第26章

 拳銃二丁はそれぞれショルダーホルスターに入ってた。あたしはまず拳銃をホルスターごと一つずつ左右の肩にかけると、一丁ずつ抜き差しして作動を確認した。次はライフルの作動確認。うおー、重いよー。


 一方デイヴは、今度は、ママチャリの買い物カゴに入れてあったポーチを3つ取り出した。ポーチは全部一本のベルトでつながれてて、腰に巻けるようになってる。てか、なんで花柄なんだよー。


「銃弾はこっち。ハンドガンの弾はどっちもマガジンに詰めてある。ま、こんだけありゃ戦争に行けるぜ」


 あたしはデイヴがそういうのを聞きつつ、ポーチの中身を確認した後、ベルトを腰に巻いた。


「にしても、持っては来たけど、ホントにこれ使わないとダメな相手なのか? M500にM82って。P90とかのほうが良かったんじゃ? だいたい、おまえ、使えんのかよ?」


 あたしはM82を肩にかけると、


「こないだ寮の友達が見せてくれた昔のアニメじゃ、あたしより小さい女の子がデグチャレフぶっ放してたわよ」


 と笑った。


「せめて、映画かドラマで見たって言ってくれ。てか、友達選べよ」


 ほっとけ。今の日本じゃアニメは十代女子の重要なコミュニケーションツールなんだよー、たぶんだけど。


「あのー、ひかりちゃん。白昼堂々、キミは一体何をしているのかなあ?」


 背後からせっちゃんの声がするので振り向くと、いつのまにかせっちゃんたち四人は、みんなバンから降りてあたしたちの方を呆然とした目で見つめていた。


「大丈夫だって。誰もこんなとこでセーラー服着た女子高生が本物の銃とかいじってるなんて思わないっしょ。つか、ちょっとサバゲーぽくない?」


 というより、なんか、車から出てみたら、通りにはほぼ人影がない。もしかして、ネットとテレビで拡散されてるデマで、みんな逃げるか屋内に避難してるのか? マジかよー。


「サバゲーなんてしたことないからわかんないー。てか、そちらの方はどなた?」


 そう言われて、デイヴがぺこりと頭を下げた。


「しがないフリーランスの傭兵です。ひかりにはいつもいろいろ買ってもらっちゃって……」


「ちょ、デイヴ! 余計なことは言わなくていいから!」


 流暢な日本語でぺらぺら話すデイヴを止めると、あたしは作り笑いを浮かべてせっちゃんに、


「パパの古い友達。まあ、なんだ、その、あんまり突っ込まないでおいて」


 とお願いした。


 こくこく頷く男子三人の横で、せっちゃんは腕組みしたまま、溜息をついてみせた。


「わあったわよ。今さらもう何があっても驚きません。けど、あんた、自腹で装備増やすの、いい加減にしときなさいよね」


「いいじゃん。あたしが自分のお金で私物買ってるだけなんだし」


「そーゆー問題か。毎度毎度思いっきり法を犯しおってからに」


「お説教は後でゆっくりうかがいます。とにかく、こういうことなんで、あとよろしく」


 あたしはそう言うと、デイヴに向き直り、


「代金はいつもの方法で。あ、それから、ついでにその自転車も貸して」


 と頼んだ。


「えー。オレはどうやって帰りゃいいんだよ」


「たまには歩きなさいって。無精してるとお腹出てきちゃうよ、もう歳なんだから」


「おまえはおれのお母さんか」


「って、ジェシカが言ってた」


「嘘つけ」


 ジェシカの話をされると動揺するところが、いい歳してかわいいデイヴである。そう、このおっさんこそ、昨日、ジェシカと組んであたしのバックアップをしてくれてたスナイパーなのであった。


 ともあれ、あたしはデイヴの抗議を無視してママチャリにまたがると、南に向かって走り出した。


「が、がんばってきてください」


 後ろからタカシくんが小さく声をかけたのが聞こえた。おう! よく言った、少年! あたし、なんだかんだ言って、キミのこと好きだわ。出来の悪い弟ができたみたいで。

 

  ***


 東京というのは不思議な街だ。近代的どころかほとんど未来的にしか見えない高層ビル群と、いまだに昭和初期みたいなゴミゴミした下町の合間に、豊かな緑がぬっと顔を出す。


 この、過去と未来、自然と人工物とが混然とした無秩序さは、なかなか他の国の大都市ではお目にかかれない。それは、ものすごく行き当たりばったりな感じだけど、決して悪くない。あたしはどっちかというと大好きだ。


 そのカオスさに、この街に住む人たちの活力みたいなものを感じるからだ。


 などと詩的なことを一所懸命考えてるのは、自転車漕いで都内を移動するのはけっこうしんどいから。てか、坂が多い。多すぎるくらい多いんだよー。


 だいたい、都内って渋谷とか四谷とか市ヶ谷とか鶯谷とか茗荷谷とか、やたら「谷」ってついてる地名多いじゃない。あれってさー、全部ほんとに昔は谷底だと認識されてたからなんだよねー。


 つまり関東平野ってやたらとでこぼこしてるわけ。そこを今みたいに南北に移動しようとするとですね、次から次へと上り坂と下り坂が繰り返されたりするわけですよ、ええ。変速機もついてないママチャリだと、めっちゃキツいんだよー。


 くそー。明治通りそのまま南下すりゃよかったか。ちょっとでも道がすいてるとこを、なんて考えて東の市ヶ谷方向に向かって、そこから四谷へ南下とか、やめときゃよかったかも。


 なんてことを考えながら自転車で走ってんだけど、西早稲田周辺はあんなに人がいなくなってたのに、ちょっと南下しただけで、なんだか歩道には普通に人が歩いてる。ただし、車道はどこも渋滞しててどうにもならない感じ。なんじゃこりゃ。


 てか、さすがに人の目が気になってきたなー。いや、別に誰も呼び止めたり逃げ出したりはしないんだけどね。


 とはいえ、なんかみんなこっち見て、かわいそうな子みたいな顔するか笑うかするのはやめてくれたまいないか? いやマジで。


 そりゃね。セーラー服でごっついママチャリ漕いでますよ。肘と膝にバレー選手みたいなサポーターしてますよ。腰に花柄のポーチ3つもつけてますよ。でもって、背中にはでっかいライフル背負ってます。で、それが何か?!


『37から45。おーい、チンドン屋ー。そろそろ着いたー?』


 いきなり、せっちゃんが無線で話しかけてきた。


「こちら45。うるへー。あともうちょいで着くよー。てかチンドンなんちゃらって何?」


『こちら37。あとで調べて泣くがよいぞ、若者よ』


 はー、冗談言う余裕があっていいよなー。


「とりあえず悪口なのはわかった。てか、何の用よ?」


『物理的には増援できないから、せめて後方バックアップしてやろうと思ってさ』


「あとで一緒に責任取らされるよー」


『今さら言うな』


 ありがとー、せっちゃん。あたしは心の中でそうつぶやいた。心の中で、だけな。


「へいへい。で、状況は?』


『道路はあいかわらず二十三区南部で渋滞が拡大中。どんどんネットからニュースがテレビやラジオにまで拡散してるうえに、実際に渋滞起こってるもんで、テロの噂がさらに拡散しちゃって、避難者増えてるっぽくて。警察がデマだって言っても信じてもらえてない感じ』


 うひー、最悪だ。


「その割には普通に歩いてる人いるよー」


『それはきっと、スマホ見てないか、見ても信じてない人。こういうのは確率の問題だからね』


 全員がデマを信じなくても、何パーセントかの人が信じて行動しちゃったら、交通渋滞なんか簡単に起こせるってか。


「恐るべし東京。人口一千万超えは伊達じゃないにゃー」


『ゆっとる場合か。あとさあ、博士のプログラムがらみで、もう一個ヤな話があんのよ』


「どしたの?」


『MITのホストコンピュータ、ハッキングされて、情報操作シミュレーションプログラム、きれいさっぱりデリートされてたんだって』


「デリートって。削除されてたの?! 復元とかできないわけ?」


『えーっと、アンダーソンです』


 タカシくんが急に通信に割り込んできた。


『それが、HDDを徹底的にイニシャライズされてるみたいで、ぼくのプログラムだけじゃなくて学部内のデータが全部消えちゃって復元不可能に……』


 うお、なんたる情報テロ! ヘタな爆弾とかよりよっぽど恐いじゃん、それ。え? てか、待てよ?


「ねえ、そんなハッキング能力あるなら、なんであいつら、タカシくんの持ち物あんなに執拗に狙ったの?」


『強奪より消去が目的。つまり自分たちで独占したいってことでしょ』


「てことは、ずいぶん前からタカシくんのプログラムは盗まれてたってことか」


『よく考えたら、じゃなきゃ、昨日の今日で自在に使えないもんね』


 うー、やっと敵さんの動きが見えてきたかー。今回、後手後手に回りすぎだよなー、あたしら。


 てなことを話してるうちに、あたしは四ツ屋の駅前を通り過ぎ、いよいよ目的地が見えてきた。


「お、迎賓館前のゲート見えた」


『速かったじゃん。再就職先は競輪とかいいんじゃね?』


「あんなストイックな仕事はあたしにはムリ……」


 とか言いかけたその時、派手な爆発音と共にデッカい鋼鉄のゲートが吹き飛んだ。それに続いて、猛烈な爆風が襲いかかってきた。


 あたしはとっさに自転車の後輪を浮かして車体をスライドさせ、ジャックナイフを決めてその場で止まると、しゃがみ込んで爆風をまともに受けるのを避けた。


 くっそー! まにあわなかった。始まっちゃったよ、市街戦! 東京のど真ん中で!!

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