第25章
「それはつまり、今、迎賓館は車で出入りができなくなってるってことか?!」
立川さんが声を上げた。
「え? でも、そんなことして何の意味が……」
タカシくんはまだ呑み込めてないらしい。
「何かあっても中にいる人たちは避難できないってこと。いくら緊急車両が通ります、つっても、大渋滞じゃ、動きとれないでしょ」
と、せっちゃん。
「障害物が束になって並んでるんだもんねー。仮に、銃撃戦でも始まってドライバーたちがパニクったらその場で事故りまくるでしょ」
あたしがそうつけ加えると、せっちゃんがさらに、
「ま、警察も普通は車降りて避難するよう、誘導するだろうしね。そうなったらもう、車道は完全に使えなくなるわね」
とダメ押しした。
「いや、でも、迎賓館のそばには皇宮警察の赤坂護衛署があったような……」
と、これは池端さん。あたしはモニター上の地図を見ながら、
「てか、四ツ屋駅挟んで防衛省の真ん前なんでやんの」
と指さした。
「そんなところでテロ起こされたら、日本の面目丸つぶれだな」
そう言って立川さんが運転席からこちらを振り向いた。
「どうする?」
「冗談! アメリカ大統領と日本の天皇皇后総理大臣がまとめて白昼堂々暗殺されちゃ、マジで第三次世界大戦が始まっちゃうわよ! と、とにかく、本部に連絡!」
せっちゃんは慌てて秘匿通信用の無線機にとびつき、本部を呼び出し始めた。さすがに携帯でこんな話はできないか。
それを横で聞きながら、タカシくんはさらに、
「でも、出られない、ってことは、入れない、ってことですよね?」
なんてことを聞いてきた。
「とっくの昔に入り込んでたらどうよ?」
あたしが言うと、池端さんが、
「昨日の成田みたいに?!」
「そゆこと。あの透明ロボがとっくの昔に迎賓館の近くに置かれてて、今動き出したら……」
「……地獄絵図だな」
「うわー……」
「ちょっと!」
惨状を想像し、思わず顔面蒼白で顔を見合わせたあたしたち四人に向かって、せっちゃんが叫んだ。
「縁起でもない話、やめてってば! ……あ、いや、こっちの話です。はい。……いえ、ですから……」
あ、せっちゃん、また本部との通話に戻ってった。さっさと終わらせなよー。
「車で逃げられない、ということは、何かあった場合、大統領たちも徒歩で避難するしかない、ということですよね」
せっちゃんの勢いに押されたのか、タカシくんがひそひそ声でそう言った。
「だから、昨日のこと思い出しなさいって。タクシー乗ってなかったら、あたしたち、今ここにいないから」
「う……」
絶句してやんの。
「ヘリなら下ろせるかな?」
池端さん、それは悪手だよ。
「いやー、それはそれでヤバいでしょ。スティンガーとかジャベリンとかで狙い撃ちされたら一発じゃん」
「あー、携帯式の地対空ミサイルなー」
池端さんがそう言って、こりゃダメだ、みたいな顔をしたときだった。
「バカ言ってんじゃないわよ、この天下りジジイ! 室長と代われ、つってんの!」
と、せっちゃんが大声を上げた。ギョッとしたあたしたちがそろってせっちゃんのほうを見ると、せっちゃんは通信機のマイクを机に叩きつけてた。
「あー、せっちゃん? ……なんかあった?」
あたしがおそるおそる声をかけると、せっちゃんは通信機をにらみつけたまま、唸るような声で答えた。
「次長の野郎、通信切りやがった」
あー、あのおじさんなあ。読んで字のごとし。次長とはウチのナンバー2なんだけど、このポジション、実は三年ごとに入れ替わり立ち替わりあちこちの関係省庁から人が来ては去って行くという、わかりやすいお目付役なのであった。
要は、「がくはん」ときたら成立過程も今の立ち位置もあまりに怪しげな部局なんで、外の人入れて「透明性」を担保しときたいと、ずーっと上の方の偉い人たちが考えたわけよ。
つっても、ウチって存在そのものがほぼ「最高機密」で、知ってる人もろくにいないわけだから、来るのは決まって「退官間際、もしくは退官した高官」ばっかなわけ。せっちゃんがさっき「天下り野郎」って罵ったのは、そのせいなのね。
でもって、この人たちがこれまた判で押したように、頭が固くて使えないお役人タイプばっかなわけよ。まあ、優秀な人はもっとご立派な天下り先に出ていくんだろうけどさー。
またタイミングの悪いことに、今の次長は春先の人事でこのあいだウチに来たばっかりなんだよなあ。
「もしかして、全然、話聞いてくれなかったかー、あのおじさん」
あたしが言うと、
「言うに事欠いてこうよ!」
と、せっちゃんは次長の口まねを始めた。えー、あたしが教頭のモノマネしたら怒るくせにー。
「『第一に、きみたちの任務はアンダースン博士の身辺警護だ。他のことを気にする余裕はないはずだ』、『第二に、テロ対策は我々「がくはん」の職務外の問題だ。手を出すことはできん』」
いや、ちょっと、ちょっと待て、せっちゃん。やたら似てるところがすげえこわいから!
「でもって、トドメが『なによりも、きみたちの仮説が正しいかどうか、判断するには材料が少なすぎる』ときて、『甘利くん、いろいろあって疲れてるんだろう。ケガが完治するまで休んだ方が良いのではないかね』抜かしやがった! 余計なお世話だっつーの!!」
せっちゃーん。キレたとき完全に人格変わるの、あたしは慣れてるけど、男子三人は完全に固まってるよー。
「し、室長はどうしたの?」
と、池端さんが聞くと、怒りを吐き出し終わったのか、せっちゃんはガックリと肩を落として、
「今日もまた連絡会議で霞ヶ関だって」
「で、次長殿としては、自分じゃ判断できないが、今は自分が最高責任者だってことで、02たちには相談したくない、と」
と、立川さん。
「そゆこと」
いよいよ肩を落とすせっちゃん。
「スパイの世界も、ウチの大学とあんまり変わらないですねー」
何うんうんうなずいてるだよ、タカシくん。もしかして、学校でけっこう苦労してんの? マジでいずこも同じってやつかー。
「……これだから親方日の丸はなー」
あたしはそう言うと、セーラー服のポケットにむりやり突っ込んでいたサポーターを両肘両膝につけ始めた。
「ちょ、ひかり、何やってんの?」
せっちゃん、つきあい長いんだから、わかってんでしょ。いちいち聞くなよー。
「どう考えても、室長に話通るの待ってたら、第三次世界大戦始まっちゃうって。タカシくんの警護はみんなに任せるんで、あとよろしく」
「職務を放棄する気か?」
と、怒ってるというよりは呆れてる様子で立川さんが聞いた。
「目の前で人が殺されそうになってるとわかったとき、どうするか? これはまあ、仕事がどうとかって問題じゃないでしょ。それにさー、こっちゃ二度もひたすら逃げる羽目になってんのよ。このままやられっぱなしじゃ、気分悪くてやってらんないって」
「そこか」
と、立川さんは完全に苦笑した。
池端さんは、
「って、おいおい、一人で行く気か?」
と聞いてきた。
「だって、今の状況だと、車じゃ現場までたどりつけないっしょ」
「そりゃそうだけど……」
その時、バンの後部ドアをコンコンと軽く叩く音がした。せっちゃんたちは『誰?!』みたいな感じで一斉に身構えた。いやいや、敵だったら、ドア叩いたりしないから。
「お、良いタイミング」
あたしはそう言って、バンの後部へ行き、一気にドアを開けて外へ出た。
そこには、ママチャリに乗った四〇代の白人男性がいた。金髪はちょーロング、よれよれのアロハシャツとジーンズにくたびれたスニーカー。ハワイ、いや、せめて湘南の海岸あたりにいたら、往年のサーファー野郎という感じ。ただし、肩にごっついゴルフバッグをかけてるところが不自然すぎる。
「おう、嬢ちゃん。お待たせ」
白人のおっちゃんは、流暢な日本語であたしにそう話しかけた。
「サンキュー、デイヴ」
あたしがそう言うと、おっちゃん、いや、デイヴはママチャリから降りてゴルフバッグを地面に置き、中からあたしが注文した品物を次々に取り出し始めた。
「FN、ファイブセブン一丁。S&W、M500一丁。でもって、バレットのM82アンチマテリアルライフル一丁」
よーし、きたきた。こいつらで一発逆襲してやる。覚悟しとけよ、くそったれ。
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