第13章
結局、戸村警部率いる警視庁公安部の連中は、パンクしたバンに乗って、そのままトロトロと去っていった。喫茶店から出て行くときの、『てめえ、いつか絶対殺す』みたいな戸村女史の目つきにはまいったけどねー。なんか、魔術とか呪いとか、その手のヤバげなものやってないだろうな、あのおばはん。
助かったのは、おばはんが帰り際に制服警官たちに何やら言い含めたせいで、店から客が逃げ出していったのに、表にいた警官たちが様子を見に入ってこなかったこと。万が一にもあたしたちにぺらぺらしゃべられたくなかったんだろう。
てか、仮にも公安のエリート部隊が、女子高生一人にひっかきまわされてメンツ丸つぶれになったのを、これ以上広めたくなかったんだろうけど、すでに警視庁内じゃ噂が飛び交ってると思うね。
ま、おかげでこっちは、公安の連中が退散していくのを、椅子に座ったままゆっくり眺めることができましたよ。
ともあれ、喫茶店の窓からバンの姿が見えなくなったのを確認すると、あたしはレシートをつかんで立ち上がり、レジに万札一枚といっしょに置くと、タカシくんたちに店を出るよう促した。おつりはこの際、迷惑料だよね。あー、でも領収書ないと経費じゃ落ちないよなー、これ。
表から出ようとする二人を引き留め、やはり皆逃げ出して誰もいないキッチンを通り、裏口へと急ぐ。
裏口から路地に出て、駅と反対側に歩き出すと、うしろからついてきている二人がホッとため息をつくのが聞こえてきた。
「おー、緊張したー。ほんとにボディガードだったんだ、ひかりさん」
興奮した口調で良太くんが声をかけてきた。おー、立つと背が高いのがわかる。一八五くらいあるんじゃない。いよいよ点数高いんだけどなー。ちょっとオタクなくらいは目をつぶってもいいかも。
「いやいや、それほどでも」
あたしが謙遜してみせると、タカシくんが困ったように、
「いやいやいや、警察相手にあんなにケンカ売っちゃって良かったんですか?」
と言った。こーの根性なしが。
「いいのよ、最初にケンカ売ってきたのは向こうなんだから。売られたケンカはもれなく買うのがあたしの信条です」
「そ、それはまた……」
絶句するとこか、そこ?
「なに?」
「いや、何と言いますか、男前なことで……」
てめ、護衛対象じゃなかったら、ぶん殴ってんぞ、こら。
と、いきなり背後から、女性の声がした。
「男前が売りだからしょうがないのよ、この子は」
さっきの喫茶店で、あたしのうしろでキーボード叩いてたねーちゃんだった。春物の淡い色のワンピースを着たブロンドに青い瞳の白人女性。身長はあたしよりちょい低い。今はローヒールの靴はいてるから同じくらいかな。ほおのそばかすが印象的な健康美人って感じかね。歳は確か二十七歳。本人申告だけどね。名前はジェシカ・ランドル。と、なんでそんなこと知ってるかというと、実はあたしの知り合いだから。
「お、ジェシカ、サンキュー」
あたしが礼を言うと、ジェシカは肩にかけてる鞄からSDカードを取り出してあたしに渡した。
「はい、これ。デイヴが撮った連中の顔写真と、それを元にわたしが検索した連中の身元。あのおばさんのID、本物みたいよ。警視庁公安部公安第三課第七係係長だって」
「サンキュー、サンキュー」
「請求書のデータも入ってるから。週明けにいつもの口座に振り込んどいて」
「ぐあ。学生割引、しといてくれた?」
「お友達価格にしておいてあげたわよ。それと、頼まれてたもの、明日の朝にはそろうわ。受け取り場所はそっちで指定して」
「いつもすいませんにゃー。デイヴによろしくね」
ジェシカは心配そうな顔でほほえんだ。
「ひかり、あんまりムチャばかりしてると、早死にするわよ」
あたしは、それには答えず、にっこり笑ってお別れの手を振った。
ジェシカはそれ以上何も言わず、足早にその場を去っていった。
「今の方は?」
ジェシカの後ろ姿をぼーっと見ながらタカシくんが聞いた。あーゆーのが好みなのか? あーゆー、一見清純そうなのが?
「パパの古い友達……の彼女、かな。ちなみに、どっかのビルの上から、公安の連中の写真撮って、ついでに狙撃してくれたのが、パパの古い友達」
喫茶店の中であたしが銃を持つ手を上げたのを見て、近所のビルの屋上で待機していたデイヴに狙撃の指示を出したのは、実は彼女だったのだ。てか、そうじゃないと、あたしの合図は店の外からは見えないもんね。
「はあ……」
間の抜けた返事だなあ。
「ほら。今、本部にも連絡とってないから、バックアップも自前で用意するしかなくてさ。さっき出かける前に電話で頼んどいたのよ」
てことで、この代金、まず間違いなく経費じゃ落ちないよなー。かー、これで貯金ほとんど消えるわ。
「なんだかよくわかりませんが、『ゴルゴ13』の世界ですねー。すごいなあ」
良太くんもジェシカの後ろ姿を見送りながら、あいかわらず嬉しそうにそう言った。てか、キミも『ゴルゴ13』マニアなのか? あたしにはさっぱりわからんけど、そのキャラって日本人の心にそんなに浸透しとるのか?
まあ、そんなことはいいや。ともあれ、ここらが解散どきだ。
「さて。二人には悪いんだけど、ここらで今日はお開きとしましょう。ごめんね、良太くん。変なことに巻き込んじゃって」
あたしが謝ると、良太くんはまたあの爽やかな笑顔と共に手を振ってみせた。
「いいんですよ、ひかりさん。いやー、非日常を味わえて楽しかったです。じゃあ、タカシ。明日の学会発表、がんばれよ」
タカシくんは、気弱そうな笑みを浮かべてうなずいた。
「うん。ありがとう、良太くん」
片や呼び捨て、片やくんづけかあ。なんか両者のパワーバランスがしのばれますなあ。
「おっと、電話で思い出した。タカシくん、携帯出して」
「え? は、はい」
タカシくんが差し出したのは、めちゃくちゃ小さい名刺サイズの携帯だった。
「おー、スマホじゃないんだ?」
「スマートフォンは高くつくからと、父に止められてまして……」
だからって、こんなマニアックなのにしなくても。
「あなた、あたしと同い年だけど、もう大学も大学院も卒業しちゃったハカセくんなんでしょ?」
「といっても、ただのオーバードクターですから、お金を稼いでるわけじゃないんですよ」
天才もお金にはならんのか。なんだかよくわかんないけど、大変なんだにゃー。
ともあれ、あたしはタカシくんの携帯を受け取ると、なめるように筐体をチェックしたのだが……、外からじゃやっぱ何もわかんないや。
「これ、電話番号とか、どっかに控えとってある?」
「一応、コピーはとってありますが……」
「さすがはハカセくん。理系だねー。んじゃ心おきなく……」
あたしは携帯を地面に落とすと、ブーツのかかとで思い切り踏んづけた。パキッと良い感じの音がした。
「ぼ、ぼくの携帯……」
うわ、タカシくん、泣きそう。
「ごめんね。でも、今んとこ、こいつが一番怪しいからさ」
「怪しいって……?」
「キミ、どこへ行っても、誰かにつきまとわれてるじゃん。最初は誰か内部の人間から情報が漏れてるのかと思って、どこにも連絡しないでたんだけど、それでもさっきみたいなことがあったんじゃ、キミ本人がトレースされてるとしか思えないでしょ」
「それで、携帯ですか?」
「他に、電波発信しそうなもの持ってる? ノートパソコンとかタブレットとかは?」
「パソコンは、充電しようと思って、さっき部屋に置いてきました。他に電子機器は持ってません」
「じゃ、やっぱり携帯電話かなー」
「かなー、って。ひかりさんの携帯はどーなんです?」
「あたし、今、携帯持ってないもん」
「えー?!」
「仕事用のは、せっちゃんと別れるときに、せっちゃんのバッグにつっこんできちゃったし、私用のは部屋に置いたままだよーん」
そうなのだ。この仕事してると、どうしても通信装置の守秘が重要問題なもんで、気軽にスマホでSNSってわけにはいかないのよ。おかげでレスが遅いってんで、友達の評判わりーわりー。
「そですか」
タカシくんはがっくり肩を落とした。
「こう見えて、一応プロですから」
「はあ……。ところで、さっきの人たち、空港で襲ってきた装甲服と関係あるんでしょうか?」
「わかんない。本当に公安三課だとしたら、関係ないとは思いたいけどね」
「本当に、って、さっき、あのジェシカさんて人がそう言ってましたよ」
「彼女がハッキングした情報自体が偽装かもしれないでしょ。それに三課だとしたら、それはそれで変だしなあ」
「何がです?」
「警視庁の公安三課ってのは、確か、国内の右翼団体担当なのよ。明らかに管轄外でしょ。国際テロなら外事第三課のはずなんだけど」
「アメリカの人種差別主義者も、ライト・ウィングといえばライト・ウィングですが……」
「なんで、そこだけ急に英語なのよ。とにかく、こんなとこで考えてたってしょうがない。キミは明日、サクッと学会に出て、明後日そのままアメリカに帰れば、それでいいんだって。それまでは気合い入れて守ってあげっから」
「よろしくお願いします。……なるべく穏便な方向で」
一言多いぞ、おい。ま、それだけ減らず口が叩けりゃ大丈夫かな。
「さて、ちょいと遠回りして帰りますか」
「それも用心のためですかぁ?」
タカシくんが情けない声を出した。
疲れてるのはわかるが、こんなときにわざわざ友達と会いたがったのはキミのほうなんだから、少々のことは我慢してもらいましょ。
「あったりまえでしょ」
それに、ちょっと腹ごなしの運動もしとかないと、晩ご飯食べらんないしね。
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