第19章
目を閉じたと思ったら、派手に電話の鳴る音がして、起こされてしまった。時計見たら、まだ早朝だ。やめてよー。ねむいよー。かんべんしろよー。日本人は勤勉すぎるよー。あたしは二十四時間戦えないよー。
待機室を出て、作戦室にある電話に出た途端、せっちゃんの元気そうな声が脳みそに突き刺さった。
「朝だよー。開けてよーー」
モニタを見上げたら、校外にある秘密の出入り口の前に、両手に何だかたくさん荷物を抱えたせっちゃんが立っているのが映ってた。上下とも白いジャージにスニーカーといういでたちは、保健じゃなくて体育の先生みたいだ。つか、ケガはどーしたんだっつーか。
あたしがコンソールのボタンを押して隠しドアを開けてやると、せっちゃんは大股でずんずん入ってきた。ほんとに昨日撃たれたんか、この人?
「うーっす」
荷物持ったままの右手を上げてそう言う姿は、やはり体育の先生そのものだ。近くで見たらほぼノーメークだし。どんなにおしゃれな人も、人間、ケガには勝てないってかー。ま、かわいそうだから、格好には触れずにおいてあげよう。
「おー、元気そうじゃーん。無事退院おめでとー」
明るくそう声をかけてあげたら、
「あんがと。まあ、骨も内蔵も無事だったからね。……じゃないわよ。だれが盲腸か、だれが?」
って、くちびるとんがらせてやんの。なんだ、寮母の寒川さんに聞いたのか。小さい。人間が小さいよ、せっちゃん。
「いやまあそれはその、何か言い訳が必要だったもんで……」
「もうちょっとなんかなかったの? どうしてもお見合いで外せなくて、とか」
「一日がかりのお見合いって何ですか? まさか、そのままホテルでベッドインてか? ないでしょ、それは、ふつー」
「朝から何の妄想よ、それ」
いや、そこまで言うなら、もうちょっとマシな言い訳、自分で考えといておくれよ~。
「それはそうと、なんか大変なことになってるわよ。警察はもちろん、自衛隊まで殺気立っちゃって」
せっちゃんはテーブルの上にどさっと抱えてきた荷物を置くと、荷物の山の中に混じってたコンビニのビニール袋からおにぎりやら総菜パンやらお茶やら牛乳やらを取り出して並べ始めた。朝からコンビニごはんかあ。なんか、せっちゃんの日頃の貧しい食生活がうかがえるなあ。……てなことは、さすがの私も口には出さず、せっちゃんの話につきあった。
「そりゃまあ、あんなガンダムみたいなのが相手じゃ、SATだSITだ言ってらんないもんねえ。陸自の特殊作戦群でも乗り出してきた?」
「このミリオタめ。てか、ガンダムは知ってるんだ」
「こないだお台場行ったもん」
「あー、それな。じゃなくて、上の方じゃ、マジで自衛隊出すとこまでは、まだ話は進んでないみたいよ」
「日本はあいかわらず緊張感がないですなあ」
「だから、その教頭先生の物まねやめなさいって」
「ダメ? けっこう似てると思うんだけどなあ」
せっちゃんは私の意見を無視して、自分のカバンの中からタブレット端末を取りだして、私に向けた。
「これ。見てみ」
せっちゃんの端末の画面には、有名動画投稿サイトが映ってた。てか、画面上に再生されてるの、もしかして、昨日の成田でのロボ襲撃の場面? 見覚えのある広いロビーを悲鳴を上げながら人が大勢逃げていくよ。
「うあー、あの状況で隠し撮りしてたバカ、じゃない、勇気ある目撃者がいたとは」
「今や一億総パパラッチ時代なわけよ」
「ワイドショーのコメンテーターですか、ああた。つか、セレブと違って、相手は銃弾ばらまいてんだけどなー」
あの状況でパパラッチする度胸、ていうよりは、緊張感のなさに驚くよ。と思って画面を見てたら、いきなり自分の顔が映ってビックリしちゃったよ。
「あ、あたし映ってる」
「わたしまでもろに映ってんのよ。まずいでしょ、これ」
せっちゃんがそう言って顔をしかめた。
「あー、どうしよ。大山のおばちゃんと寒川さんには、こんな事件知らないってことにしちゃったんだよなー」
「ばっかねー。ウソは最小限にしとかなきゃ。九九の真実に一のウソを混ぜる。情報隠蔽の鉄則じゃないの」
うわ、すっげー上から目線で叱られた。
「心配かけたくなくてウソつきました、ってことで信じてくれるかなあ」
せっちゃんはふかあく、溜息をついた。今、バカにしたな。バカにしたでしょ。
「あたしから話しとくわよ。狙われたのがタカシくんで、警察から内緒にしとくよう言われたってことにしときゃ、大丈夫だしょ」
「だしょ、って……」
せっちゃんのアイデアもたいしたことねーなー、と言い返しかけたとき、
「動画は他にもいくつかあるみたいですね。アップされてるサイトも一つじゃないし。コメントつけられる動画投稿サイトにもアップされちゃってます。ものすごいですよ、閲覧数もコメント数も。今もどんどん増えてるし」
と、タカシくんの声がした。
まわりを見回すと、いつのまにか起きてきたタカシくんが大型スクリーン前のコンソールに向かって、いくつもウィンドウを開いてインターネットに接続、動画サイトにアクセスしていたのだった。おいおい、国の備品を勝手にいじるんじゃなーい。
「わー、なんかひどいコメントついてますよ」
「んなぁにいい?!」
タカシくんの言葉に、思わずあたしはスクリーンに近づいて、映し出されている映像をしっかりと見た。
『わははは、なんだこれ』
『カートに飛び乗るか、普通www』
『カートが転がっていく姿がまぬけすぐるw』
『バカだこの子』
『かわいいのに、残念!』
なんじゃこりゃーー?! あたし? あたしのこと?!
「ゆゆゆ愉快なコメントがたっくさんついてるじゃないの、これ……」
あたしはタカシくんをにらみつけた。
「いや、ぼくに怒られましても……」
いやいや、そう言いながら顔が笑ってるぞ、てめー。許すまじ。
「まあまあ。とりあえず、笑われときなさいって。これならどれだけ派手に映ってても、正体はばれないって」
せっちゃんまで、背後からのんきなことを。
「せっちゃんも『バカ』のうちに入ってんだからね、これ」
「バカって言う人がバカなんです~ぅ」
せっちゃんがこっち向いてくちびるとんがらせた。く、くやしいが、かわいい。体育教師みたいな格好してるくせに。
「小学生か」
「心はいつも十二歳。あ、十四歳だっけ。それとも十七歳か。じゃなくて、この映像の変なとこ、気づいてる?」
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