03 いざ、菜園へ【尾倉香菜×メガネ】
企画部門の香菜と苺子、プロモーション部門の那須田、そして営業部門の根木。
四人の予定を調整し、農作業Bグループが初めて菜園を訪れたのは、翌週の金曜午後のことだった。
会社から社用車に乗り、二十分ほど北上した郊外に広がる田園地帯。腰高のブロック塀で区切られた耕作地の中はさらにいくつかに区切られていて、五十坪ほどあろうかというその一角が神崎社長が借り上げた菜園ということだった。
その菜園はさらに四つに区分けされており、そのうちの二区画はすでに耕され、何本もの畝が盛り上がっている。
「AグループとDグループが先に菜園に来てたから、この畝を立てたのは恐らく彼らよね。ってことは、今日はアタシ達が畑を耕す番ってことかしら」
農作業を筋トレの一環に組み込むつもりなのか、早速パーカーを脱いでタンクトップ一枚になった那須田が、腕を回して準備運動を始めた。
「マジかよ……。初回からハードそうだな。那須田さん、その筋肉が伊達じゃないってとこ見せてくださいよ」
社用車を指定の空き地に停めてきた根木が、張り切る那須田を冷やかした。
営業職ということもあり、いつもはスーツ姿だが、今日の彼はジャージの上下という出で立ちだ。
「根木サンってスポーツウエアも似合うんですね! かっこいい!」
会社のロビーに集合した際、苺子は高い声をさらに高くして彼を誉めそやしていたが、同期のライバルの爽やかなスタイルに、香菜は内心舌打ちをした。
根木はセルフプロデュースに余念がない。自己啓発セミナーを売り込む営業としてその姿勢は評価に値するし、実際に顔貌も体型も能力もそこそこ良いというのは香菜も認めざるを得ない点ではある。
だがしかし、これから農作業で土に塗れるというのに、高価なスポーツブランドのお洒落ジャージ(しかもおそらくは新品)を着てくるというのはいかがなものか。
香菜の冷めた視線に気づいたのか、根木は長身の香菜の頭の先から足元までをさらっと見ると、ふふんと鼻を鳴らした。
「いつもお堅い尾倉さんがジーパンとトレーナー姿だなんて、なんか新鮮。どうせならメガネもやめてコンタクトにしちゃえば、もっと親しみやすくなるんじゃないの?」
ひとを小馬鹿にしたような一言が、香菜の心を逆なでする。
「誰かさんとは違って、真面目に農作業に取り組むつもりでいるだけよ。コンタクトなんかにしたら、もしも土が目に入ったり、汚れた手で目元を触ったりした時に、角膜を傷つけたりして炎症が起こりやすくなるかもしれないでしょ。万全を期しての服装をとやかく言うなら、セクハラで訴えるわよ」
「おー、こわっ。服装が変わっても中身はやっぱりお堅いまんまだな。俺はコンタクトだから、目を傷つけないように気をつけるよ」
ニヤつく根木にこれ以上心を乱されまいと、香菜は彼を視界から外し、辺りを見回した。
「農作業に関しては、パーマカルチャーの講師がレクチャーしてくれるっていう話だけど……。姿が見えないわね」
遮るもののない視界には、農道を走るトラクターや軽トラ、作業するプロ農家の方々が遠くに見えるけれども、それらしき人物は見当たらない。
その時、四人から十メートルほど離れたトタンの小屋の扉が開き、中から麦わら帽子をかぶった男性が現れた。
グレーのつなぎに黒い長靴を履き、両手に鍬やスコップを持っている。
「すみません。道具を用意していて、皆さんがいらしているのに気がつきませんでした」
三十代半ばだろうか。香菜の当初の予想よりもずっと若いその講師は、穏やかな微笑みをこちらに向けた。
「初めまして。このたび御社のセミナーでパーマカルチャーについて講義させていただくことになりました、越川圭介と申します。菜園では、社員のみなさんに野菜づくりをレクチャーすることになってますので、どうぞよろしくお願いいたします」
遠目から見るといかにも農夫といった格好なのに、越川と名乗った男性の口調や物腰はビジネスマンのそれだ。
この人は仕事ができる人だ、と香菜の嗅覚が認定する中、越川はスコップを地面に刺し、開いた片手で区画を指さした。
「皆さんはBグループということで、四つに区切られた “ゼアズ・ア・ウェイ・ファーム” のこちらの一区画を受け持っていただきます。夏野菜の植え付け時期まで時間がありませんので、さっそく今日は他の区画のように土を起こして畝を立てていただきます」
越川の指さす先を改めて見つめると、数メートル四方の区画の中は雑草が伸び放題で、モンシロチョウがそよそよと飛び回っている。
「まずは草むしりから始めていただきますが、この草は菜園にとってとても大切な宝になります。むしった草は一か所に積んでくださいね」
講師の越川も交え、ゼアズ・ア・ウェイ・ファームの農作業Bチームは、野菜づくりの第一歩を耕作放棄地の草むしりから始めたのだった。
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