第21話 もう一度「13 死神」のカードの話
今日はもう一度「死神」のカードの話をしようと思います。
前回までの話で、若干の濃淡はありますが一応一通り22枚のカードの意味の説明は終わりました。
皆さんが、このお話しを読んでタロット占いがある程度できるようになっていてくれたら嬉しいなと思っています。
今回は、二度目の登場になりますが、エミさんのトリプル・ペンタグラム・スプレッドに出てきた死神のカードの話です。
◇
「ゆうすけさんには過去も現在も、そして将来も他の女性の影が見え隠れしています。それには麻衣子さんもお気づきのようですけどね」
エミさんはズバッと言い切りましたが、肝心の僕がぽかんとしています。過去の女性の影ってのは、まあ、さっちゃんのことでしょう。しかし、現在って誰だろう。
当分彼女はいいや、と思ってる僕にはあまりにも縁遠いものに思えます。なんとなれば、接している時間の長さから考えて、麻衣子先輩のことだと言われる方がまだ納得がいきます。麻衣子先輩でなければ一体誰のことなんだろう?
不審そうな表情を隠せないまま麻衣子先輩を横目で見ると、先輩は無表情にカードを見ていました。そして一言。
「私が気が付いているかどうか、はカードには出ているのでしょうか? それともカマかけですか?」
うひゃー、なんて挑戦的な……。
先輩、もうすこし友好的に占ってもらいましょうよ……。
エミさんはそんな先輩の言い草に嫌な顔一つせず答えます。
「カードには出ていませんが、麻衣子さんの表情に出ていますよ」
そう言ってまたにこりと微笑みました。僕はそれを聞いて文字通り絶句してしまいます。
エミさん……、エミさんも麻衣子先輩を挑発するのやめて! 麻衣子先輩はそういう挑発にはすぐ乗っちゃう人なんだからー。誰かこの二人を止めてくれー。
半泣きの僕を置き去りにしてエミさんは微笑んだまま続けました。
「左上は『出来事』のプレイス。ここは現実に起こっている出来事です。目に見えることだけではなく、お二人が知らなかったり、気が付かない出来事もここに出ます。右上は『肯定』のプレイスです。あなた方の問題や課題に対して助けてくれるもの、よりどころや支えになるものを表します」
出来事 肯定
節制 愚者
死神 塔
審判(逆) 力(逆)
僕はプレイスを見ながらちらっとカードを読んでみました。
節制は二人の関係が極めて良好な含み。しかし、死神と審判の
そう思っているとエミさんが解説してくれました。
「ここまでお二方は良好な関係でやってこられていると出ています。しかし、常に心の奥底にはこのままでは良くないという意識があります。今までのことを一旦白紙にして、新しく生まれ変わらなければいけない、と思っておられます。それが麻衣子さんなのか、それともゆうすけさんなのか。カードはどちらとも言っていません。お二人ともそのようにお考えなのかもしれません」
僕についてはさっちゃんと別れたこと、麻衣子先輩はクレシマさんのこと。
うーん、分からなくはないし当たってなくもないのですが、僕がさっちゃんと別れたことに対して、死神が出るのは少し事実とは異なります。少なくとも僕は「新しい恋を一から始めるために、さっちゃんとの関係を清算した」わけではありません。それは断じて違います。絶対に違います。
麻衣子先輩はどこかの時点でクレシマさんとの関係を一度清算しよう、ゼロクリアしよう、と思ったのは間違いなさそうです。カードはそのことを言っているのでしょうか。
これ、先輩のことですよね? と視線だけで麻衣子先輩に尋ねると、麻衣子先輩は僕の質問の意図を理解したかのように、唇の端だけで小さく笑って、そして無言で首を横に振りました。
え? 違うの? じゃあこの死神はどういう意味?
思わず僕は目を見開きます。理解が追いつかない僕に、麻衣子先輩は小声で囁きました。
「この死神はね、私のこともそうだけど、ゆうすけクンのことも指しているのよ」
まるで心当たりがない僕。麻衣子先輩はしょうがない子ね、と言った表情で続けます。
「ふふふ、自分で気が付かないとだめよ」
僕はますます訳が分かりません。
「右上の肯定のプレイスには精神力の弱さを表す力の
「……それは具体的にはどういうことでしょう?」
麻衣子先輩が今度は割と普通にエミさんに聞きました。
先輩、最初からそうやって普通に聞いてくださいよ。無闇に対決モードになんか持っていかなくていいんですよ、と言いたくなります。
「端的にいいますと、世間を敵に回して二人で駆け落ちするぐらいの覚悟があれば、お二人は上手くいく……」
「つまり、駆け落ち以外に私たちが上手く行く方法はない、とおっしゃってるのですね?」
「……カードにはそこまでは出ていません。私も占い師としてそこまでは申し上げられません」
「そうですか。ふふふ」
先輩、何勝ち誇っているんですか!
もう、この人の精神構造はちょっと理解できません。
しかし、ここまでの流れでは、僕たちは不倫カップルと思われていそうです。エミさんの中ではきっと麻衣子先輩はどこかの成金社長に見初められて無理やり結婚させられた若妻、僕は麻衣子先輩を取り戻そうとしている若造、道ならぬ恋に溺れているという設定になってることでしょう。
……麻衣子先輩、さては楽しんでますよね? やれやれ。
僕はなかば呆れましたが、それが顔に出ないように注意してエミさんをそっと見ました。エミさんは麻衣子先輩の謎の勝利のほほえみにも負けずにカードを読んで行きます。
「駆け落ちについては、次の結果のプレイスでカードが否定しているんです。結果のプレイスと宣託のプレイスに出ているカードについてお話ししますね。お二人ともよくお聞きください……」
結果
世界(逆)
月(逆)
隠者
宣託
魔術師
運命の輪
戦車(逆)
ほほう。なるほど。
一見よくある恋人同士の将来を表すカードの並びですが、『駆け落ち』をキーワードにして読むと、確かにこれは面白い並びです。
その意味するところは……。
僕は喫茶店で麻衣子先輩が語ったクレシマさんとの出来事の最後の部分を思い出しながら、エミさんの言葉を待ちました。
◇
いつもの喫茶店で僕の向かいに座る麻衣子先輩はナポリタン、僕はミックスピラフ大盛りのえび倍盛りを食べながら話していました。
時刻はすでに七時をすぎています。この店には数えきれないほど来ていますが、今日はその中でも三本指に入る長居になりました。僕と麻衣子先輩は、おなかが空いたので何か食べながら話そうということになったのでした。
「春になって、私はこの大学に一年生として入学。クレシマさんは
なるほど。麻衣子先輩の押しかけ女房作戦、双方の実家を巻き込んで外堀を埋める最終手段を使って強行突破しようとしたわけか。しかしそんなの無理筋だって、麻衣子先輩なら気が付くはずなんだけどな……。
「もちろん、私たちが付き合っているのは、私が高校生のころから両方の親も知っていたからね。私が転校した、と言ってもうちの両親は何も言わなかった。まあ、再入学して一年生からやり直し、とは言わなかったんだけどね。クレシマさんを連れて行きさえすれば『結婚が決まったから正式に婚約する』と言っても誰も不思議に思わなかったと思うわ」
先輩のご両親、娘に騙されてますよー。なんて親不孝な娘なんだ。
「先輩、それずるいです。一番肝心なところを話していないじゃないですか」
「ふふふ、再入学して引っ越すこと話した時ね、うちの親は、まあ、結局クレシマさんの近くに行きたかったのね、ぐらいの反応だったわ。でもね、はっきりクレシマさんに言われちゃったのよ。『彼女ができた。麻衣子とはもう付き合えない。転校までしてくれたのは嬉しいけど、俺の隣にいるべき女はもうおまえじゃない』ってね」
麻衣子先輩は思いのほか淡々と、クレシマさんからの別れの言葉を再現して僕に話しました。
ああ、学祭の占いで出た女教皇のカードは、麻衣子先輩じゃなくてこの時にできた彼女のことだったんだ、と僕は思いました。
「……先輩、悲しくなかったんですか」
「悲しいことは悲しかったけど、その結末はもう随分前から自分でも分かっていたのよ。転校再入学までやったのは私の意地。できることは全部やったけどだめだった、という理由付けのためのね。今から考えると愚かよね。意地のために二年も時間を無駄に費やしたんだから」
ああ、やっぱり気が付いていたんだ、先輩は。
勝ち目のない戦。入試を受け直してまで挑んでもだめだった恋。
「先輩、ここまでの話、東京行ったのが一番の失敗だったことになるんじゃないですか?」
「……まあ、そうなるわね」
先輩は髪の毛を押さえながらナポリタンを器用にフォークに巻きつけて一口食べていいました。僕はピラフに塩を振って食べます。ここのピラフは味が少し薄いのが難点です。
「私、ここまでの話で一つだけとても後悔してることがあってね。東京行くって決める時に……」
「はあ」
「占ったのよ。タロットで、自分を」
「えっ!」
タロットを習い始めたころ、麻衣子先輩が僕に口を酸っぱくして言っていた最大の
「その時出たカードがね、審判、星の
「うーん、希望は満たされないし、精神的に追い込まれるだろうから覚悟を決めて諦めろ、ですか」
「ふふふ、そう読むわよね、普通は。東京行くならもうクレシマさんのことは諦めろ、とカードはその時点で言っていたのよ。今なら私もそう読むわ」
先輩は少し苦し気に言葉を続けました。
「でも、その時の私はね、いろんな本の解釈を都合のいいように継ぎはぎして『時間はかかっても希望は叶うから、決心して東京へ行け』と読んだのよ」
それは麻衣子先輩にとって致命的な誤読でした。まったく正反対の意味に読んでしまっています。
たしかに魔術師のカードは「東」を暗示している、と一部の本には書いてあります。新約聖書の「東方三賢者」が魔術師のカードの由来だからです。それにしても魔術師の
そうか。麻衣子先輩はタブーを破って自分を占ったのに、それを自分の都合のいい方に誤読してしまった、その事実を認めたくなかったんだ……。
「せめてあの時、死神が出ていてくれればね。そうしたら、さすがに私も東京かクレシマさんかどちらかを諦めたと思う。東京での暮らしとクレシマさん、二兎を追ってどちらも手に入れられなかった。これは私のそういうお話なのよ」
先輩は皿に残った最後のナポリタンをフォークに巻きつけながらゆっくり語ります。
「出たカードに自分の願望を当てはめて、無理な解釈をして、カードの意思を歪めて受け取る。それはね、初心者がやりがちで、でも占い師が絶対にやってはいけないこと。私がゆうすけクンに自分を占ってはいけない、と最初に教えたのはそれがあったから」
自嘲気味に言う先輩の横顔に薄く浮かんだ後悔のまなざしを、僕は見逃しませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます