第2話 “キ”

 脳内に、一行の文がパッと浮かび上がる。


『ようこそ、トキメキ★平成・・浪漫へ』


――――は?平成・・浪漫?


文字は一瞬にして消え、代わりに誰かが名前を呼ぶ声が聞こえた。


「――――リサ…!リサ!おい、大丈夫か?」


激しく肩を揺さぶられ、ハッと顔を上げた。


――――あれ…私、どうしたんだっけ…?


きょろきょろと辺りを見回した。


先ほどと変わらない、富良野のラベンダー畑だ。


握られたままのスマホはホーム画面になっている。


――――さっきのは夢だったのだろうか。



「ほら、早く食べないと溶けちゃうぞ」


「え?」


鼻先に突き付けられたソフトクリーム。


視線をさらに上に向けると、凛々しい顔立ちの男子生徒が微笑を浮かべて私を見つめていた。


私は瞠目し、思わず数歩後退った。


言葉を失ったまま、しばし男子生徒の顔を凝視する。


そこにいるのは、学年一の美男子かつクラスのリーダー的存在である岸田ユキトだった。


勿論彼とは親しくないし、間違っても下の名前で呼び合うような関係ではない。


――――私、まだ夢を見ているのかな…?


「どうしたんだよ、そんなに驚いて」


ユキトは不思議そうに首をかしげている。


「もしかして、ソフトクリームあんまり好きじゃなかった?」


「う…ううん、そんなことない」


私はぶんぶん首を振り、溶けかかったソフトクリームにかぶりついた。


馴染みのある、普通のバニラ味のアイスだ。


「はは、顔についてるぞ」


頬についたクリームを、ユキトの指が優しく拭う。


温かく、生々しい指の感触に、思わずドキリと心臓が跳ね上がった。


――――何、このリアルな感覚?!


「どうしたんだよ、顔赤くなってるぞ。熱でもあんのか?」


ユキトが額をくっつけてきたので、恥ずかしくなってその場から逃げ出してしまった。


――――違う…!これは夢じゃない!現実なんだ!



速足でラベンダーの丘を下っていく。


足がもつれ、ド派手に転んでしまった。


「大丈夫ですか?」


頭上から聞こえる、爽やかな声。


見上げると、観光客らしい青年が立っていた。


ハーフっぽい顔で、モデルのようなすらりとした体形のイケメンだ。


差し出された白い手をおずおずと握ると、ぐいっと力強く引っ張られた。


見た目はほっそりしてるけど、結構力あるんだなぁ…。今流行りの細マッチョってやつだろうか。


「修学旅行生?」


青年が私の来ている制服をチラリと見やる。


私は小さく頷いた。


「そっか。じゃあ、高校二年生かな」


「はい」


「いいなぁ。一番楽しい時だ」


「…」


「青春はあっという間に終わっちゃうから、大切にね」


突風と共に彼は姿を消した。



 大型バスに乗り、宿泊先のホテルへ向かう。


バス酔いする私は最前列の窓際で、隣には副担任の青木先生が座っていた。


青木先生は三月に大学を卒業したばかりのイケメン新任教師で、クラスの女子からの人気も高い。


肘と肘がぶつかりそうなギリギリの距離間。さっきからドキドキして落ち着かない。


だけど、これはゲームみたいなものなんだよね…?


勇気を出して、横にいる彼の顔を見上げてみた。


長い睫毛に知的な瞳、形の良い眉――――近くで見てもやっぱりかっこいいなぁ。


「俺の顔に何かついてるか?」


突然先生がくるりとこちらに顔を向けた。


「すっ…すみません!」


私は慌てて目を背けた。


同時に、バスがトンネルに入った。


薄暗い車内。


先生が耳元で低く囁く。


「俺に気があるのか?」


「ひょえ?!」


思わず変な声が漏れる。


「べ…別にそんなんじゃ――――」


「自分に素直になれよ。人生楽しんだ者勝ちだぜ」


大人の男の手が、乱暴に私の腕を掴む。


唇に感じる柔らかい感触。


生まれて初めてのキスに戸惑いながらも、同時に喜悦と快感が込み上げてくる。


これからどんな展開が待っているのだろう。胸の中で膨らむ期待と希望。


――――ああ、ここはなんて素敵な世界なんだろう!


スマホでプレイするシミュレーションゲームなんて比じゃない。この世界に永遠にいたいと思えるほど、私は最高に満たされていた。



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