第18章

 とりあえず一息つけそうなんで、あたしはそばにあった椅子を引き寄せて深々と座り、背もたれに身体をあずけた。


 ほーっと一息ついて、ふと横を見ると、タカシくんが立ったままこっちを見ていた。


「ん? どしたの? 寝ちゃいなよ。その奥に待機用の寝室があるから、好きな方使っていいわよ」


「もうすぐ朝になっちゃいますよ」


 タカシくんは困ったような顔でそう答えた。マジメか、キミは。


「学会つっても、朝からへばりついてる必要はないんでしょ。キミの出番ってあとのほうじゃなかったっけ? ぐっすり朝寝できるじゃん。寝れ寝れ。睡眠不足は美容と建康の大敵だよ~」


「ひかりさんはどうするんです?」


「あたしも寝るわよ~。どうせすぐ、外に増援も来るし。もう速攻で寝ちゃる」


「寝るのに、そんなに気合い入れなくても」


「言ったでしょ。睡眠不足は美容の大敵なのよ。つか、不規則な生活はいかーん」


「えーっと……」


 タカシくんはなんだか変な笑い方をした。


「なによ、その顔は」


「いや、そんな普通なことを言われましても」


「何が言いたい、何が?」


 あたしがギロっとにらんでやると、タカシくんはひょっと首をすくめ、笑ってごまかそうとした。


「あ、いや、ひかりさんはなんでこの仕事に?」


 あ、こんにゃろ、話題変えたな。と、思ったが、そこは深く追求しないでおこう。


「両親が死んじゃったからねー。勤労学生なわけよ」


 あたしはさらっと本当のことを話した。こういう話はほんとのことを言うに限る。だって、それが一番めんどくさくないんだもん。


「それは、……お気の毒です」


 げげ、しまった。なんか、すげー暗い顔してるよ、この人。だからこの話はあんまりしたくないんだよなー。


「まあまあ。そんなに気にしなさんな」


 あたしは笑いながら顔の前で右手をひらひら振ってみせた。


「……でも、普通の学生は、こんな仕事、就きたくても就けないでしょ。というか、ひかりさん、ほんとに十七歳なんですか」


 おっと、話変えたのはいいが、なんだ、その言いぐさは!


「まだ十六です、今年の八月までは十六。つか、あたしのどこが年齢詐称に見えるんだ、ああ。身長か、身長なのか、背が高かったら成人に見えんのか、おい!」


 あたしは思わず腰に差したままにしてあったガバメントに手をかけた。


「わああああ、ごめんなさいごめんなさい。どこからどうみても十六歳です!」


「わかればよろしい。つか、タメ年なんだから、敬語やめれば?」


「その……、拳銃手にしたまま言われましても……」


「まだ抜いてない」


「な、なるほど……」


 ええい。捨てられた子犬みたいな目をしおって。しょうがないから許してやっかー。


「ま、なんてえの。死んだパパのコネがあったことと、需要と供給が一致したってことかなー、端的に言うと」


「端的すぎてよくわかりません。まさか、天涯孤独で食うに困って犯罪に走ったところを逮捕され、超法規的措置でむりやり組織に入れられたとか……」


「なんじゃそりゃ。少年、想像力豊かすぎ。『ニキータ』か。あたしはセクシースーパースパイか? きみ、せっちゃんと話合うかもよ。あの人、ちょーおたくだから」


「そうは言われましても、日本に降り立ってからこの十数時間、非常識きわまりない状況に次から次へと直面しているもので、どこまでが常識の境界線なのかが、さっぱりわからなくなってるんですよ」


「そうきたか」


 さすが天才数学者。屁理屈こねさせるとめんどくせー。つか、勝てねー。


「んーとねー。あたしの父親って、いわゆるトレジャーハンターだったのよ」


「はあ?」


 あ、目が点になりやがった。


「なんとゆーか、世界中かけずりまわって、お宝を掘って歩くとゆーか」


「考古学者……じゃなく?」


「ぜんぜん」


「あー、そういう映画ありましたね。インディ・ジョーンズとかララ・クロフトとか、ああいうの」


「遠い目になるな! 現実の話だっちゅーの。まあ、そういう感じっちゃー、そーゆー感じなんだけど。映画と同じなのは、けっこう危ないこと。違うのは、やたらと退屈で、ほとんど儲からないってことかなー」


 そう。宝探しというのは、実のところ、経費ばかりがかさんで、見事にお宝を発見して売りさばいても、差し引きゼロになりかねなかったりすることが多いのよ。しかも、たまにそこそこ儲かっても、次の一発を当てるのに、すんごく手間暇かかるから、その間の生活費やらなにやらで、儲けも吹っ飛んじゃうわけ。ま、売れない自由業の人にありがちな話だけどねー。人間、やっぱ、堅実な会社勤めが一番よね。


「妙なところで現実味のある話ですね」


「だから、現実の話だって言ってんでしょが。でもって、ママはあたしが小さかった頃にガンで死んじゃったのね」


「そ、それはご愁傷様です」


 変なとこで言うことが日本人だな、タカシくん。


「ま、それはともかく、そんなわけで、ママが死んだあとはパパが一人でずっとあたしを育てるしかなくなっちゃってさ。一応、学校はちゃんと行ってたんだけど、パパが宝探しに行くたびに、家に置いとけないってんで、一緒に行く羽目になっちゃったんだよね。おかげでもう、この歳で世界数十ヶ国行きまくりよ」


「国際派ですね」


「ま、ねー。そのままなんとなくそこそこうまくいってたんだけど、あたしが中三の春だから、もうすぐ二年になるのか。パパもあっけなく死んじゃったんだよね」


「やはりそれは……宝探しの最中に何か危険な目に遭われた、とか?」


「それがさー。なんと日本で交通事故に巻き込まれちゃったのよ。しょうもない話でしょー」


 そう。ほんとにもう、しょうもない話、というか、人生というのはなんとも不条理なものだってこと。あんだけ、世界中かけずり回って危ない橋渡りまくってたパパが、交差点で信号待ちしてて、車道に飛び出しちゃったどっかの幼児助けようとして、車に轢かれてあっけなく死んじゃったんだから。


「で、天涯孤独になって、どうしようかと思ってたら、パパの知り合いだったうちの室長にスカウトされて今に至る。とまあ、そんな感じ」


「……すいません。そこのところのつながりがよくわからないんですが」


「何が?」


「親が知り合いだったからって、女子中学生がプロのスパイにスカウトされないでしょう、普通?」


「いいところに気がついたね、ワトソンくん」


「いや、そこは誰もが気になるところだと思います」


 ここぞとばかりにツッコミ入れてんなー。ま、一日中命狙われて、それだけ元気があるなら、よしとすっか。


「まー、パパと一緒に世界まわってたときに、いろいろ修羅場くぐってるからさー。パパの友達にいろいろ教わったりもしたわけよ。護身術とかねー」


 小学生の頃から、見よう見まねで中国拳法始めたり、狩りするんじゃーつって猟銃持って出かけたり、ワイルドに暮らしてたんだよなー。


「訓練の必要がほとんどないって、室長は喜んでたわよ。新人育成担当のおっちゃんはいろいろ不満だったみたいだけど」


「外国に行ったことない人が聞いたら、日本の外はどんな恐ろしいところなんだろうと思いますよ、それ」


「犯罪大国アメリカの住人に言われたくない」


「犯罪大国、て……」


 嫌いじゃないけどねー、アメリカ。実は、パパが一時避難所に使ってたボロ屋がまだ残ってるし。日本みたいに至れり尽くせりな細やかさはないけど。もろもろ開けっぴろげで、けっこう親切な人も多くて。なんだかんだ言っても、世界一の大国だもんね。懐が深い、つうか。運転免許取るのもちょー簡単だったし。あ、そういう話じゃない?


「つーかさ。キミ、こっち着いてから親に連絡とかした?」


 アメリカと口にしたついでに、気になっていたことを聞いてみた。


「あ」


 タカシくんはぽかんと口を開けた。


「あ、じゃないでしょ、あ、じゃ」


 おめーは、小じゃれた幼馴染みには電話するくせに、親のことは思い出してもおらんのかい。まあ、普通の高校生はそんなもんか。タカシくん、もう大学院も出ちゃってるけどな。


「ほれ、そこに電話あるから」


 あたしは、部屋の隅に置いてある電話機を指さした。


「いいんですか?」


「何が? もう、居場所はすっかり割れてんだから、良いも悪いもないわよ。それに、その電話回線、うちの特製で、盗聴できないように通話暗号化するようになってるし。時差的にも、今ならちょうどいいんじゃね?」


「では、お言葉に甘えて……」


 いちいち言い回しが変だぞ、少年。つか、親孝行はできるときにしとけー。マジで。


「それが済んだら寝なよ。あ、あたしのベッドは覗くなよ」


 そう言うとアタシは待機室に置かれた二段ベッドを目指してふらふらと歩いていった。人間、眠気には勝てないよねー。

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