やさい畑で憑かまえて♡ ~憑依される男女による菜園ライフのススメ~

侘助ヒマリ

01 パーマカルチャーって何ですか? 【尾倉香菜 × メガネ】

「今期のメインテーマは、ずばり “パーマカルチャー” です!」


 第一セミナールームに全社員を集めての、年度初めキックオフ。

 神崎剛也ゴーヤ社長が発したその一言で尾倉オクラ香菜の脳内に浮かんだイメージは、おばちゃんパーマをかけた老若男女が街中を闊歩する、そんな光景だった。


 香菜の勤めるセミナー企画運営会社、“ゼアズ・ア・ウェイThere's a way・ジャパン” は、個人向け自己啓発セミナーを企画運営するだけでなく、企業向けにも社内セミナーの企画提案や運営代行を行っている。


 ワンマン社長である神崎の鶴の一声で当期一年間のメインテーマが決まり、そのテーマに沿った各種セミナーを企画立案するのが香菜の所属する企画部門の役割だ。

 けれども、今年度に限っては “パーマカルチャー” という聞きなれない言葉を前に、入社四年目となった香菜の表情に当惑の色が露になった。


 言葉の意味が即座に理解できていないのは他の社員も同じ様子だが、神崎社長はクエスチョンマークが飛び交う空気に構うことなく、得意げに今後の方針を発表していく。


「そういうわけで、セミナーを企画運営する社員の皆にも “パーマカルチャー” の何たるかをまずは体感してもらいたく、郊外に当社専用のを借り上げることにした。野菜の栽培管理は社員を部門横割りでグループ分けし、区画ごとに受け持ってもらうことになる。来週から、週に一度以上は通常業務をメンバー間で調整して農作業に赴くこと。詳細は後日総務部から計画概要を配布する予定だ。以上」


 ワンマン神崎は一方的にそう告げると、秘書を従えて颯爽とセミナールームを出て行った。

 後に残された社員の間にざわめきと動揺が広がる。


「香菜センパイ……。パーマカルチャーって何ですか? “パーマ” とか言いながら “菜園” って、意味わかんない。もしかしてあたし達、おばちゃんパーマで毎週農作業しなくちゃいけないんですかね?」


 同じ部署の二つ下の後輩、野田苺子イチゴが念入りに整えた眉をしかめて香菜に耳打ちしてきた。

 男性社員に媚びることしか能のない後輩と同じ発想しかできなかった自分が悔しいが、香菜はそんな屈辱をごまかすように、もはや顔の一部と言って差し支えないほどに馴染んでいる紅縁オーバルのメガネの端を右手中指の腹でついっと押し上げた。


「パーマカルチャーという言葉は私も初耳だけれど、先見の明がある神崎社長のことだもの。日本、ひいては世界の社会システムの将来のあり方に今後影響を与えるであろうテーマのはずよ。企画部門としては、総務部からの詳細連絡を待たずにリサーチを開始する必要がありそうね。まずはパーマカルチャーが何たるか、その概念を理解するところから始めましょう」


「はいっ!」


 香菜がクールに微笑むと、頬をぽうっと染めた苺子が尊敬と憧憬の念を眼差しに滲ませた。


“聡明で頼れる先輩” 像が華麗に決まった。

 紅縁メガネのフレームをついっと押し上げながら、カツカツとヒールを鳴らして颯爽とフロアに戻る香菜。




 しかしながら、そんな彼女の脳裏には、おばちゃんパーマにモンペ姿の自分と苺子が、堆肥のかぐわしい畑で鍬を振るうイメージがこびりついて離れないのだった。

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