第10話 僕の高校時代の話 その1


今日は僕の高校時代の話をしようと思います。

タロットの話は全然出てきませんがご容赦ください。



「ゆうすけ! 予備校、今日何時から?」

「うーん、六時からだけど今からもう行く」

「あ、じゃあわたしも一緒に行くから。待ってよー!」


 あずさは机の荷物を大急ぎでかばんに片付けて、教室を出ようとする僕に走り寄って来ました。そして僕の腕をがっしりとわしづかみにします。僕はそれを振りほどき、できるだけあずさから離れるようにして廊下を歩いていきます。


「片桐、いい加減にしてくれよ! そんなにひっつかれると迷惑だよ」

「そう? クラスメートなんだからこれくらい普通じゃない?」

「んなわけねーだろ。どこのクラスメートが腕組んで予備校行くんだよ!」

「大丈夫大丈夫。わたし気にしないから」

「俺が気にするんだって!」


 高三の五月ごろの話です。四月の終わりぐらいからあずさはやたら校内で僕に絡むようになってきていました。最初は僕もクラスが同じだし、たまたま同じ予備校に行ってるのもあったので、こんなもんなのかなと思っていました。しかしそれにしては距離が近すぎです。その距離の近さはゴールデンウィークが終わるともはや看過しえないレベルに到達していました。


 あずさとは高一と高三で同じクラスになりました。

 今で言えば乃木坂でセンターとまでは行かないまでも二列目ぐらいには十分入れる容姿の彼女は、入学当初から男子に人気抜群。彼氏っぽい人物も浮かんでは消え、浮かんでは消え、そのうち何人が本当に付き合っていたのか、僕にはよく分かりませんでした。当然のなりゆきとして「性格悪い」「お高く止まってる」「男癖悪い」というどこまで本当か分からない評判が立つようになっていました。


 僕は特段あずさに興味も関心もなかったので「よくやるねー」ぐらいにしか思いませんでした。あずさも目立つ方ではない地味系の僕なんか視界にも入らないと言った感じ。高二の終わりまでの二年間でお互いに交わした会話は四百字にも満たなかったと思います。


 ところが。


 あずさは高三になると、たまたまだと思うのですが、僕と同じ予備校に通い始めました。そして、なぜかクラスで堂々と、わざとみんなに聞こえるように僕に話しかけてくるようになっていました。よく考えるといきなり名前呼び捨てとか、お前何様、って感じです。

 予備校のない日は「ゆうすけー、今日は図書館行かないの?」と、まるで二人でしばしば行っているかのようなことをデカい声で聞いてきます。もちろん、あずさと図書館なんて行ったことありませんし、行く気もありません。


(なんだ、こいつ、何がしたいんだ)


 僕はちょうどさっちゃんと付き合い始めたばかりで、「彼女ができたんだ」とクラスの親しい友人にこっそり打ち明け出していた頃でした。当然「相手は誰?」とは聞かれましたが、「F女のさっちゃんだ」と言うのがどうにも気恥ずかしくて「そのうち話すよ」とはぐらかしていたのです。思えばそれが間違いのモトでした。


 絶妙なタイミングで僕にべたべたし始めたあずさ。


 そうなんです。ほとんどの友人達が、僕が付き合い始めた相手はあずさだと勘違いしたのです。ついにクラスメートからストレートに聞かれるまでになってしまいました。


「ねえねえ、ゆうすけ君、彼女できたんだってー? まったくスミにおけないよねー。女の子に興味なさそうな顔してたのにいつの間にー」

「ははは、まあね。なんというか、あー、照れくさいからやめてくれよ」

「うーん。ゆうすけ君があのあーちゃん落とすとはねー。女子の間でちょっと話題だよ?」

「は? は? 待て待て! なんでそこに片桐が出てくる?」

「最近あーちゃんゆうすけ君の話ばっかしてるよ? そおかあ。ゆうすけ君があーちゃんをねえ。ちょっとあーちゃん羨ましいかもー、とか思っちゃうかもー、へへへ」

「おい、待てって。違うよ!彼女はできたけど片桐じゃないって!」

「えー、でもなんか腕組んで予備校行ってたじゃん。私見ちゃったぞー」

「違う違う! そりゃあ誤解だ、誤解。あれは片桐が勝手に引っ付いて来てるんだ!」


 僕は戦慄しました。


(……これはまずい。……とてつもなくまずい)


(そうか。片桐は略奪系女子だったのか。俺が片桐にまーったく興味を示さずに、あまつさえさっちゃんと付き合い出したりしたんで、ターゲットにされてしまったのか!)


 このクラスメートの誤解を解くのはすごく難しい。至難の技です。あずさの肉弾攻撃は日に日にヒートアップしていきます。僕の否定の声なんかカエルの鳴き声みたいなもんです。


「片桐さあ、あんま近寄んないでくれよ、まじで。みんな誤解するじゃん」

「わたしはへーきだよ! それにどうせ同じ予備校行くんだし」

「そういう問題じゃないって。だいたい片桐とは予備校の時間が違うだろーが。わざわざ一緒に行く意味ないじゃねーかよ!」

「まあまあ、そんなこと言わないで。ゆうすけ、早く行こうよ」


 あずさと話をしてもまったくラチがあきません。むしろ仲良くいちゃついてると見られてしまいます。結局僕は校内で徹底的にあずさを無視することにしました。話しかけられる前に離れる。話しかけられてもすぐ会話を終わらせる。

 でも、そんなのあずさの実力行使、校内べたべた作戦の前にはなんの対策にもなっていませんでした。僕がいくら噂を否定したりあずさを無視したりしても、せいぜい「付き合い始めで照れてるんだ」ぐらいにしか思ってもらえません。じりじりじりじりと校内で「あずさとゆうすけは付き合っている」という認識が固まって行ってしまいました。その大きな流れを止めるには僕はあまりにも無力でした。


 幸いなことにさっちゃんはあずさの動きをまだ知りません。不思議なことに予備校ではあずさの肉弾攻撃は若干トーンダウンしていましたが、さっちゃんと一緒にいる僕を見て意味ありげに手を振ってきたりします。


(いかん。いかんぞ。これはさっちゃんに直接被害が出る前になんとかしなければ……)


 僕は文化祭(うちの高校は六月に文化祭をやる少し珍しい学校でした)にさっちゃんを呼びました。そしてできるだけ目立つように寄り添って二人で校内を歩き、友人に会うたびにさっちゃんを「俺の彼女だ」と言って紹介して回りました。照れくさいし恥ずかしいけど、仕方ありません。さっちゃんも随分大胆にひっつく僕にドン引きしていました。でもこれぐらいしておかないと同級生たちの間違った認識は直せない、と思ったのです。


「さっちゃん、ごめん。ちょっと事情があって……」

「……うん、別に、いいよ。でも、……すごい恥ずかしい……」

「……俺も。死にそう」


 一応、これで噂はなんとかおさまりました。「ゆうすけが浮気してあずさを捨てた」という形で。極めて不本意ですが、これが精一杯でした。校内では僕は浮気野郎のレッテルを貼られ、あずさは「男癖悪い女」から「浮気されても想い続ける一途な女」に見事に立ち位置を変えることに成功していました。


 それから後も校内でのあずさのアタックは続きましたが、卒業するまで僕は断固シャットアウトしていました。

 ところがあずさはいつの間にか志望校を僕たちと同じ大学にして、合格していたのです。あずさがどういう話を吹いてまわったのか知りませんが、校内では、特に女子の中では「あずさがゆうすけの浮気を許してヨリを戻して同じ大学に進学した」という話になっていました。今でも僕とあずさが付き合っていると思っている同級生はかなりの数に上ると思います。


 幸い大学のというところは規模が高校とは段違いです。法学部の一年生だけで高校二学年分ぐらいの人数がいます。学部が違えばほとんど会う機会はありません。もうあずさの顔を見なくて済む、と僕は思っていたし、実際あずさの存在を僕は半分以上忘れていたのでした。



「……と、まあこんな感じです。片桐のせいで俺は浮気野郎にされちゃったし、紗月は僕の学校では、略奪女ってことになってたんですよ。それが許せない。俺はアイツ片桐が大嫌いなんです!」


 麻衣子先輩は黙って僕の話を聞いていました。僕が話を終えて憤慨しながらコーヒーカップに口を付けると、少しなだめる目で僕を見て先輩は言いました。


「なるほどね。で、その話聞いたタケシくんはどんな反応したの? そのまま納得したとは思えないけど」


 ……まったく、嫌なことを聞いてきます。麻衣子先輩のこういうところ、すごいキラいです。僕は。


「タケシは『なんだ、それ。ゆうすけのこと、好きだっただけじゃないのか』って」

「そりゃそうよね。私にだってそうとしか聞こえないもん」

「『校内でべたべたとか、それただのご褒美じゃねーかよ。ゆうすけ、お前が死ね』とか言われました」

「ふふふ、タケシくんらしいコメントだね」


 先輩はほとんど氷だけになったグラスをストローでつついてアイスティーの残りを飲みます。少し思案顔をしてからにっこり笑って僕にこう言いました。


「ねえ、ゆうすけクン」

「はい?」

「……この、女たらし!」


 なんという謂れのない面罵。先輩は爽やかな笑顔で僕を罵ったあと、含み笑いを残したままこう続けます。


「で、他にもまだあるんでしょ? ゆうすけクンが片桐さんを嫌いな、―――いや、違うわね、『無理に嫌いだと言っている』本当の理由が」


 ……まったく、麻衣子先輩のこういうところ、ホントにキラいです。


「それも話してくれるよね?」


 この人に隠し事するのはどうやら時間の無駄でしかないようです。


 僕は大きくため息をつきました。そしてわざと先輩にも分かるように仏頂面をして話を続けるしかありませんでした。


「文化祭の後のことなんですけどね……」




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