第14章
いきなり、あたしの寝室に備えつけてある警報ブザーが低い音を立てたのは、夜中の三時過ぎだった。どんなに宵っ張りの学生でも、定期試験前でもない限り、深夜アニメが大好きな子とか、さすがに今どきあんまりいないと思うが深夜ラジオが好きな子以外は、とうに眠りについている時間帯だ。
あたしはと言えば、寮母の大山のおばちゃんが夕食に出してくれたほっけの塩焼きがあまりに旨くて、ご飯をおかわりしてしまったせいで、食べ過ぎで動けない夢を見てうなされてたとこだった。やっぱ、喫茶店でケーキお代わりしたのが失敗だったよ。
んなこたぁさておき、敵襲だよ、敵襲。
警報が鳴ったとたん、あたしはすぐに目を覚まして枕元のスイッチを切り、机の上のノートパソコンを開いた。
スリープ状態から即立ち上がった液晶画面に、寮の周辺に張り巡らされたセンサーとカメラからの情報が映し出された。
おいおい、丘の東側の裾野に、完全装備の特殊部隊っぽい皆さんがお出ましだよ。どこのハリウッド映画ですか、これは? 西東京の一角でこんな光景があり得るとしたら、ちょっと気合いの入りすぎたサバゲーマニアのおっちゃんたちくらいだよ、普通思いつくのは。
つか、まーた見つかっちゃったわけ? 萎えるなあ。
我が清風荘は、学校を見下ろす丘の上に一軒だけ立っている。なんでも、戦後男女共学にしようという話になって、新たに女子寮を新設する際、不埒な男子学生がうかつに近づいたりできないように、見晴らしのいいこの丘の上に建てたんだとか。まさに天然の要害なんである。これが困ったことに、坂道が急で上り下りが結構大変なんだ。
とはいえ、なんたってうちはこのへんじゃそれなりに名の通った高校の女子寮でしょ。なんとか内部に侵入しようとするアホは後を絶たなかったりするわけなのよ。
そこで、かなり前から学校側はセキュリティを思いきり強化することに決めたわけ。ちょーメジャーな警備会社に頼んで最新鋭のセキュリティ装備をびっしり張り巡らしちゃってるのよ。この築うん十年のボロい建物に。天然の要害が今や電子の要塞と化してるわけですよ、マジな話。
払いがいいもんだから、警備会社のほうも張り切っちゃって、毎年、新製品つけ加えたり交換したりしてるもんで、もはやヘタな銀行なんかより厳重な保安体制ができあがってます。おかげで、寮生たちが門限以降に抜け出しにくくなっちゃったんで、実は住んでる女子生徒には断然人気がなかったりするんだけど、それでも、下着盗まれたり、風呂覗かれたりするよりはマシなんで、皆、我慢してるって感じ。
ともあれ、ちょうど便利なので、あたしは「がくはん」のコネを使って、寮や学校側に内緒で、このセキュリティシステムの管理者権限もらって、使わしてもらってるんだよね。
でもって、そのセキュリティシステムが誇る暗視カメラの四番と五番に今ばっちりと映ってるのが、丘の裾野の、学校や市街地とは反対側の、林の手前に完全武装のおっさんたちがずらりと並んでいる姿なのでありました。
ざっと見たところ、十人はいるよなあ。二個分隊くらいか。皆さん、お揃いの耐火仕様っぽい無地のボディスーツの上から防弾ベスト着て、フードで顔を隠した頭には暗視カメラつけ、手には自動小銃を持っておられますですよ。今回はあのロボだかパワードスーツだかはいないのか。あれ一台こっきりしか持ってないってこと?
それにしてもアホな連中。キミらは丘に張り巡らされたワイヤーやらレーザー光やらをうまく避けたつもりだろうが、そっちは素人向けなのさー。あんたたちみたいなの用に、地面に感圧センサーがずらっと埋まってるのまでは気づかなかったみたいですな。……普通、高校の女子寮のセキュリティにそんなものが使われてるとは、誰も思わないだろうけど。
あたしは、カメラの一つをこちらから操作して、彼らの後方へと動かし、さらに四方へと回転させた。彼らの隠れてる場所の反対側、市街地側の道路脇に、見慣れないメーカー名が描かれているでかいトレーラーが一台停まってる。こいつが移動ベースだな。
周辺に狙撃手の姿は見当たらない。というか、本来、警察や軍が建物に突入するときは、四方に狙撃手を配置するもんだけど、うちの寮は小高い丘の上にあるし、まわりには高い建物がないから、うまく配置しようがないのだ。
さて、警報が鳴ったってことは、警備会社と警察にも同時に通報が入ってるわけだ。つっても、こんな完全武装の戦争バカの相手をおまわりさんやガードマンさんたちにさせるわけにはいかないし、ここはこっちから先に派手に動くしかないか。
あたしは、ジーンズにTシャツ、黒の革ジャンに茶色いウェスタンブーツといういつものスタイルに急いで着替えると、部屋の隅に置いてある小型金庫を開けて、夕方持っていったP380の隣にある、昔、父からもらったコルトガバメントと弾込め済みのマガジン四本を取り出した。
銃にマガジンを挿し、スライドを引いて最初の弾をチェンバーに送り込む。ハンマーが起きているのを確認して、セーフティをロックしてから、銃身をジーンズの前に挿す。
予備のマガジンをまとめて革ジャンのポケットに突っ込み、部屋を出た。
廊下に出るなり、近くの火災報知器のスイッチを入れた。
とたんに、廊下の非常灯がともり、さっき部屋で聞いた警報とは段違いのボリュームで、かん高い警報が建物じゅうに鳴り響きだした。
他の女子たちの個室から、慌てて起き出す物音が聞こえてきた。つか、なんか、何かが雪崩起こして崩れ落ちたような派手な音がして、隣の部屋からナカチーが顔を出した。昼間、あたしに服を貸してくれた子だ。
「ナ、ナカチー。だいじょぶ?」
あたしが声をかけると、ナカチーはやぶにらみの目でこっちをにらんだ。
「メガネ、どっかやっちゃって……。てか、火事、どこ?」
「さあ……。誤作動なんじゃない?」
「んなぁにいいい?!」
「つか、ナカチー。あたし、甘利先生の甥っ子連れて、ちょいとフケるんで、寮監によろしく言っといて」
「ちょ、ま、何て言えばいいのよ?!」
「甘利先生の見舞いに行ったとか」
「この夜中にかー?!」
「んじゃ、朝のジョギング」
「おい!」
叫ぶナカチーに背を向けて、あたしは廊下の端にある階段を一気に駆け下りていった。
一階には、たまに生徒の父兄が地方から出てきたりしたときに利用してもらうための部屋がいくつかある。実のところは、今どきこんなオンボロ学生寮に入りたがる生徒なんかそんなにいない(要は苦学生か物好きかだけ)んで、部屋はいつも余ってるから、それを来客用に空けてあるだけなんだけどね。
そのうちの一つ、タカシくんが泊まってる部屋のドアをガンガン叩くと、中から、
「ちょっと、ちょっと待ってください。今、服着てるんで……」
と、タカシくんの声が聞こえてきた。
「三秒以内に開けないと、ドア蹴破るよー!」
あたしが大声を上げると、ドアが少し開いてタカシくんが顔を出した。
「か、火事は? 火元はどこですか?」
「んなこたいいから、とっとと動く。だいたい、キミ、荷物はほとんど空港に置いてきちゃって、着替えなんか今持ってないでしょーに」
「ち、近くのコンビニで下着と靴下だけはなんとか……」
おのれはまたあたしに黙ってふらふらしとったんかい。ったく、しょーがないなー。
「なんでもいいから!」
あたしは、ドアノブを思いきり引っ張ってドアを大きく開いた。
「わ、ちょ、まって……」
とかなんとか言いながら、タカシくんが転がり出てきた。上は白い丸首シャツ一丁だけど、下はちゃんとジーンズをはいている。ただし裸足だ。
「それで充分! とっとと靴はいて!」
「まだ靴下が……」
「んなもんいらん!」
あたしは部屋の中に入ってドアのそばに置かれていたスニーカーをつかむと、タカシくんに投げつけた。
「時間ないの。ついてきて」
そう言うなり、あたしは再び階段へと向かった。寝間着のままどたどた下りてくる寮生たちと逆に階段を上へと上っていく。
「ど、どこ行くんですか?!」
タカシくんがうしろから聞いてきた。
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「え? じゃ、じゃあ、良いニュースから」
「キミ、好きなおかずから先に食べる派なのか~」
「そういう問題ですか? じゃなくて、ニュースは?」
あたしは、階段の一番上までたどり着き、屋上へと通じるドアに手をかけて、タカシくんを振り返った。
「良いニュースは、これは火事じゃないってこと。悪いニュースは、またぞろ変なのがキミを狙ってやってきたってこと」
「ええー……」
タカシくんは、がっくりと肩を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます