境界線

逢柳 都

第1話

PCのスイッチを入れる。

画面には、白紙のワード。

消えては浮かぶを繰り返すアイデア。

まとまらない文字。

「小説家なんて現実的じゃない!!」――思い出したくもない言葉。

黒画面に映る、自分の顔。

それが嫌になり、そこへ拳をぶち込んだ。何回も、何回も。



学生の時、拙い技術と知識で、短編を三作書いた。

ひたすらに書いて、悩んで、書いて、消して、書いた。

けど、周りにそのことは伏せていた。自信が無かった。

二度とあんなこと言われないために、後ろ指をさされて笑われないために。

――全ては、自分を守るため。

コンテストにも出さず、周りにも言わず、自己完結。


ただ、出さなかったんじゃあない。出せなかった、と思う。

傷つきたくないから、出さなかった。

ひねくれた自分の性格がつくづく嫌になる。

一度でいいから出せばよかったのに。

職にも就かず、書いたり書かなかったり、出さなかったり。

自分はいったい何がしたいのか。

時間を、思考を、可能性を、金を、無駄に浪費し続ける。


それでも世界は残酷なまでに美しい。

陽が落ちて、昇る。





陽に起こされ、ボケッとする。

これじゃあ、生きる屍。

むくりと起き上がり、溜めた冷水に顔をぶっ込む。

冷たい。

息ができない、苦しい。

しかし、顔を上げるという考えは無く、水の音と泡の音と戯れる。



白黒する阿呆な頭にふと浮かんだ。

きっと今まで自ら命を絶った文豪たちもこんな思いを抱いたのだろうか。

感情という名のモノでは言い表せない、とにかくとてつもなく気持ち悪く黒く渦巻き消えてはくれない。不安とか恐怖とか自己嫌悪とかでもない。


自分は一体ナンナノカ。

自問自答など意味が無い。――答を欲しているのは自分自身だから。


水中で、冷水とは違う水分が在ることに気づく。

滲む視界の中、鏡で醜い自分の顔を見たら、正体がわかって、疑問を抱く。

――なぜ泣く?

死にそうだったから?

正体不明の何かに飲まれそうだったから?

いや。

それ以上に、自分が醜く、汚く、哀れで、惨めで、救いようのなく、嫌いで、嫌で、嫌いで……。

正体不明の何かという枷で捕らわれ、動けないをしていた自分がいた。

首も腕も手も太腿も足も、枷は等の昔に外れていて、一歩でも動けば、どこへだって行けるなずなのに。

か弱い悲劇のヒロインぶってる。

誰かのどこからかの助けを待つだけ。傷つきたくないから、動かないだけ。

傷つきながらでないと、人は成長できないのに。

無傷で成長などできるはずが無いのに。



――動けよ!!



画面の割れたPCのスイッチを入れる。

やっぱり無理か、と思った自分をPCが照らした。

ワードを開く。

思いをひたすら綴っていく。

毎日進まなかった手が、文字が、動く。

違う。

自分で動かし、動いているのだ。

他の誰でもない、自分が――。



ほろりと再び涙が流れ、疑問を抱く。

何年ぶりに、こんなにも生きている実感が持てているのか。


――小説投稿サイトに登録しよう。

それから、久々に短編を執筆して、投稿しよう。

そして、いずれはコンテストに応募しよう。


傷ついたっていい。何言われたっていい。笑われたっていい。


それでも世界は残酷なまでに美しい。

陽が落ちて、昇る。


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