第3話 “メ”

 ホテルに到着し、私は同室のクラスメイト達と共に部屋に向かった。


ベッドに入っても、目が冴えて全然寝付けない。


私はこっそり部屋を抜け出し、廊下に出た。


これはリアル乙女ゲーム。ふらふらとその辺を歩いているだけでもイケメンが声をかけてくれるはず。


案の定、背後から「すみません」と男性の声に呼び止められた。


「はい、何でしょう――――えっ…?!」


ぎょっとして尻餅をついてしまった。


そこにいるのは、私が誰よりもよく知っている人物――――そう、藤原冬嗣だった。


烏帽子を被る角度も着物の柄も穏やかな微笑もまったく一緒。


ただし、姿は二次元ではく、三次元のれっきとした人間だ。


しかし私ははっきりと確信していた。


二次元だろうが三次元だろうが彼は藤原冬嗣だと。


「トキメキ★平成浪漫体験コースはお楽しみいただけましたか」


「は…はい。おかげ様で」


もじもじしながら、私は彼にチラリと視線を送った。


「あのう…冬嗣さんはここの登場キャラクターじゃないんですか?」


「ええ、私は平安時代の人間ですから…」


藤原冬嗣は苦笑を零し、少々言いにくそうに切り出した。


「お楽しみいただいているところ大変申し訳ないのですが、そろそろお時間の方が迫っていまして…」


「そうですか…。やっぱり時間制限あるんですね。現実に戻りたくないなぁ…」


吐息をつく私を元気付けるように、冬嗣が言う。


「あなたの生きるこの“平成”の世は平和で自由で平等で便利で、大変素晴らしい時代だと思います。小さな画面だけを覗いて過ごすのは勿体ないですよ」


「はい…わかっています。現実もこのトキメキ★平成浪漫みたいに刺激的で楽しかったらいいのになって思って」


「仕組みについて詳しくお話することはできませんが、この世界も所詮はただのゲームです。まるで現実世界のように臨場感に満ちていますが、それは錯覚しているだけで、実際はあなたの脳内にある理想を緻密に具現化しただけの偽物の世界なのです。ですからあなたは今日、偽物の出来事に興奮し、喜びを感じていたということになります。まぁ、ほとんど夢を見ている状態と一緒ですね」


正直言ってショックな言葉だった。できれば嘘だと思いたい。だけど、私の知っている冬嗣は絶対に嘘などつかない。


「リサさん」


冬嗣が俯く私の頭をそっと撫でる。


「つまらない、苦痛だと思っているだけでは人生は益々味気ないものになってしまいますよ。あなたの生きる現実は、あなたが思っているほど退屈なものではありません。現にあなたの周りには、人生を謳歌している人達がたくさんいるでしょう。あの変態教師も言っていましたね。“人生楽しんだ者勝ち”――――まさにその通りだと思います」


人生をつまらなくしているのは自分自身――――そういう意味か。


「だけど…どうしたら周りのみんなみたいに楽しめるのか、私にはわかりません…」


「簡単なことです。最初から結果を見極めず、あらゆる可能性を考慮して前向きに行動すればいいのです。大事なのは、期待と希望を常に持ち続けること―――――そう、今日のあなたのように。気持ち一つで世界は驚くほど変わりますよ。私から言えるのはそれだけです」


“期待”と“希望”――――そっか…そういうことか。


冬嗣の手が離れていく。


「では、ゲーム終了時間です。ご利用ありがとうございました」


目映い光に包まれると共に、私の意識は遠退いていった。

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