さっちゃん編
第4話 「20 審判」のカードの話 (20審判)(00愚者)
今回は僕の使っていたカードで良く出ていた「審判」のカードの話をしようと思います。
実はタロットカードはカードごとに厳然とした個性があります。
本屋さんに行くといろんなカードが売っていますが、どんな絵柄のカードを選ぶかで、占いの方向性まで決まってしまうと言っても過言ではありません。びっくりするほど高いカードもありますが、基本的に値段は関係ありません。これからカードを買ってみようという人はカードの絵柄が気に入るかどうかで判断してください。占い師と相性のいい絵柄のカードが必ずあるものです。
麻衣子先輩はパステル調の色が多く使われた、明るいファンシーなタッチの絵柄のカードを使っていました。いつもそれをヘキサグラムのマークの付いたベロアっぽい紫色のポーチに入れて持ち歩いています。なんか占い師っぽくてカッコいいなあ、と僕はそのポーチにひそかに憧れていました。
今日は、麻衣子先輩の占いで「審判」のカードを引いた僕の話です。
◇
日没がだんだん早くなってきたある日の夕方、サークルの控室のテーブルで僕と先輩はテーブルを囲んで何を待つでもなく時間をつぶしていました。先輩はポーチからカードを出して何気なしに一枚一枚めくっています。
「このカードはね、高校生の時に絵柄のかわいさで選んだんだ。長い間使ってると絵のイメージが焼付いちゃって、他のカードでは占えなくなっちゃうのよね。ただね、このカードはね……」
先輩のカードは、先輩曰く「少し臆病なのよね」とのことでした。いつも一段階意味の弱いカードをおそるおそる出してくるので、占うとき注意していないと見逃してしまうことがあるそうです。
「へー、そういうもんなんですか」
「うん。カードにはそれぞれ個性と性格があるのよ。私のカードはちょっと臆病で気の弱い中学生ぐらいの女の子なんじゃないかな」
僕は「ヤバいよ、この人。カードを擬人化しちゃってるよ。カードがおそるおそるとか不思議の国のアリスかよ」と思いました。まあ、麻衣子先輩のそのあたりのヤバさはもう十分承知の上だったので、華麗にスルーするつもりでいました。すると、先輩から意表をついた追撃が来ます。
「ゆうすけクンのカードは結構白黒はっきり出してくるよね。多分正義感あふれる青年なんだと思うよ。曲がったことが大嫌いなんだと思う。見てるとそういう出方してるじゃない。私、結構そのカード、好きよ。ラブレター書いちゃおうかな」
ここまで来ると、さすがについていけません。
まあ、でも確かに僕の使っているカードの絵柄は、変な表現ですが劇画調でしたし、色使いも原色をガツガツ使っています。さっちゃんが何を考えてこのカードを買ったのか不思議ではありました。
「でもゆうすけクン、そのカードさっちゃんのなんでしょ? そろそろ自分の買わないといけないよ? カードの癖がゆうすけクンに付いちゃうし、ゆうすけクンの癖がカードに付いちゃうよ」
「先輩、なんかその言い方……、エロくありません?」
「ふふふ」
なんなんですか、この人は。僕を動揺させて何か楽しいんですか。
僕は抗議の意思を込めて先輩をにらみましたが、先輩はまったく柳に風。楽しそうに笑っているだけでした。
先輩とつるむようになって一か月半。なんか気が付けば大学の中でも先輩といる時間が増えています。というよりもさっちゃんといる時間が減っています。今のこの時間も、僕がここで先輩と時間をつぶさなければいけない必然性はどこにもありません。自分のアパートに帰ってもいいですし、さっちゃんのマンションに遊びに行ってもいいはずです。むしろそうするのが自然でしょう。しかしなぜか、僕の腰は椅子に貼りついたままでした。
「ゆうすけクン、私、来週からヨーロッパ行ってくるから。十八日間。あゆみと文学部の子と三人で。その間、常連さんには『占ってほしかったらゆうすけクンに電話して』って言ってあるから。電話かかってきたら占ってあげてね」
また随分唐突な話です。先輩は前回の由香さんの他にも、定期的に占ってあげている常連さんがいるのは僕も知っています。そのうち何人かは実際に占う場面を見学させてもらったこともあります。まあ、不在時のピンチヒッターみたいなものか。でも常識的に考えて、いきなり占ってくれと僕に電話がかかってくることなんてないよな。そう考えて、僕は軽い気持ちで了承します。
「分かりました。もし電話がかかってきたら占います。ところで先輩、授業はどうするんですか?」
「そんなのサボりに決まってるじゃない。大学生の間にまとめて海外行くなら二年生の秋。これは基本よ?」
ホントかよ、とは思いましたが、確かに三年生になると就活の準備とかありますし、四年生になると、僕の属する法学部にはありませんでしたが、麻衣子先輩の文学部は卒論を書かなければいけません。シーズン的にも夏のハイシーズンが終わった秋口は安くなっていて狙い目と言えば狙い目です。それに僕たちの属する旅と音楽のサークルでは、授業そっちのけで旅行に行くことが割と普通にありました。
先輩はカジノのディーラー顔負けの手さばきでカードをひとなですると、カードはきれいな扇形になってテーブルの上に広がりました。それを両手で散らしてしばらく麻雀牌をまぜる要領でかき混ぜ、優美な手つきで3つの山にまとめます。最後にカードに手をかざして目を閉じて瞑想したあと左、右、真ん中の順に重ねました。
「ゆうすけクン、一枚引いて」
麻衣子先輩は僕に静かな声でそう要求します。僕は横向けに置かれたカードを反時計回りに縦にして、カードを見つめました。そして真ん中ぐらいからゆっくり一枚抜いて表返します。
「先輩、これどっちが正位置ですか?」
「ゆうすけクンが引いたんだから、そっちから見るのが正位置よ」
「そうですか。……とてもいい旅になりそうですね」
僕が引いたのは
先輩相手にカードの意味の説明は当然不要です。先輩はカードを一目見て、珍しく素直にうれしそうな表情で、にっこりと笑いました。
「ふふふ、がぜん楽しみになってきた」
「自分を占っちゃいけないんじゃないんですか?」
「なに言ってるの。カードを引いたのも占ったのもゆうすけクンじゃない」
「……確かに。じゃあ僕にもやってもらえます?」
先輩は少し意味ありげに微笑んで「いいわよ、ゆうすけクンのカード出して」と言いました。僕はリュックから自分のカードを出して先輩に渡します。先輩はさっきと同じようにカードを扇形に広げて僕にめくばせします。僕は黙ってカードをまぜて山を三つ作り、目を閉じます。ここで思いついた順番に真ん中、左、右の順に重ねて先輩の前にカードを置きました。
先輩は両手をカードを包むようにかざしてしばらく止まります。たき火で手のひらを暖めてるみたいだな、と僕は思いました。先輩が山の中から一枚カードを抜いて表に返すと、……出てきたのは審判の
やっぱり、これか……。
「解説いる?」
「いえ、いりません」
「……意味、分かってるんでしょ?」
「ええ、まあ、ここまで露骨に出てればさすがに。……良く出るんです、最近」
審判のカードの意味は決断、やり直し、再開、そしてそれがもたらす幸運。
カードは明らかに僕になにかの決断を迫っていました。
いや、正確に言うと、決断しないことを非難していました。
ここ数週間、人を占う中で、あるいは先輩とロールプレイングをしている中で、何度も繰り返し出てきていたカードでした。カードには魂が宿る、と先輩は言います。魂の宿ったこのカードは、僕に「審判の
カードが僕に迫った決断。それがなんなのかはとっくに分かっていました。僕はうめくように声を出します。
「言われなくても、……分かってます。このままじゃ……ダメなんですね」
先輩はじっと僕をみつめて、憂いを含んだ目で僕に言いました。
「このカードは白黒つけたがる性質があるから。それも含めて、自分でよく考えるのよ。分かる?」
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