第3話 「6 恋人」のカードの話 (6恋人)(19太陽)

 第1話で「死神」のカードに関する誤解の話をしました。


 その死神のカード以上に誤解されているのが「恋人」のカードだと、僕は思っています。今日はその「恋人」のカードにまつわる話をしようと思います。




 一か月ほど麻衣子先輩は、ランダムに抜いた三枚のカードを並べて、もし占いの本番で出たらそれをどう読むか、そういうロールプレイイングのような練習を僕に課していました。


 先輩は、占ってもらう人物の役になって細かい設定を僕に告げます。例えば「十六才、高校一年生女子、隣の席の男の子が好き、家庭が厳格で夜は電話できないし外出などもってのほか、男の子は元気で快活だけど鈍感……」みたいなことをだーっと早口でまくしたてます。「え?」とか聞き返すことは許されません。一回聞くだけでその人物の大筋をつかむように、とびしっと怒られてしまいます。

「その子がこのカードを引いたとして、ゆうすけクン、どう読む?」みたいな感じです。なかなかハードな訓練でした。この特訓を受けて、僕はかなり占いができるようになっていました。

 

 しかし、この「占ってもらいに来る人」の設定は、今から考えるとラノベの登場人物を考えるのとよく似てますね。よくまあいろんな設定が考えられるもんだ、と先輩の無意味な才能に僕は驚くことしきりでした。とにかく先輩の考える「占ってもらいに来る人」の設定は本当に多種多様で、現実離れしているけど妙にリアルなものばかりです。今から思うと麻衣子先輩はラノベ作家に余裕でなれそうです。

 そんな訓練をしばらく続けたある日、麻衣子先輩はいつもの喫茶店の奥のテーブル席で僕に話しかけてきました。


「そろそろゆうすけクン、実際の人間相手に占ってみようか?」


 僕は「やります! よろしくお願いします!」と即答しました。師匠に認められた弟子の気分でした。


 翌日、例の喫茶店に行くと麻衣子先輩と少し幼い感じの女の人が座っていました。よく言えば純朴な、正直に言うと少し野暮ったい雰囲気の女の人です。

「これ、ゆうすけクン。私の弟子」

 先輩は僕のことをそう女の人に紹介しました。


「この子、私と同じクラスの由香ちゃん。定期的に私が占ってあげてるんだけど、今回はゆうすけクンに任せていいかって聞いたらいいよ、って言ってくれたから」

「ゆうすけさん、よろしくお願いします。麻衣子の弟子ならそんなに変な占いしないと思ったから」


 なんと由香さんは二年生で僕より年上でした。田舎の女子高生っぽいとか思った僕は女の人を見る目が壊滅的にないようです。

 由香さんは、今年の春から付き合いだした一つ年上の彼氏のことを麻衣子先輩にちょくちょく相談がてら占ってもらっている、とのことでした。ちなみに麻衣子先輩は文学部、僕は法学部でした。


「あ、こちらこそよろしくお願いします。麻衣子先輩、俺が間違ったこと言ったら言ってくださいね」


 僕は、始めて占い師としてカードを切り、手つきも重々しく由香さんの前に広げていきました。あらかじめ麻衣子先輩に「占ってもらう人に不安感を抱かせたらダメ。はったりでもなんでもいいからカードは堂々と捌くこと」とレクチャーされていたので、できるだけ緊張が表に出ないようにカードを扱います。


 僕たちはカード六枚を十字に置く「簡易ケルティッククロス」というカードの置き方(スプレッド)を使っていました。一枚目から順に過去、現在、現在の外部状況エクスターナル、現在の内面インターナル、近い未来、カードからのアドバイス(キーカード)、を表します。


 本当はこの後にさらに四枚置いて計十枚で遠い未来まで占うのですが、先輩は「たくさん置いても読み切れないから」と最後の四枚は省略していました。


 この時、由香さんに出たカードはあまり覚えていませんが、二枚目(現状)が太陽の逆位置リバース、五枚目(近い未来)が恋人の正位置、キーカードは正義の逆位置リバースだったのは覚えています。


 由香さんは恋人の正位置のカードを見て、単純に「わあ」と喜色満面です。先輩にたびたび占ってもらっているので、だいたいのカードの意味が分かっているのでしょう。ただ、僕は恋人以外のカードが良くないことを暗示するものばかりだったのが、どうしても気になりました。


 僕はしばらく考えて由香さんに占いの結果を告げました。


「由香さんの今の彼氏とは、とても上手くいくという将来が出ています。ただ、カードはそれが由香さんに取って最終的に幸せだとは思えない、と忠告しています」


 このお話しを読んでくださっている読者の方はお気づきでしょうか。

――――そうなんです。


 「恋人」のカードは愛の成就を表すいいカード、つまり吉札なのですが、あくまで「肉体的な愛の成就」の方がメインなんです。だから恋愛を占っていてこのカードが正位置で出ると非常に対処に困ります。


 肉体的には結ばれるけど、その先精神面が満たされるかどうか、満たされたとしてもそれが永続するかどうかまでは保証しない。そういう非常に意地悪な含みがあるカードなんです。一般的には「幸福」「恋の成就」を表す吉札と思われていて、実際その通りなのですが、基本的にこのカードは「セクシャルな幸福」「セクシャルな意味での恋の成就」を表すのです。僕はこのカードを無条件に吉札とは思えません。


 特にさっちゃんに借りた僕のカードはこういう恋人同士の恋愛関係にものすごくシニカルで「肉体的には結ばれるけど、それでいいんならいいんじゃないの?」的な出方をして僕をしばしば困らせました。


 由香さんは細かいことは気にせず、上手くいくという部分だけでにこにこと喜んで帰って行きました。


 僕は由香さんが帰った後、先輩に気になっていたことを聞かずにはいられません。


「先輩、あの太陽の逆位置リバースですけど……」


 先輩は少し息をのんで、そしてテーブルの上に広げたままのカードに視線を向けて僕に言いました。


「気が付いた? ……それなら、合格ね」


 先輩は諦めにも似たせつない表情で言葉を続けます。


「私が占ったときにも出ていたのよ。私のカードでは、女帝の逆位置リバースと恋人の逆位置リバースだったんだけど、ゆうすけクンのカードは出方がめちゃくちゃストレートなんだね」


 太陽のカードの意味は成功、成長。そしてカード自体が「子供」を暗示しています。それが逆位置リバースで出ると、成功しない、成長しない。

 太陽の逆位置リバースが「肉体的な愛」を強く示唆する恋人のカードと一緒に出ると、それが連想させるものは……、


「先輩、俺、『中絶』しか思い浮かばなかったんです……。その読みで正しいはずなんです……、読みには自信があったのに……、由香さんに言ってあげるべきだったのに……、由香さんに伝えることができませんでした……」

 

 僕は半泣きになっていました。


 占い師としてこれを由香さんに告げるべきなのかどうか。カードの読みとしては間違っていないはずでした。それでも、それを由香さんに告げることができませんでした。カードの意思を伝えるのが占い師の役割であるなら、僕は間違いなく失格です。多分、僕は自分の不甲斐なさが悔しかったんだと思います。


「ゆうすけクン、それはしょうがないよ。私も由香に言えなかった。正直に言うと、間違いかもしれない、間違いであってほしい、と思って、今日ゆうすけクンに占ってもらったんだ。……だけど、やっぱり出ちゃったんだね」



 その後、由香さんは大学を出て数年後にその彼氏と結婚したと聞きました。


 当時の僕たちの占いが当たっていたのかどうか。

 それを知るすべを、僕たちは今も持ち合わせていません。


 

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