第21章

「それじゃ、昨日泊めていただいた部屋に戻って支度しないと。そういや、空港に置いてきちゃった荷物はどうしたら……」


 タカシくんがそう言うと、せっちゃんが妙にわざとらしい声を上げた。


「えー、残念なお知らせがあります」


 うわ、何かヤな予感。


「アンダーソン博士。あなたの荷物は何者かによって持ち去られてしまいました」


「え?」


 あっけにとられたのか、タカシくんは口を半開きにしてかたまってしまった。


「なにそれ?」


 代わりにあたしが聞いてあげた。


「昨日の夜、空港までうちの人間が取りに行ったんだけど、どこにも見当たらないんだって。空港の人たちによると、昨日の事件のあとは警察と消防が現場保全してるから、なくなったとしたら、騒ぎの最中だろうって」


「火事場泥棒ってやつか。けど、あの状況で?」


 どんだけ臨機応変で恐いもの知らずな置き引きなのよ、そいつ。今度はあたしが唖然としちゃったよ。


「ま、まあ、一番大事なものはバックパックに入ってましたから、今日の発表の準備は大丈夫かと……」


 なんとか気を取り直したのか、タカシくんがそう言いかけるのを、またもせっちゃんがさえぎった。


「それが……」


「は……?」


 再びかたまっちゃったタカシくんに代わって、私が口を挟む。


「え? なに? まだ何かあんの?」


「実は、悪いお知らせには続きがあるのよ。……さっき、警察に混じって寮をチェックに行ったウチの者から連絡があって、博士の泊まっていた部屋が荒らされていたって……」


「じゃあ……ぼくのバックパックは……」


「どうやら、バックパックは何者かに盗まれてしまったようです」


 マジかーー。


「……だ、だいじょうぶです。データはネット上のクラウドデータベースにもコピーを取ってありますから。パソコンでもタブレットでもスマホでも、何か貸していただければ、ネットから落としてこれます」


「いや、それ、全然だいじょうぶじゃないでしょ」


 あたしがシリアスな口調でそう言うと、タカシくんはきょとんとした顔になってこちらを見た。


「え?」


「どう考えても、うちの寮からバックパック盗んでいったのって、襲ってきたのとおんなじ連中でしょ。たぶん、空港で荷物持ってったのも、一緒だよー」


「やっぱ、そう思う? 思うよねー」


 思うよねー、じゃないってば、せっちゃん。


「つまり、敵の狙いはやっぱりキミの命より、研究内容だってことなんじゃない?」


「いや、その、まさか……。昨日も言いましたけど、ぼくの研究の骨子はすでに論文として発表済みなわけで……」


「じゃ、何よ? 実は時価数億円とかの価値がある宝石だとかなんか、持ち運べる大きさのお宝でも持ってるっての?」


「どこの大富豪ですか?」


「持ってないってことよね。だったら、研究内容以外、何を狙われてるってのよ?」


「それは……」


「はいはい。ストーップ」


 せっちゃんがパンパン手を叩いて話を止めた。


「だーかーら、そういうのはきちんと物証が集まってから話しなさいって。推理小説の名探偵じゃないんだから」


「推理じゃないやい、直感だい」


「よけい悪いわ。あんたはよれよれのコート着たベテラン刑事か? コロンボとか山さんとかか?」


「何、それ? てか『直感を信じない人はいざって時に判断が遅れて失敗する』って、パパがいつも言ってたもん」


「急に子供になるな、子供に。マジで早く支度しなさいってば。道路が混み出す前に出かけたいんだから」


「何だよー。せっちゃんだって気にはなってんでしょー」


「物事には優先順位ってものがあんの。時間ないんだから。この話は、今日の学会終わってから、今後の対応も含めて、ゆっくりやりましょ」


 またもせっちゃんに正論を説かれてしまった。何? ジャージ着ると先生力がアップしたりすんの?


  ***


 せっちゃんは、学園のある地域のコミュニティFM局が持ってる白いバンに乗ってやってきていた。もちろん本物だ。実はこのFM局、「がくはん」がお金出して運営してて、職員も全員うちの人間がやってたりするのだ。尾行や監視に使う車両は、こういうちょっとしたディティールが大事なわけよ。バンの中は追跡や通信のための機材が山盛りで、屋根にはアンテナとかも立ってんだけど、なんせFM局の看板つけてるから、怪しまれたりはしないようになってる。あの女警部殿にも教えてやりたい。たぶん予算ないからムリか。


 バンは、学園の構内からちょっと離れたところにある路地に駐車していた。あたしたちは、地下から何本か伸びてる脱出口の一つを通って、人目につくことなくバンの横に出た。


「おー、なんか『グレート・エスケープ』みたいですねー」


「『大脱走』か。少年、古い映画知ってんねー」


 などと、タカシくんとせっちゃんがまたおたくな話をしている。好きだね、ほんと。てか、毎回すぐめげるわりには、立ち直りだけは早いな、天才少年。


 バンの運転席と助手席には、ゴリラみたいにごっついおっさんの立川さんと、小柄で童顔なもんでいまだに少年っぽいため高校や大学の潜入捜査が得意な池端さんが乗ってた。ちなみにこの二人、見た目は対照的だけど、立川さんは空手、池端さんは少林寺拳法の有段者で、どっちも格闘の専門家だ。さすがに日本国内で銃器を持ち歩くのはいちいちめんどくさいから、「がくはん」じゃ徒手空拳のマーシャルアーツが重視されてるんだけど、二人はそっちのプロなのだ。


 立川さんはマジでゴリラを殴り倒したことがあるとか、池端さんは一人でヤクザの事務所乗り込んで壊滅させちゃったことがあるとか、人間離れした話に事欠かない。昨日、あたしたちの護衛についてくれていた木島さんたちとは、ひと味違う感じの武闘派なのだった。あたしも、この二人を一度に相手するとなると、さすがにかなり手こずりそうな気がする。


「お迎えご苦労」


 あたしがそう声をかけると、二人はにやっと笑って手を振った。


「なーに偉そうにしてんの。乗った乗った」


 あいかわらず先生モードのせっちゃんが、またもパンパン手を叩いた。ジャージ姿と似合いすぎてる。婚期も遠のくはずだわ。


 ちなみに、タカシくんはバリッとしたかっこに着替えてる。せっちゃんが気を利かせて、白いワイシャツに濃紺のシングルスーツと茶色い革靴を持ってきてくれたのだ。なんたって、学会で発表するんだもんね。一応はそれなりの格好しとくべきでしょうってことらしい。サイズもぴったりなあたりは、「がくはん」のリサーチ力の賜ですな。ま、問題はスーツが全然似合ってないとこだけど。


 ……問題はあたしの方。せっちゃん、あたしには何にも持ってきてくれなくてさー、しょうがないんで、潜入捜査用に置いてあった、余所の高校の制服着ることにしたんだけど、ここんとこ潜入予定もなかったんで、せっちゃんがまとめて洗濯に出しちゃったとこだったんだよね。で、残ってたのを着てるんだけど、これがなんと昭和からタイムスリップでもしてきたのかとでもいうような、めっちゃトラディショナルなセーラー服なのよ! マジで、まだこんな制服使ってる学校あんのか?! すげーなー。


 てか、似合わなくてさー。せっちゃんなんか、見た途端、爆笑しやがんでやんの。ごめんね、のっぽで胸なくて大人顔で。

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