第17話 「07 戦車」のカードの話 (07戦車)(08力)(02女教皇)
今日は「戦車」のカードの話をしようと思います。
「戦車」はイベント系のカードで、特に力勝負、スポーツ、喧嘩などのフィジカルなニュアンスでの「勝利」を表します。
絵柄どおり自動車の含みがあり、凶札と一緒に出ると交通事故を強く暗示します。塔+戦車の
ただし、人物系ではないのに「若い男」を意味する時があるのが要注意点。例えば女子高生の恋愛占いをしている時に、戦車の
今回は「戦車」の
◇
学祭初日は夕方までお客さんが途切れませんでした。朝から一人で占っていた僕は、疲労困憊、声は嗄れ、目もかすんできます。
とうとう耐えられなくなった5時ごろ、お客さんに「ちょっとすみません、中で待っていてください」と断って、占いブースから出ました。足がもつれそうになりますが苦笑すらできません。
すると、そこでは女子学生二人組のお客さんと、両手にぬいぐるみを持ったいずみと、そして魔道士の衣装でめかしこんだ麻衣子先輩がにこやかに談笑しているではありませんか。
「先輩、なにやってんですか! もう俺、へろへろですよ!」
僕は先輩に猛烈に抗議しましたが、本格的にばてていて声に全然迫力がありません。
「ゆうすけクン、ノッてるみたいだから。いつまで頑張るかな、と思ってね」
「麻衣子さんとねー、二時間ぐらい前から人形劇ごっこやってるんだよー♡」
「2時間も前からいるんだったら替わってくださいよ!」
アニメ声のいずみを無視して僕は先輩をにらみます。でもそのぐらいで動じる麻衣子先輩ではありませんでした。
「ふふふ、よく頑張ったね、ゆうすけクン」
麻衣子先輩はポーチを手に取ると、涼やかに微笑んで立ち上がります。そして占いコーナーに向かって歩きながら振り返って爽やかに言いました。
「後はまかせて!」
麻衣子先輩はローブの裾をひるがえし、さっそうと暗幕の中に消えていきました。
―――なに、かっこよくキメてるんだ、この人は。これじゃ、おいしいとこ持って行くバトル小説のヒロインじゃないか。
僕は文句を言いつつも「助かった……」と安堵の息をついて客席に座り込みます。
「おつかれさま♡」
いや、まじ疲れたから、もうそのアニメ声やめて……。
いずみに向かってつぶやく気力も残っていませんでした。
◇
五時過ぎのお客さんが落ち着いて来たころ、いずみは、燃え尽きている僕に「私から差し入れよ」とミートソースを作って持ってきてくれました。そう言えばお昼も食べ損なっています。
「んー、やっぱりムリに詰め込みすぎてもだめね」
「当たり前だよ。いずみは俺のこと占いマシーンとでも思ってんのかよ」
「一時間あたり四組はムリそうね。でも一時間あたり三組だとお客さんをさばききれないのよね」
いずみは効率的に利益を上げる方策を考えているようです。普段何も考えていなさそうないずみですが、こういうところにはよく気が回ります。
「考えてみなよ。飲食のメニューには原価がかかるから粗利はだいたい売値の六十パーセントぐらい。なのに占いは売値の百パーセントが利益なのよね。占い一回でコーヒー五杯分の利益。だからお客さんにはコーヒーよりも占いを薦める方が、断然お店は儲かるの」
いずみはセミロングの髪をボールペンのお尻で梳きながらノートに図を書いて力説します。これはれっきとした経営工学です。まさに経済学部のマキの専門領域なのですが、いずみの説明の方がよっぽど迫力と説得力があります。ただいずみは俺の人件費の計算をまったく考慮に入れてません。致命的な計算ミス。ブラック企業の社長かよ。
「だからね、ゆうすけ君はトイレ行ってるヒマがあったら占ってなきゃだめなのよ」
「勘弁してくれよ、いずみ。連続四組はきついぜ」
「うーん、そうかー。でも麻衣子さんみたいに二組ごとに十分休憩するのは少し休みすぎと思うのよね」
いずみは四十分のうち三十分間占っているという意味で30/40とノートに書きます。
「明日は今日よりもお客さん多そうだし、三時間待ちになったら諦める人の方が多くなっちゃう。だから極力稼働を上げたいの。ゆうすけ君たちには目一杯占ってほしいんだ」
僕は感心していずみの手元をみつめていました。一生懸命計算するいずみを見ながら、こいつ家計にシビアな良い奥さんになりそうだな、と思いました。
◇
いずみは閉店まで何かを計算していました。結局二日目からは占いコーナーを増設することになりました。これで処理能力は倍になります。占い師は三組占うごとに十分休憩、二人同時に休憩しない、二箇所のブースで三時間あたり二十組占う、といずみが目標を立てました。いずみの計算によるとこれでだいたい八十五パーセント程度の稼働になるそうです。
占いコーナーの受付は、いずみ、ヒロキに加えてマキ、タケシの四人体制で対応してくれることになりました。テツローは掛け持ちしているテニスサークルの方が忙しくてお店にはあまり顔を出しませんでした。
「ふふふ、まかせておきなさい。今日は徹底的に占ってあげるわ」
2日目は朝から魔道士ルックで決めた麻衣子先輩がやる気まんまんでした。
◇
ちょっと不思議なお客さんが来店したのは、客足の途切れた三日目の夕方六時すぎでした。僕も占いコーナーから出てマキたちと客席で談笑していました。
背の高い神経質そうな眼鏡をかけたその男の人は、社会人にしては服装がラフすぎるし、学生にしては顔が老けている感じがします。
「いらっしゃいませ!」
入口にお客さんを見かけたマキが声をかけます。
「まだ占ってもらえる?」
「はい。今ならすぐできますよー。こちらでチケットをお求めください。一回二百円です」
マキは明るい声でお客さんに答えている間に僕は占いコーナーに戻ります。
「どうぞ、あちらのブースに占い師がいますので」
「ん? 彼が占い師さん? 女の人じゃないの?」
「エスメラルダ麻衣子先生は今休憩中です」
僕はマキの説明を聞いて吹きそうになりました。まーた、あいつ適当なこと言ってやがる。なんだよエスメラルダ麻衣子って。
マキは朝からずっと僕に変な名前を付けてお客さんを案内する遊びをやっていました。「カルロス・カベージオ・ゆうすけ」とか「ピョートル・ミカエロフ・ゆうすけ八世」とか「アブドラル・ユン・ゆうすけ」とか。よくまあ国籍不明の名前をぽんぽん思いつくもんだ、と僕はひそかに感心していました。
「そうやって名前だけでもハクつけとかんと、みんな麻衣子さんの方ばっかり行ってしまうんやもん」とマキは言っていました。たしかに魔道士ルックの麻衣子先輩は存在感抜群です。来年は僕も少しそれっぽいコスプレした方がいいな、と思いました。
お客さんは、それじゃ仕方ないな、と言いながら僕のいるブースに入ってきました。
「何を占いますか?」
「俺と彼女の将来を占ってほしい」
「分かりました」
僕は手早くカードを広げました。
現在の外部
隠者
過去 現在 近い将来
女教皇 戦車(逆) 星(逆)
現在の内面
吊るされた男(逆)
宣託
力
あららー。吉札の
ふう、と僕はため息をつきました。悪い結果をお客さんに告げるのはやっぱりツラいです。
(せっかくお金を払ってくれているんだから、良い占い結果を言ってあげたいんだけどな……)
僕は小さく息を吸って、話始めました。
「思慮深くて知性的な彼女さんなんですね。過去には彼女さんは確かにあなたの側に居ました。ただ、今は思いが彼女に届いていない、とあなたは感じているんですね。誰かは分かりませんが恋敵の存在が見え隠れしていて、現状だいぶ不利な状況に置かれているようです」
「……そうか」
お客さんは少し青ざめた顔でカードを見ています。この占いは当たっている、と僕はその表情を見て直感します。それに気が付かないフリをして僕は続けました。テーブルのキャンドルライトに照らされたお客さんの顔には、陰影が揺れています。
「将来は星の
宣託に出ている「力」のカードの意味は『精神力』で、『体力』ではありません。正位置で出ると「我慢が実を結ぶ」「意志を貫く」「気力で難事を乗り越える」、
「これは『彼女を諦めるな』という意味ではないと思います。もともと彼女さんとは両立しない何かをお考えだったのではないでしょうか。そちらの方を彼女さんより優先した方がいいとカードは言っています」
お客さんはしばらく眼鏡を押さえてカードを眺めていましたが、やがて「分かった。ありがとう」と言って立ち上がりました。そしてこちらを振り返ると言いました。
「よく当たっているよ。麻衣子に習ったの?」
「はい。特訓受けました」
ん? 麻衣子先輩を呼び捨てにしたぞ? なにもんだこの人?
狐につままれたような顔をした僕を残して、お客さんは店を出て行きました。
お客さんがいなくなった占いブースのテーブルにはスプレッドがそのまま残っています。僕は頭の中で今の出来事をフル回転で検証しますが、さっぱり事情が分かりません。諦めてカードを片付けようとした時、心配顔のマキが暗幕をめくってブースの中を覗きこみました。
「ゆう君……」
何がそんなに心配なのか。僕の頭の中にクエスチョンマークがさらに増えました。
「麻衣子さん、もういいですよ」とヒロキが声をかけると、麻衣子先輩が客席からは見えないカウンターの奥から出てきました。
「先輩、なんで隠れてたんですか? マキもどうしたんだよ?」
麻衣子先輩はブースに入るとお客さんの席に座りました。もう魔道士コスプレは脱いで普通のワンピースにカーデガンの姿に戻っています。
「なんでみんな微妙な空気なんですか?」
「私が今の人と会いたくないから、みんな気を遣ってくれたのよ。今の人、クレシマさんっていうんだけど、私の……元カレって言っていいのかな……」
「えー、まじですか!」
目が飛び出る、というのはこういう時のための表現だと僕は思いました。色恋沙汰とは無縁に見えるオカルトお姉さんの麻衣子先輩に元カレがいたとは……。それだけでも結構な驚きだったのですが、麻衣子先輩はさらに追い打ちをかけるように言葉を続けたのでした。
「正確にいうと、元カレというよりも……元婚約者」
「はああ?」
麻衣子先輩は少し困った顔をしてテーブルのキャンドルライトを見ていました。
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