第16話 「12 吊るされた男」のカードの話 (12吊るされた男)(5法王)


 今日は「吊るされた男」のカードの話をしようと思います。


 「吊るされた男」は逆さ吊りの男の絵のインパクトが強烈で、だいたいこれを引くとみんな凶札と思って顔をしかめます。


 ところがこのカードは、努力・忍耐・自己犠牲などが「報われて結果につながる」ことを表している、紛れもない吉札です。人物の絵が書かれていますが、人物系ではなくイベント系です。これが吉札なのは、キリスト教の思想が影響していると思いますが詳しいことは寡聞にして知りません。


 ちなみに逆位置リバースの意味は「無駄死」「報われない努力」「骨折り損」「視野狭窄」。逆位置リバースの方が悪い意味になるのは吉札の証拠です。


 今回はそんな吉札を引いた学祭のお客さんの話です。




 学祭初日の午前中はまったりした雰囲気でした。

 気合い入れて十時ちょうどにお店を開けた僕たちは、無事オープンに間に合った安堵半分、お客さんが来ない落胆半分でした。

 占いコーナーも開店休業状態。占いは一回二百円のチケット制で、占いコーナーの受付はヒロキといずみが交代でやってくれることになっていました。

 午前中の店番は僕とヒロキといずみの一年生三人だけです。先輩方は初日の午前中が暇なのが分かっていたようです。始まったばかりの学祭はまだ来場者も少なく、店番は暇でした。僕たちは空いているテーブルに座って雑談していました。


「どれぐらいお客さん来るのかしら」


 常に眠たそうなペースのいずみがゆったりとした調子で聞いてきます。常時ボリュームマックス・テンションマックスのマキとは対照的ですが、意外にマキといずみの二人はウマが合っていました。少なくともマキとあゆみさんの組み合わせのように、まわりにでかすぎる声量で迷惑をかけたり、ドン引き内容の話を暴発させたりすることはありません。


「うーん、分からんな。去年麻衣子さん、あゆみさん、しおりさんの三人で接客やり切れなかったって言ってたから、そこそこ来るとは思うんだけどな」


 ヒロキが答えました。その声にはお客さんが来なかったらどうしよう、という戸惑いがにじんでいます。


「最低一日六万円は売らないと赤字なんだけど。私の計算だと」


 あまり危機感の感じられない声色でいずみが言います。意外とこういうところの計算はきっちりしているのがいずみでした。文学部なのに経済学部のマキよりもよっぽど経済的なセンスが感じられます。


「まあ最悪俺たちで余った食材買い取りゃ、赤字持ち出しってことにはならないよ。たぶん」


 ヒロキはもうそんな心配をしています。まだ始まったばかりなのに……。

 そんな話をしていて十一時を過ぎたころ、割と背の高い女子学生がお店をおそるおそる覗くのが目に入りました。ヒロキはそれを目ざとく見つけて声をかけます。


「いらっしゃいませ。何か飲食されますか? それとも占いですか? 楽器演奏のステージは今日は午後三時からですが」


 意外とヒロキは商才があるのかもしれません。女子学生は声をかけられて安心したように口を開きました。


「あの、マキちゃんはいませんか?」

 

 おそるおそる聞いてきた女子学生は、どうやらマキの知り合いのようです。


「すみません。マキは今日は午後から当番なんです。せっかくですからなんか飲んでいかれませんか?」


 いずみはエプロンを付けると、教室の一角を仕切って作った厨房コーナーにお冷を注ぎに行きました。

 続いて三人の男子学生ががやがやとお店に入ってきます。その後、さらにカップルが続きました。

 マキの知り合いの彼女は、知らないうちにポン引きの役割を果たしたようです。ヒロキはどの客にも「いらっしゃいませー、お好きなところにどうぞ」と声をかけて行きます。こいつ、本当に喫茶店のマスターに向いてるんじゃないか? そう思いつつ、一気に忙しくなったお店で僕もエプロンをして接客を始めました。


「始まったな」


 カウンターの内側でお冷を注ぎながらヒロキは僕に向かってニヤリと笑います。


「ああ」


 くだらねー、と思いつつ付き合ってあげる僕もたいがいアレです。


 ここからが僕たちの始めての学祭の、本当の始まりでした。



 客足の危ぶまれた僕たちのお店でしたが、午後になると僕は占いコーナーに釘付けになってしまいました。占いのお客さんが途切れなくなったのです。


「ヒロキ、ごめん、ちょっと三時から三十分休憩させて!」

「だめだ!待ちのお客さんが四人もいるんだぞ?」


 占いは一回十五分、四人待っているということはだいたい一時間待ちでしょうか。今店内にいるお客さんは、ほとんど占い待ちの人たちということになります。


「まじかよ! 麻衣子先輩はまだ来ない? どこ行ったんだよ、まったくあの人は。俺に死ねってか!」


 お客さんに聞こえないように僕は毒づきました。すると突然背後からとんでもないハイトーンの声が聞こえて、僕は驚いて振り返ります。


「ゆうぴょん、頑張ってー。お客さん待ってるからー♡」


 いずみが左手にパンダ、右手に竜のぬいぐるみを竹串に差して、それを振りながらアニメ声を発していました。


「なにやってんの? いずみ、それ」


 僕の問いかけにいずみはいつもの眠たそうな声に戻って言いました。


「待ちのお客さんたちのひまつぶしのお手伝い」


 そしてまたアニメ声で「ゆうぴょーん、がんばってねー♡」と言って、両手のぬいぐるみを刺した竹串をひらひらと振ります。それにつれてパンダと竜がふるふると揺れました。なんかちょっとかわいい……。でもそれで癒される疲労レベルはとっくに超えていた僕は、低くうめきました。


「ちくしょう。こんなに忙しいなんて聞いてねーよ!」


 僕は売り物のペットボトルをつかむと「これ麻衣子先輩のツケにしといて!」といずみに言って、トイレだけ済ませると、よろよろになりながら再び占いコーナーにこもるのでした。


 この時占ったみなさん、占いのクオリティすごく低かったと思います。ごめんなさい。ヒロキといずみが休ませてくれなかったのが悪いんです。



 占いコーナーは最高二時間待ちになりました。長時間待たされたお客さんは不機嫌になっているかと思いきや、割とみんなにこやかに占いコーナーに入ってきます。不思議に思って入ってきたカップルのお客さんに聞いてみました。


「お待たせしてすみません。うちのエース占い師がとんずらぶっこいてて……」

「いえ、待ってる間も楽しかったです。似顔絵も書いてもらえましたし、人形劇やってくれましたし」


 彼氏の方が快活に答えてくれました。

 ははあ。どうやら長時間の待ち客にはヒロキが似顔絵を書いて、いずみが人形を二つ使った即興の人形劇を見せてあげてるんだな。さっきのアニメ声はそれか。この文学部コンビ、芸達者だなあ。


 彼氏の方は若い生真面目なサラリーマン風。彼女の方は、『高校生ぐらいの年齢だけど、高校行っているとは限らない』ヤンキー系の見た目をした茶髪の女の子でした。


「二人で一緒に占えるのー?」と茶髪の彼女は聞いてきます。


「すみません。占いの結果が拡散するので、どちらかお一人の視点に固定させてください」


 すると彼女が茶髪をかき上げながらだるそうにいいました。


「じゃあ、あたしがやるー」

「いいよ。やってもらいな。俺はここで見てるから」


 彼氏はそう言って、占いコーナーの隅に椅子を移動させました。

 その彼女が引いたカードは……。


    外的要因

    運命の輪(逆)


過去   現在    将来

魔術師 吊るされた男 法王(逆) 


     内面

     節制 

         宣託

         女帝


 スプレッドを一目見て茶髪の彼女の表情が暗くなりました。吊るされた男のカードをよくないカードだと思ったに違いありません。


 しかし、「吊るされた男」は見た目の禍々しさに反して吉札です。特に悪いところはない、むしろ良いスプレッドだな、と僕は思いました。


「節制」は「健康」「安定」「健やかな気持ち」という心身ともに順調な状態を表す吉札です。カードを見る限り彼女の方は極めて安定した順調な状態でしょう。


 ところが、「運命の輪」の逆位置リバースと「法王」の逆位置リバース。この二枚は気がかりなところです。少しのボタンの掛け違いで、この二人はだんだんすれ違っていくという強い暗示があります。法王の逆位置リバースの意味は「頑迷な男」ですので、問題になるのは彼氏の方の性格的なものでしょう。


 法王が「包容力」を意味する正位置で出ていれば、吊るされた男の「献身」の意味との組み合わせで、女が支え、男が包容するという非常にいいカップル像になるのですが、残念ながら法王が逆位置リバースではそうは読めません。


 この彼女、ヤンキー系の見た目の印象とは違って、尽くす系の女の子だとカードは言っていました。生真面目に見える彼氏の方が、その生真面目さが原因で彼女を煙たく思うようになる……、そんな将来のイメージが浮かんでいました。


 僕は彼女に聞いてみました。


「あなたは彼氏に尽くすタイプだと出ていますが、自分でどう思いますか?」

「んー、あたしー、どっちかっていうとー、ずっといろいろー、なんかしてあげちゃう方かなー?」


 うげー、伸ばす語尾が気になるー。でもカードの示すとおりやっぱり彼女は尽くす系のようです。

 僕は彼氏が聞いているので、ニュアンスに気をつけながら占い結果を彼女に伝えました。


「あなたたち二人は、何かとても偶然な出来事で出会って、お付き合いを始めたようですね。お二人の付き合いは今はとても順調です。ただ割と近い将来、すごくささいなことで喧嘩する……、いや、喧嘩というよりも彼氏の方があなたを避けようとする気配が感じられます。カードからはもっとあなたの方が素直にわがままをぶつけた方がいいよ、とアドバイスが出ています」


 彼女はイマイチぴんと来てなかったようですが、「わがまま言っていいんだー。わかったー」とぞんざいに頭を下げました。本当に分かったのかどうか少し不安です。


 そうして茶髪の彼女は彼氏と連れ立って占いコーナーから出て行きました。


 人は見かけによらない、とはよく言いますが、あのちょっといろいろ緩いヤンキー系な茶髪の彼女。きっと彼女は生真面目そうな彼氏がうざがるぐらい一生懸命献身してしまうのでしょう。


 あの彼氏の気に障ることがなく、二人の幸せが続くといいな……。


 ヤンキー系見た目の女の子には普段は否定的な僕が、ガラにもなくそう思いました。





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