」
「お師匠様、あそこの宿屋にしましょう」
「黒髪亭だな。俺も黒髪だし縁を感じる」
「すいませーん! 今日泊まりたいのですが」
「あいよ。あたいは女将のヘレナだよ。一泊一人二銀貨で食事は夕食と朝食セットで三大銅貨になるよ」
女将さんは少し小太りで頭の三角巾がおばちゃん臭さを演出している。
「ゴーレム使いのシロクです。そっちは弟子のフィオレラです。食事付きで二人分お願いします。部屋は一人部屋二つで」
「鍵だよ。部屋は二階だ」
この宿の名前は稀人が始めたからじゃないだろうな。
「宿の名前は何か由来が、少し気になったもので」
「ああ、それかい先代の女将が稀人の英雄剣士ヤギウのファンでね。ヤギウ様の黒髪にあやかってあの名前にしたんだよ」
「フィオレラ、ヤギウって知ってる」
「ええ。三百年ぐらい前の稀人でバクフ王国を建国した人です」
バクフってそれ幕府じゃないかな。
ヤギウは柳生だなきっと。
ふと壁に目をやると漢字で征夷大将軍 柳生 宗敏と書かれた掛け軸が架かっていた。
「女将さん壁に架かっている掛け軸は?」
「あれは先代のコレクションの一つで、ヤギウが書いたと言われている誰も読めない字のレプリカさ」
柳生さんあんたどれだけ将軍になりたかったの。
こそっとフィオレラに俺が稀人ってことは秘密だと耳打ちする。
わかりましたとフィオレラが小さく肯く。
「女将さん荷物を置いたら、外出して夕方まで帰りません」
「あいよ。教会の夕方の鐘がなる頃に帰ってきておくれ」
建築ギルドは相変わらず汗臭さそうな男達でごった返している。
フィオレラが入るのをためらっていた。
しょうがない一人で行くか。
建築の仕事は今盛況なのか。
唯一のオアシス受付嬢の所に行く。
この人は前に受付してくれた人だ。
「こんにちは。又仕事を貰いにきました。できれば昨日請けた現場がいいです」
「昨日受けた現場はブレンドンさんの所ですね」
親方の名前ブレンドンだったのか。
みんな親方と呼んでいるから聞かなかった。
「たぶんそこだと思います。仕事あります?」
「はいございます。昨日と同じ条件ですが」
「手続きおねがいします」
親方に会うと親方はフィオレラを見て何だこいつはという顔をする。
面倒事を嫌うタイプでなければいいけど。
「親方。弟子のフィオレラです。まだゴーレム使いのスキルは使えません。スキルを覚えるまで根気強く弟子として使っていくつもりです」
「弟子のフィオレラです。今日はよろしくおねがいします」
「おうシロクだったか。スキルを覚えるまで何年掛かるか分からないのに弟子を養うのは大変だな」
「それで、今日は相談がありまして、フィオレラに何か仕事を与えてはもらえませんか。もちろんお金は要りません」
「女ができる仕事というと事務所の掃除あたりだ」
親方良い人だ。俺なら断っていたかもしれない。異世界は人情に厚い人が多いのかな。
「どうだ」
「是非やらせて下さい」
「じゃあ頼むぞ。タダじゃ悪いからシロクの依頼に少し色をつける」
「フィオレラ、親方の指示にしたがってがんばれ。親方、フィオレラのことよろしくおねがいします」
昨日使ったゴーレムがそのままあったので使う。
ゴーレムの仕事は楽しい。
ゴーレムも楽しげだ。
「おつかれ様です親方。フィオレラもおつかれ。さあ帰りましょうか」
報酬は銀貨五枚と大銅貨五枚だった。
ええっと変換レートは三倍だから、五千五百リル掛ける三で、日本円換算にすると一万六千五百円。
まずまずの稼ぎだ。
「今日仕事してみてどうだった」
「ずっと孤児院の他の子が十才から見習いとして、働きに出ているのを見てうらやましく思っていました。でも今日仕事をしてやっと同じ場所に立てた気がします」
「少ないけど、今日の給料は約束の銀貨一枚と現場で働いた分の大銅貨五枚だ」
日本円換算で四千五百円。
アルバイトとしてみれば妥当だろう。
「すごいうれしいです。また明日からがんばれます」
フィオレラは勤勉だし良い子だ。幸せにしてあげたい。
教会長はフィオレラを気に掛けていた。
娘に接する気持ちだったのかもしれない。
俺は初めてできた会社の後輩に向けるような感情で接してやりたいな。
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