第19話 「14 節制」のカードの話 (14節制)


 今日は「節制」のカードの話をしようと思います。


 「節制」のカードはステータス系の比較的意味の強いカードです。「調和」「健全」「友情」「協同」を意味します。何人かで仲良く団結して上手く物事が進んでいく状態を指しています。「健康」を表していることも重要です。


 逆位置はそのまま意味が反転して「軋轢」「不健全」「友情の決裂」「集団の崩壊」、そして「病気」となります。塔+節制の逆位置リバースは入院が必要なケガ・急病に特に厳重に気を付けなければいけません。

 

 このカードの面白い点は、恋人同士や夫婦が引いた場合は最強の吉札になるのですが、そうでない関係の人が引くと、かなり親しくはなるけど友達以上恋人未満の状態で安定してしまって関係が進まない、という含みがあることです。


 「幼馴染と恋愛関係に進みたい」という人が引いた場合は、残念ながら「仲良し以上の関係にはなりにくい」と言わざるを得ません。ただし、そういう関係性で良いとカードは肯定的に捕えている点もまた重要です。「無理に恋人同士になろうとしなくても、仲良しの友達でいいんじゃない?」という感じです。


 とはいえ、基本的には吉札で意味も強いため、このカードが正位置で時系列に出た場合はスプレッド全体を良い方向に読んで差し支えないでしょう。


 今回は、そんな「節制」が先頭になったスプレッドを読む占い師さんの話です。



「私たちはお互いを深く理解し合い、信頼し合っています。それを前提に占っていただけますか?」


 占い師さんはあまりに挑発的な麻衣子先輩のセリフに目を見張ったかのように見えました。


 よく考えてみると麻衣子先輩のこのセリフ、占い師さんの問いに対して肯定も否定もしていません。何一つ新しい情報を与えていないのです。僕は麻衣子先輩の意図に気が付いて身震いしました。


―――やべえ。麻衣子先輩、ガチでこの占い師さんを潰しに来てる……。


 僕が学祭で見知らぬお客さん相手に占いをやってて分かったのは、相手の情報が少なければ少ないほど占いにくい、ということでした。相手の好き嫌いや行動パターンが分かっていれば、それを手がかりに深く占って行けます。しかし初対面の場合、出てきたカードの意味を特定することから始めないと行けません。それが結構難しいのです。麻衣子先輩はできるだけ僕たちの背景を教えずに、占い師さんにカードを読ませるつもりなのでしょう。


 占い師さんは一瞬麻衣子先輩を呆けたような顔で見やった後、またにっこり微笑んでこう言いました。


「私はタロット占い師のエミといいます。あなたのお名前を聞かせてもらっていいですか?占いとは関係ありませんが」


 麻衣子先輩も負けず劣らずの微笑で答えます。


「麻衣子です。彼はゆうすけです。よろしくお願いしますね、エミさん」


 こ、こえー。

 占い始める前にお互い名乗りを上げるとか、戦国武将かよ!

 いや、確かに二人とも笑顔なんです。これ以上ないぐらいの。

 なのに、なんでこんなに場が緊迫してるんでしょう。僕は震えあがっていました。ここに来てから僕はまだ一言も口を開けていません。麻衣子先輩とエミさんに挟まれてとても声を出せる雰囲気ではありませんでした。


 エミさんは笑顔のまま残ったカードを手に取ると、テーブルの上のスプレッドに出ているカードに裏向きにカードを追加していきました。


 ん?コンフリクション?でもそんなに難しいスプレッドではないし、意味の強いカードもそれほど出てないのにな……、と思っていると、二枚目のカードを置き終わってもエミさんの手は止まらず、三枚目に突入してしまいました。


「!!」


 思わず僕は麻衣子先輩の方を見てしまいました。麻衣子先輩もテーブルをじっと凝視しています。


      結果

      世界(逆)

       裏

       裏


出来事  宣託    肯定

節制   魔術師   愚者

 裏    裏     裏

 裏    裏     裏

      

   否定     成り行き

   恋人(逆)  太陽

   裏       裏

   裏       裏

==============

裏   裏   裏   裏




―――こ、これは……フルスプレッド!!


 僕は息をのんでエミさんの広げたスプレッドを見ます。二十二枚のカードがすべてスプレッド内に並べられています。6×3=18枚で三重トリプルペンタグラムスプレッドを形成し、余りの四枚はエミさんの前に横一直線に並べられました。


 麻衣子先輩はこの壮観なスプレッドを一瞥すると、おもむろにエミさんに尋ねました。


「ペンタグラムの三重トリプルスプレッド……。エミさん、これを読み切るおつもりなんですね?」

「もちろん。今起きている事実も、これから起こる出来事も、すべてカードが囁いてくれます。私は、カードの囁きをあなたがたにお伝えする占い師ですから」


 一般的にタロットのスプレッドは枚数が少ないほど読みやすい、そのかわりに深く占えません。


 大アルカナ二十二枚を目一杯使って占うフルスプレッド。当然それは、相当な手腕と感覚がないと読み切れません。


 プロでも、いやプロこそこんな手間とヒマと体力を使う割に読み間違えやすいスプレッドは使いません。僕と麻衣子先輩も一度試しにやってみて、僕たちのレベルでは実用的ではない、という結論になっていました。


 そうなんです。


 これは麻衣子先輩の挑発に対する、エミさんの、プロの占い師流の喧嘩の買い方だったのです。そのスプレッドには「プロをなめるなよ」という強烈なメッセージがこめられていたのです。


 エミさんは僕の方に一瞬だけ鋭い視線を向けて言いました。


「これからスプレッドを開いていきますが、麻衣子さんの知られたくない過去はもちろんのこと、あなた……ゆうすけさんの知りたくない未来も見えてしまうことがあります」


 そしてまたにっこりと微笑んで続けます。


「それでもホントにいいんですね?」


 こ、こえーよ! まじこえー! 麻衣子先輩、責任取ってくださいよ!


 心から笑っていない女の人の笑顔なんてもうたくさんです。頼むからそういう怖い系の笑顔はやめてくれ、と僕は思ってしまいました。


 しかしそれと同時に、少しだけ罪悪感を覚えながらも、麻衣子先輩の知られたくない過去と知りたくない未来、それがタロット的にどう出るのか、興味が湧いていました。


 僕が聞いた麻衣子先輩の過去、果たしてあれはどこまでが真実なのか。

 いや、それよりも、それを笑い話、恥ずかしい話と言っている麻衣子先輩の言葉、あれがどこまでホントなのか。そしてそれがカードにどう出るのか。


 よーし、いっちょ聞いてやろうじゃないか。麻衣子先輩の真実の過去ってヤツを!


 僕は学祭の後、喫茶店で聞いた麻衣子先輩の話を思い出していました。



「私ね、高一のバレンタインでクレシマさんにチョコレートあげたの」


 麻衣子先輩はコーヒーカップのホットコーヒーにミルクを注いでスプーンでかき混ぜながらぽつりと言いました。僕はどういう表情をしていいかわからないので、とりあえずコーヒーカップに口をつけます。


「その時クレシマさんは高校三年生。高三の二月ってちょうど入試期間中じゃない? 迷惑きわまりないでしょ? そのころの私って、ホントに非常識だったわね」


 いや、非常識なのは今でもだろ、と僕は心の中で突っ込みました。まだ話がどう転ぶか分からないこの段階でちゃちゃを入れるのは、危険行為なので自重します。


「先輩とクレシマさんは……部活が一緒だったとかですか?」

「私、高校の時は帰宅部。クレシマさんとは通学の電車が一緒だったの。クレシマさんも驚いたと思うわ。たまに電車で見かけるだけの後輩からいきなりチョコレートもらって」

「え? 電車で見かけるだけの関係だったんですか!?」


 ふふふ、と麻衣子先輩は照れたように笑います。驚いたことに、これは僕の質問に対する肯定です。


「私もね、ちょっと恋に恋してた……みたいな感じだったのよね。……ああ、なんか恥ずかしくなってきた」

「先輩、まさかとは思いますが……、チョコレートと一緒に熱烈なポエムとか付けたんじゃ……」

「ふふふ」


 おーっと、おーっと、おーっと、またしても肯定です。僕は今の麻衣子先輩を知ってるのでどん引きです。


「ポエムじゃないんだけどね……」


 さすがに麻衣子先輩も黒歴史を話す時は恥ずかしそうにするんだな、と僕は思って聞いていました。


「ポエムじゃないけど……、『死ぬまであなたの側に居させてください』って書いたカードを付けたの」

「えー! それプロポーズと何が違うんですか!」

「いや、当時の私はね、本気でプロポーズしていたのよ」


 ……なんてこった。十五歳の麻衣子先輩、ぶっ飛びすぎだ。想像の斜め上ってヤツじゃねーか。


「クレシマさん、ホワイトデーにお返しをくれてね。それで私たち付き合い出したの。クレシマさんとはそれなりに上手く恋人同士として付き合えたと思っている。遠距離だったけどね」


 クレシマさんはうちの大学の文学部に現役で合格し、麻衣子先輩とはいきなり遠距離恋愛になったそうです。しかし、問題はそんなことではありませんでした。


「でもね、クレシマさんは私のことを彼女だと思っていた。しかし、私はクレシマさんのことを彼氏と思っていなかった。そこが一番の問題だった……」

「と言いますと?」

「私は彼のこと『婚約者』と思っていたの。バカよね、ホントに。世間知らずにもほどがあるわよね……」


 恐ろしいことに十五歳の麻衣子先輩はクレシマさんにプロポーズして、それが了承されたと思いこんでいたのです。


 そしてクレシマさんと麻衣子先輩のちょっといびつな恋人関係は、しばらく表面上平穏に続きました。二人が遠距離恋愛して一年と少し。麻衣子先輩も高校三年生、受験生になります。


「私はね、東京にどうしても行きたかった。普通は恋人のいる大学を志望するもんじゃない? なのにね、私、こう考えたのよ。『私たちはただの恋人同士じゃない。婚約者。だから大丈夫』って。バカでしょ? 頭おかしいと思うでしょ?」


 うん。いろいろおかしいです、先輩。おかしすぎです。なんで婚約者だったら大丈夫なのかも分かりませんし、本当に婚約しているのかクレシマさんに確かめようとしなかったのもおかしい。でもそのおかしさに十七歳の麻衣子先輩は気が付かなかった。いや、ホントは気付いていたのかもしれません。見ないふりをしてただけで。


「クレシマさん、何度もうちの大学においでよ、って言ってくれたのを断って、私、東京の私大受けたの」


 麻衣子先輩の言った東京の私大は、マキが推薦を反故にされたというあの東京の超有名私大でした。


「そして受かっちゃったの……」


 そう呟いた麻衣子先輩の瞳からは、悲しいとか切ないとかの感情は読み取れません。


 先輩の瞳にあったのは、自分の愚かな過去への侮蔑と、少しの懐古。


 麻衣子先輩はこういう表情もできるんだ、と僕は少し感心しながらその横顔をみつめていました。








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