第2話 占い師入門の話
今日は、僕がタロットカードで占いができるようになった経緯の話をしようと思います。
それは、今から思い返して考えると、まだ若かった僕の驚きの行動力と、たまたま身近に本格的に占いの先生になれる人がいた、という偶然のたまものでした。
◇
大学一年の夏の終わりのある夕方、僕は彼女の部屋で過ごしていました。その夏はずっと暑い日が続き、もうすぐ九月だというのにまだまだ気温が下がる気配もありません。
彼女は部屋のソファに腰かけて分厚い本、多分古典文学の何かだと思いますが、僕には分からない本を読んでいました。読書モードに入った彼女に話しかけるのは禁じ手です。邪魔をしないようにするには同じように本を読むのが一番だと、僕はこのころになると理解するようになっていました。
僕はフローリングに座布団を敷いて座り、彼女の本棚にあったタロットカードの本の解説どおりにカードを一枚一枚広げて、意味や並べ方を見ていました。
「あれ? もう五時だよ。ゆう君、今日バイトだよね? 行かなくていいの?」
彼女が本から顔をあげて時計を見て言いました。彼女は文学好きで、本を読み始めると周りの物音が聞こえなくなるタイプです。そんな彼女以上に集中してタロットに熱中していた自分に少し驚きました。
「え? まじ? ヤバい。紗月、これ借りて行っていい?」
僕は彼女、―――さっちゃんの声に我に返り、あわてて言いました。
「いいけど、ゆう君がそんな本に興味を示すなんて意外」
「俺の乙女心をなめてもらったら困るなあ。昔からいっぺんやってみたかったんだよね、タロット占い」
「そう。持って帰っていいよ。それより早く行かないと遅れるよ」
さっちゃんは、解説本とカードがセットになった一冊の本をこころよく貸してくれました。それをリュックに詰め込み、僕はあわててさっちゃんの部屋を飛び出していったのでした。
「じゃあ、俺、バイト行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
玄関で笑顔で手を振るさっちゃんに僕は手を上げて、バイト先に向けて走り出しました。エアコンの効いたさっちゃんの部屋と違い、外は夕方とは思えない溶けるような暑さでした。
◇
その日、バイトから自分のアパートに帰ってきた僕は徹夜する勢いでそれを読んで、実際にカードを並べてみたりしました。
一週間もそれを続けているとだいたいカードの意味は分かってきます。
すると次は占いを実際にやってみたくなるもんなんです。さっちゃんは本を持っていただけで自分で占いをやってみたことはない、と言ってました。意外にこういう人多いそうですね。
僕はサークル(旅と音楽のサークルでした)の一つ上の麻衣子先輩に連絡を取りました。まだ当時スマホでメッセージなんていう便利なもんはありません。普通に直電です。まあ、緊張しますよね。今の学生さん、そのへんはお気軽手軽でうらやましいなとは思います。
麻衣子先輩は高校時代に占いを極めたと豪語するオカルトマニアなので、タロット占いのことも知ってるだろう、というあてずっぽだったのですが……、先輩は予想以上に本格派でした。サークルの控室で、タロット占いを教えてほしいんですと言った僕に、麻衣子先輩はしばらくなんとも言えない表情で僕を見つめて、そしてぽつりと言いました。
「教えてあげるけど、これから私の言うこと守れる?」
麻衣子先輩が僕に言ったことは3つでした。
1.自分のことは占わない
2.一度占った人に対して同じ日にもう一回占わない
3.読み切れないカードが出たら、その日はそれ以上占わない
1と2は説明不要だと思います。僕も聞いていて素直に頷いたのを覚えています。3はよく分からないので僕は聞き返しました。
「読み切れないカードってなんですか?」
麻衣子先輩は割と真剣に僕に言いました。
「タロットカードはね、出てくるカードすべてに意味があるの。1枚たりとも無意味なカードはない。タロット占い師は出たカードの意味をつなげて、占われている人に対して『カードの意思』を伝えてあげる翻訳家であり、ストーリーテラーでないといけないの。ゆうすけクン、分かる? その翻訳家であるべき占い師が、『カードの意思』を読み取れなくなったら、もうそれ以上他人を占う資格はないのよ」
「……ヤバい。この人、ガチだ」
内心僕は若干、いやかなり引きましたが、それよりもタロット占いをやってみたい衝動の方が上回り、麻衣子先輩の師事を仰ぐこととしました。
こうして僕は一ヶ月ほど、ほぼ毎日のように大学のそばにあった古い喫茶店の奥のテーブルで顔を付きあわせて占いのやり方を先輩から習い、占い師としての基本事項を仕込まれました。
今から思い返してみると、具体的なカードの読み方よりも姿勢論の方ばかり習ったような気がします。先輩は「いい占い師とは出た『カードの意思』を分かりやすく正確に翻訳できる人のことなのよ。個々のカードが何を言いたいかは、ゆうすけクンが自分で感じ取れないとダメ。私が教えたら意味がない」と難しいことを言って細かいカードの並びの読み方なんかはあまり教えてくれませんでした。
そういう技術的なことよりも、占いに使ったカードは捨てたらダメとか、タロットはイメージが大切だからカードを選ぶ時は絵をよく見て決めろとか、占ってほしい人以外には占ってはいけないとか、そういう姿勢論的なものをたっぷりと叩き込まれました。
「ある程度占いができるようになると、誰かを占ってあげたくなるもんなのよ。でもゆうすけクン、さっちゃんがいいって言ってるのに強引に占ったりしたら絶対ダメだからね」
「なんでですか?」
結構、さっちゃん相手に占いの練習をしていた僕はギクりとしましたが、すっとぼけて聞き返しました。
この時先輩がかなり怖い顔で僕を睨んで言ったことは未だに忘れられません。
「いい? ゆうすけクン。タロットは占い師の力量に関係なく未来を見せてくれちゃうものなの。ゆうすけクンは知りたくもない未来を他人から教わりたいと思う? 例えば『おまえ、明日死ぬぜ』とか言われて嬉しい? 思ってる以上にタロットに出た未来は当たっちゃうから。絶対甘くみたらダメ」
その日から僕はさっちゃんに相手してもらってタロットの練習をするのをやめたのでした。
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