あずさ編
第7話 「16 塔」のカードの話 (16塔)
今日はタロットカード一番の凶札「塔」のカードの話をしようと思います。
タロットカードはだいたい正位置と
ところが一部の意味の強いカードは
そして今回お話しする「塔」のカードは、二十二枚の大アルカナ・タロットの中で一番意味の強いカードです。ストレートに「悪いこと」、特に悪いことの中でも「突然起こる悪いこと」を表しています。意味的にはアポカリプス的終末感の含みを持ち、キリスト教の
とにかくこの「塔」のカードはどこにどう出ても悪いので、占い的にはある意味読みやすくもありました。
そしてこの「塔」のカードは
さらにこの「塔」カードのすごいところは、そのケタ外れの意味の強さで、他のカードの読みにまで影響を与えてしまい、カードの組み合わせによって、ある決まった読み方を強制してきます。例えば、乗り物を表す「戦車」のカードと「塔」で「交通事故」、健康を表す「節制」のカードと「塔」で「怪我・急病」のような感じです。
今回はそんな凶札をがっつり引いた僕の友人の話です。
◇
「ゆうすけ、なんかここんとこ付き合い悪いじゃん」
「んー、まあな」
「なんだよ、彼女にフラれたのか? あの大人しいかわいい子」
「おい、タケシ。それ以上言うと……ぶっ殺すぞ」
「あらあ。本当にフラれちゃったのかよ。まあ元気出せよ。遊びに行ってやろうか?」
「いい。タケシが来ると余計気分落ち込む」
「まあ、くよくよしてないで次の恋、だよ。あんま落ち込むなよ?」
「分かった分かった。じゃあな」
僕はタケシからの電話を乱暴に切って携帯を投げ捨てました。当時はまだスマホの時代ではありません。
タケシは同じサークルで意気投合したイケメンの、しかし普段はだらけた男でした。彼は理学部で数学を専攻していてオカルトとは対極の世界の人間のはずでしたが、珍しく僕のタロット趣味によく付き合ってくれていました。僕とは非常にウマが合い、一年生の秋にはお互いのアパートを頻繁に行き来する仲になっていました。
普段はだらけた残念イケメンの見本のような彼でしたが、彼は僕が初めて知り合った本物の天才でもありました。彼の恐ろしくシャープな頭脳はまさに衝撃。「世の中には逆立ちしても敵わない天才がいるんだ」と思ったものです。勉強の嫌いな天才、とはまさに彼のことだと僕は思っていました。彼の天才性を表すエピソードはたくさんありますが、直接関係ないのでちょっと省略します。
僕は部屋のベッドにねころんで天井をぼおっと見つめます。まだ寝るには早い夜の九時すぎ、お気楽一人暮らしの大学生にとっては宵の口です。
僕は「さっちゃんと一緒にいない方が楽しい」から別れたはずのに、あれ以来何をしても楽しくありません。はっきり言って生きてて楽しくありませんでした。そしてそんな風に感じる自分が嫌でたまりません。ただ機械的に大学とアパートを往復するだけの日々を続けていました。
全面的に悪いのは僕、それは痛いほど分かっていました。ともすればさっちゃんのところに謝りに行って、ヨリを戻してもらおうかとも一瞬思いましたが、そんな勝手なこと許されるはずありません。僕は完全に袋小路に陥っていました。
しばらくそうしていると床の上で振動音がしました。見ると、さっき投げ捨てた携帯電話が光ながら鳴っています。僕はベッドから半身だけ動かして携帯を拾い上げ、ディスプレイを見ました。またタケシです。
「あ、ゆうすけ?悪い。さっき言うの忘れてたんだけど」
「なんだよ」
僕は乱暴に答えます。が、彼が電話してくれるのが少し嬉しくもありました。タケシのおかげでぎりぎり世の中からスピンアウトしていない、そんな気分でした。
「俺さあ」
「ん?」
「実はさあ」
「なんだよ、はっきり言わないと切るぞ?」
「いやあ、あー」
いつもは明朗快活なタケシが口ごもります。なんだコイツにしては珍しいな、と思いました。
「俺、……好きな子できちゃってさ。占ってほしいんだよね」
「ま、まじで!?」
何を言い出すかと思ったら突然の恋バナ。お前高校生かよ、と僕はどんビキです。彼は大学のある地方で三本指に入る難関男子校の出身です。「半径二メートル以内に女の子が座ったことなんて小学校以来」と言って講義中意味もなく近く(隣ではない)の女子学生に対してガチガチに緊張している姿は、とても天才のそれには見えませんでした。そういうところも彼と仲良くなったきっかけの一つではあります。
「分かった。今から二十分で行くから」
「え? 俺がゆうすけのとこ行こうと思ってたんだけど」
「いや、いい。とにかく行くから待ってろよ」
僕はいきなりやる気が出ました。とにかく家で考え事していると気が滅入るばかりです。手早く出かける準備を整えて、彼のアパートに向けて出発しました。
彼のアパートに付いた僕はさっそく占いの準備に取り掛かります。
「なあ、ゆうすけさ、相手誰とか、どういう出会いだったとか、そのへんのこと聞かねーの?」
「必要だったら聞くけど、とりあえずいらない。余計な情報聞いたらカード読み損なうから。要するに恋愛占いでいいんだろ?」
「そりゃそうなんだけど……」
まったく、こいつイケメン天才の癖にどんだけ純情なんだ、と思いました。
テーブルに向かいあって座った僕は、カードをシャッフルして扇形に広げます。麻衣子先輩のようにまではいきませんがだいぶサマになってきました。
「麻雀牌みたいにまぜな。全部のカードに触れる感じで」
タケシは言われたとおり神妙な顔でカードをまぜます。
「まぜ終わったら横向きに山を三つ作って。横向きだからな」
彼はここでも言われたとおり横向きに山を三つ作ります。基本的に素直な奴です。
「できたら三つの山を思いついた順に重ねて一つにして。軽く目をつむって相手のことを思い浮かべながら」
このスプレッドを作る手順は本によってマチマチです。僕は麻衣子先輩のやってるのをそのまままねしていました。
「だいたい目をつむって相手のことを思い浮かべた時の表情で、半分ぐらい占いの結果分かっちゃうわよ。意外とカードを前にするとみんな素直になるもんなのよ」 と麻衣子先輩は言っていました。
確かに注意して見ていると、片想いの相手を占う人はせつない顔や必死な顔になります。恋人との仲を占う人は人によって嫌悪感が出たり、心配顔になったり、にやけ顔になったり。割と占い師はそういうところ見てたりするもんです。タケシはどんな顔するかな、とその表情を窺ってると……、何とも言えない戸惑った表情をしていました。
(……これは単なる片想いってわけじゃなさそうだなあ)
僕はそんなことを思いながら、タケシが右中左の順に山を一つにするのを眺めていました。
「最後に正位置と
タケシは少し考えて反時計回りにカードをひねって縦にしました。
「OK。じゃあ行くぜ」
僕はカードの山からスプレッドにカードを開いて行きます。この山からスプレッドへの開き方もいろいろあるようですが、僕たちは一番上のカードを一番下に入れ替えて、二番目のカードから順に開いていくやり方をしていました。麻衣子先輩曰く、一番上のカードは占いでは参照しない「遠い過去」を表すもの、だそうです。
一枚目過去「星」、二枚目現在「恋人」、三枚目現在の
「……なんだこれ」
僕は出てきたカードを前に考え込みます。なんだか変な出方です。一言でいうと支離滅裂。右半分(現在から未来にむけて)は悪札ばかりです。
「なんか、まずいのか?」
タケシが心配顔で僕の表情を眺めました。僕はカードを前に腕組みして一生懸命考えます。ポイントは女帝の
「まずくはないけどなあ。あのな、タケシ」
「うん」
「カードに隠し事してもダメだぜ?」
タケシはなに言ってんだおまえ、的な顔を僕に向けます。でも、このカードの出方を合理的に繋げるにはこう読むしかないんです。
「おまえさ、好きな子ができた、って言ったの、あれ嘘だろ?」
タケシの表情に狼狽が走ります。その表情を見て僕は確信しました。僕の占いは間違っていない。相手はタケシですので遠慮は要りません。そのまま踏み込みました。
「誘惑されて勢いで仲良くなった子を好きにならなきゃならんのかどうか。それが聞きたいことなんだろ?」
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