第9話 「17 星」のカードの話 (17星)
今日は「星」のカードの話をしようと思います。
天体系のカード(塔、星、月、太陽、世界の五枚)は他のカードに比べて意味が強く、これが出るとそこを重点的に読みます。カードの言いたいことがそこに集中しているという感じです。
ところが、一回の占いで天体系のカードがたくさん出てしまう時があります。そうなるとカードが一番言いたいのは何か、焦点が絞りにくくなってしまいます。
そういう時に、カードをそれぞれ一枚ずつ追加して二枚セットで読む、これが「コンフリクション」です。コンフリクションするかしないかは占い師次第。読み切れれば天体系カードが四枚出てもそのままですし、読み切れなかったら一枚でもコンフリクションすることもあります。もともとコンフリクション前提で二枚ずつカードを置いていくやり方もあるようです。天体系が一枚も出ない場合にもコンフリクションしてもいいのですが、あまりやりません。
タケシの引いたカードは星、月、塔と三枚天体系のカードが出ていました。
今回はそのタケシの引いた星のカードの話です。
◇
タケシの家で占いをした日の翌々日。麻衣子先輩は無事旅行から帰ってきました。
麻衣子先輩はその後三日ぐらい常にぼーっとしてました。
「時差ボケよ、時差ボケ。それと逆ホームシック。ああ、私の心のふるさと、はるかなるラインの流れー、ああー」
「私、きっと前世はあのあたりの生まれなのよ。血が呼んだの。これが私の原風景だって」
「私、前世でゲルトラウデって名前だったと思うの。ゆうすけクン、これから私のことゲルって呼んでくれる?」
こんなセリフをぶつぶつと始終つぶやいています。いつもとは一味違う先輩のヤバさに、僕は、ダメだこりゃ、使いもんになんねーわ、とできるだけ近寄らないようにしていました。
ようやく先輩の表情が現実に戻って来たある木曜日の夕方、僕と先輩は三週間ぶりにいつもの喫茶店の奥のテーブル席で向かいあっていました。
「先輩、やっと普通に戻りましたね」
「私がおかしかったみたいに聞こえるけど?」
「いや、相当おかしかったです。いつものオカルト的なおかしさじゃなくて、ジャンキー的なヤバさを感じましたよ」
「失礼しちゃうわね。はい、これお土産」
先輩は少しふくれっ面顔をした後、にっこり微笑んで茶色の包み紙を僕に渡してくれました。中を見ると濃緑のベロアっっぽいポーチです。ちゃんとヘキサグラムの紋章も入っています。
「うおー! これほしかったんです。ありがとうございます!」
「ストラスブールの町の占い用具店で買ったの。あのあたりの町には必ず占い用具店があるのね。日本の仏具屋さんみたいな感覚」
「マルセイユタロットは買ってこなかったんですか?」
「買ってきたけど、ゆうすけクンには合わないと思うの。すごいクセのある絵柄なのよ。慣れるのに時間かかりそう。しばらくは私の家に飾っておくわ」
僕はリュックからノートを出して先輩に見せました。先輩が帰ってきたら聞こうと思っていたことです。
「先輩、ちょっとこれ見てもらえます?」
ノートにはタケシが引いたカードの並びが記してあります。けどさすがに先輩にはタケシが引いたカードだ、とは言いません。個人情報の塊みたいなもんですから。
「これ引いたの男の人?」
「はい」
タロットは男が引いたか女が引いたかで占いの結果が変わりますので、この質問に答えるのはやむを得ないでしょう。
麻衣子先輩は僕の書いたノートを見て顔をしかめます。先輩はポーチから自分のカードを出して、しなやかにカードをめくってタケシの引いたスプレッドを再現しました。そして、しばらく目をとじて考えます。
僕はカードを前に一心に物思いにふける先輩の顔を見て、先輩にとっても、そして僕にとっても日常が戻ってきたんだな、と思いました。
「ゆうすけクン、これ、コンフリしなかったの?」
「……しませんでした。塔がポイントかなと思って」
「うーん。まあ、たしかにこれだと塔がポイントね。でも私ならコンフリするかなあ。月と星とどっちにウエイト置くか微妙だもんね」
タケシにした占いの内容には自信があったのですが、実は過去のところに出た「星」のカード。これが何を意味しているのか少しぴんと来ていなかったのです。
「美人局にひっかかっちゃった系かな。近いうちにこわーい男の人出てきてぼこぼこにされちゃうから、今のうちに逃げなよ、焦らなくても近くであなたを見てる子がいるよ、って感じね」
「裏で誰か男が糸引いてるってことですか?」
「ああ、そこまでは出てない。ただ暴力沙汰になりそうな感じよね。女の人に刺されちゃったりするイメージ」
先輩の見立ては、言葉が過激ですがだいたい僕の読みと同じでした。
「そうですよね。俺も修羅場っぽいのは連想しました。ところで先輩、この過去に出た星の意味がイマイチ分からなかったんですけど、先輩どう読みます?」
「そのまま読めばいいのよ。彼女ほしいなーと思ってたところに自分の好みにストライクな子が近付いて来てラッキー、これはチャンス! って感じ」
「ああ、なるほど。そのまま読めば良かったのか。よっぽど彼女ほしかったんですね」
星のカードの意味は「夢」「希望」「期待」「チャンス」。天体系ですので
一方、月のカードも天体系ですが、「不安」「心配事」「嘘がばれる」「一時の気の迷い」というネガティブな内容を正位置で表す凶札です。
「これ、星と月とどっちのウェイトが高いかで微妙に意味が変わるわね。星が強いと彼女自体に不満はない。心配なのは別のこと。月が強いと、できた彼女そのものが心配の種、ってことになるわね」
「ああ、そうなるのか。コンフリすればよかったのか。思いつきもしなかったです。直感的に月の方が強いもんだと思っちゃいました」
「これ引いた人、ゆうすけクン見ててうらやましくなったんじゃない?」
「……先輩、あの……紗月とは……別れました」
「……そう。……そうだったのね」
先輩は僕の言葉を聞いてはっとした後、はっきりと悲しげな顔をしました。麻衣子先輩とさっちゃんは今でも連絡を取り合っているはずですが、帰国してからまだ話をしていないようです。
「ゆうすけクン、恋愛はね。組み合わせとタイミングなのよ。あなたたちは組み合わせは悪くなかったけど、タイミングが悪かった……」
「……はい。でも、……それでも、紗月には悪いことをしたと思っています」
「……そう」
先輩はしばらく物思いにふけるかのように、手元に広げたカードの並びを見つめています。そしてしばらくしてからやけに断定調でいいました。
「これ引いたの、タケシくんなのね」
「……ご想像にお任せします」
僕はなぜか先輩には当てられてしまいそうな予感がしていました。なのであらかじめ用意しておいた答えをつぶやきます。
「ということは、この女帝のカードは片桐あずささんね」
しかし、さすがに麻衣子先輩のこのセリフに、僕はのけぞらざるを得ませんでした。冗談抜きで心臓が止まるかと思いました。飲み物を飲んでるところじゃなくて良かったと心から思います。
「なんで先輩が片桐を知ってるんですか!」
「だってタケシくんに片桐さんを引き合わせたの私だもん。弦研とのコンパの時に弦研の一年生の子が片桐さんを連れて来てたのよ。ゆうすけクンがさっちゃんとこ行ってて来なかったやつ」
弦研というのは弦楽器研究会。うちのサークルが旅と音楽のサークルなら、弦研は音楽と旅のサークルです。活動内容はほぼ同じですが、音楽の方がメインなのが弦研です。兄弟サークルみたいなものなのでよく合コンしていました。前回僕は行かなかったのですが、その時は麻衣子先輩が幹事をやっていたのでした。
「まじですか! 行かなくてよかった! いや、まじで。あいつにだけは会いたくないんです」
心の底から安堵する僕に向かって、月に一回見れるか見れないかの真剣な顔で麻衣子先輩は僕にいいました。
「ゆうすけクン、聞かせてくれる? 片桐あずささんとあなたのこと」
……ここまで言われては仕方がありません。僕は仕方なく口を開きました。
「分かりました。話します」
先輩は綺麗な瞳で僕を見つめています。この人に隠し事はできないな、と思いました。
「……先週の夜タケシの家で占ってやった後なんですけどね、同じように聞かれたんですよ、タケシに。俺と片桐のこと……」
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