あのころ僕は占い師だった ―― 僕とあの人と22枚のカード
ゆうすけ
あのころ僕は占い師だった
プロローグ占い師入門編
第1話 「13 死神」のカードの話
みなさんはタロット占いをご存知でしょうか?
トランプみたいなカードをテーブルの上に広げて、出てきた絵柄を見て占うあれです。ドラマなんかで目にされたことがある方も多いでしょう。
タロットカードには二十二枚の絵札(大アルカナ)と五十六枚の数札(小アルカナ)とがあります。日本では絵札(大アルカナ)だけを使う占いが主流です。実は数札にもそれぞれ全部意味があるらしいのですが、さすがにそんなの覚えきれません。アマチュアが趣味でやる分には大アルカナの占いで十分だと思います。
タロット占いはビジュアルのミステリアスさも一つのウリですが、実はこの二十二枚のカードの組み合わせで世の中のほとんどの出来事を示すことができる、という柔軟さがとても神秘的で魅力的です。
真剣に占えば占うほど正解を出してくれる。いや、むしろ常にカードは正解を示していて、占い師がそれを日本語に置き換えていく。それがタロット占いなのです。
僕が長らく忘れていたタロットカードとタロット占い。
それを思い出すきっかけになった「死神」のカードのお話しを今日はしたいと思います。
◇
「お、タロット占いの話か」
ある休日の夜、妻と二人で夕食を食べ終えた後、僕はダイニングテーブルの上にノートパソコンを置いて、カクヨムのトップページを開いていました。妻はリビングのソファでテレビのドラマを割と真剣に見ています。僕はそんな妻を横目に、見るともなしにおすすめ欄の小説のタイトルを流し見していました。その時、あるタロット占いを題材にした小説が目に留まって、僕は思わず声に出してつぶやいてしまいました。
「……これは、懐かしいな」
僕はアラフォーのサラリーマン。大学を卒業してから、気が付けばもう幼稚園児だった子供が成人するぐらいの時間が過ぎ去っています。
僕は昔から文章を書くことが嫌いではありませんでした。高校生のころは「新聞記者になりたい」と言っていたこともあります。しかし、百八十度違う分野の会社に就職し、物語文的な文章とはまったく縁遠い仕事をしている中で、物語を書くこと自体をすっかり忘れてしまっていました。
しかし、昨年ふと目にしたカクヨムに惹かれ、おそるおそる登録し、半年ほど読み専をしたあと、ついにぽつぽつ物語を書いて投稿するようになっていました。自分でもこの時なぜ物語を書いて物語を読むこのカクヨムに惹かれたのか、はっきりとした理由は分かっていませんでした。ひょっとすると、僕はまだ彼女の影を追っているのかもしれない、漠然とそんな風に思っていました。
女性作者によるその短編小説は、軽快な読み口ですぐ読み終わることができました。ある女がタロット占い師を訪れて占いをしてもらうが、女はある思惑を隠していた。占い師は占いの結果を女に告げるが、占い師の方にも隠していた思惑があった……、というお話しです。とてもよくできた短編だと思いました。
しかし。
「これは死神のカードの解釈を完全に間違えているなあ」
最後まで読んだ僕は、思わずそうつぶやかずにはいられません。
僕が読んだそのお話は「死神」イコール「一番悪いカード」ということが前提になっていました。そこを正してしまうと、そのお話自体が成り立たなくなる構成です。それが世間一般の認識なので、しょうがないと言えばしょうがないところです。その小説の作者さんもタロット占い自体には素人とのことでした。
タロットカードにある「死神」のカード。おどろおどろしく骸骨の死神が書かれていることが多くて、ドラマなんかで死神のカードが出て「何かあの子に良くないことが……」みたいなことを言うシーンを目にしたりします。
実はそれは間違いもいいところ。「死神」のカードにはネガティブな意味は少なく、本質的には「ゼロからやり直す」という意味の吉札です。これはタロット占いの基礎知識の一つでもありました。そもそも「死神」自体が誤訳で、あのカードは本来「Death」つまり「死」という名称です。
死神のカードは、正位置では白紙に戻す、心機一転、一から出直し、
もっとも「痛みを伴うやり直し」「今やってることを一旦ゼロクリア」という含みがあるので、短期的には良くないことが起こってそれをきっかけにする、ということですし、今やってることは全否定されてしまいます。いずれにせよ悪いことが起こるのは間違いありませんし避けられません。
恋愛占いの場合は「次の恋のために今の恋に破れるべし」という意味なので、残念ながら現在の意中の人と上手くいくことはないと言わざるを得ません。ただこのカードが出る場合は、どんなに悪いことが起こっても、必ず次に繋がるものがあるという前向きな含みがあり、そちらの方が意味合い的には大きいのです。それを見逃してはいけません。
「世間の死神のカードの誤解はひどいもんだな、あいかわらず」
僕はダイニングテーブルの上に開いたノートパソコンの画面に向かって、さらに独り言を続けます。
「ん? あなた、何か言った?」
リビングのソファでテレビを見ていた妻が訝し気に聞いてきます。
「あ、ごめん。なんでもない」
妻には軽く謝った後、僕はノートパソコンをかかえて書斎に移動することにしました。妻のテレビ鑑賞を妨げるのは本意ではありません。僕は書斎のデスクにパソコンを置いて、確かめるようにさっき言いそこなったセリフの続きをあらためて呟きました。
「それに、……これは、……さっちゃんの文章じゃないな……」
僕は思い立って押し入れの奥にしまってあった段ボールをいくつか覗きました。あまり物音を立てるとリビングにいる妻に感づかれてしまいます。できるだけそーっと探った2つ目の段ボールの奥にそれはありました。
古くなった緑のポーチ。僕は旧い戦友を見つけた気分になってそれを引っ張り出してきました。その中にはさっちゃんから借りた二十二枚のカードが、記憶よりも少し色あせて入っていました。
一枚。また一枚。カードをめくりながら昔を思い出します。
大学生だったあのころ、僕はこの二十二枚のカードと、そしてたくさんの人たちと関わりながら生きていました。
切っても切り離せない僕とタロットカードと僕の大学生時代。
もしかしたらカクヨムで今こうして拙い物語を書いているのも、そのつながりの一つなのかもしれません。カクヨムで目にした一遍の短編小説は、僕を一気にあのころに引き戻したのでした。
―――――そうなんです。
あのころ、僕は占い師だったのです。
◇
これはまだ若かった僕がタロットカードを通じて経験したことの思い出話です。
僕が二十二枚のタロットカードを通して関わった人々、経験した出来事を、これからみなさんに語っていきたいと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます