第12章
思いっきり小バカにした感じで、口元にへらっと笑いを浮かべて上目づかいに女を見てやった。おばはんは、額に青筋どころか、顔は真っ赤で、首筋の血管まで浮いてきて、手なんか小刻みに震えてる。高血圧で倒れたりしないでね。
「警部!」
部下らしき黒服の一人が、店に入ってきて女に声をかけると、近づいてきて何やら彼女の耳元で囁いた。てか、最初に大声で階級呼ぶのやめれって。いよいよ、店員やら他のお客やらの視線を集めまくってるよ、あたしたち。てか、皆、耳がダンボ状態になってるに違いない。
女、てか、どうやら警部殿らしい、は部下の耳打ちに納得したようにうなずくと、再びあたしをにらみつけた。
「なるほど。空港でひと暴れしたっていう『がくはん』のエージェントね。あなたたちのおかげで、こっちは大迷惑なのよ」
「そりゃまた失敬」
「警察庁も文科省も何考えてるんだか。あなたみたいな小娘、マル対につけるなんて」
女は大げさにため息をついてみせた。おー、イヤミ対決でくるってか、こんにゃろー。
「おー、テレビドラマみたい。ほんとにマル対とか言うんだー。てか、警察丸出し?」
一発でまた額に青筋たててやんの。ちょろいぜ、おばさん。
「いいかげんにしなさい、お嬢ちゃん。スケ番のスパイごっこにつきあってられないわ」
おお、なんと大時代な。
「今どきスケ番て。マンガじゃないんだから。それこそ、おまわりさんのスパイごっこなんて今どきはやんないよ、おばさん」
「貴様……、大人をなめるなよ」
女のうしろに立っていた部下の黒服が、前に出てきて右側からあたしにつかみかかろうとした。
あたしは、女から視線を外さないまま、ヒップホルスターからP380を引き抜き、右腕を伸ばして男の額にぴたりと銃口を向けた。
男は、その場で変な彫刻みたいな格好で凍りついた。
女がすかさず自分の銃をショルダーホルスターから引き抜いてあたしに向けた。もちろん、彼女の銃も部下と同じP230だ。
いや正確には、彼女が自分の銃を向けようとしたとたん、あたしは机の上に置いてあったほうのP230を空いている左手でつかみ、一瞬早く女の胸元に銃口を向けたと言うべきか。
店内のあちこちから息をのむ声や小さな悲鳴が聞こえてきた。でも、誰も表に駆け出そうとしない。野次馬だなあ、みんな。やっぱ日本は平和だ。
とはいえ、さすがに携帯やらコンデジやらで写真撮ろうって人はいないみたい。いや、一人、携帯取りだしてこっち向けた途端、黒服にじろりと睨まれて、あわてて携帯引っ込めてたのが視界の端に見えてたけど。
「いいかげんにしとけよ、ド素人」
あたしは女を真っ向からにらみ返した。
「こっちゃ、仲間やられて頭にきてんの。くだんない縄張り争いする気なら、容赦しないよ」
女も、部下の男も、黙ったままゴクリと息をのんだ。
「つか、あんた、その銃、安全装置外したのはいいけど、まだチャンバーに弾が装填されてないんじゃないの。そのままじゃ引き金引いても弾出なかったりして」
「な、何を……」
「この、あんたの部下の銃がそうだったからさ。日本の警察がどういう教育してんのか知らないけど、銃は抜いてからスライド引いてたんじゃ遅すぎでしょ。持って出るときにいつでも撃てるようにしとかなきゃ。参考までに言っとくと、あたしはさっき薬室に弾込めといたから」
女の銃を持つ手がカタカタと震えだした。
遅ればせながら銃を抜こうと、男が懐に手を入れようとした。
あたしは男の方を向き、その目をまっすぐににらんだ。
男は、気圧されたように再び動きを止めた。バカめ。
「あたしのパパの教えなんだけどさ。『抜くときは撃て。撃つときは殺れ』ってね」
「こ、こんなところで、人を殺す気? しかも、わたしたち、警官なの、よ……」
あたしは、もう一度、女の方を向き、静かに言った。
「試してみる? 日本の常識が誰にでも通じると思ってたら、不幸なことになるよ」
女は、ゆっくりと自分の銃を、テーブルの上に置き、手を頭のうしろに組んだ。
部下の男も、彼女に倣って、手を頭のうしろに持っていく。
「ついでに、さっきの警察手帳、見せてもらえるかな。あ、もちろん、ゆっくりとね」
女はゆっくりと右手を下ろして、胸元の内ポケットから手帳を取り出し、開いてみせた。
「なるほど、ほんとに警部なんだ。警視庁の戸村京子警部殿、ですか。その歳で警部ってことは、いわゆるノンキャリア組ってことかな?」
図星だったらしい。女、いや、戸村警部の顔に朱い色が差した。警部になるまで十年以上、コツコツ働いてきて、女性の身でついに公安の係長まで昇進したってわけだ。そりゃ、きっつい性格にもなるわ。その割には緊急時の対応ができてなさすぎだけど。
かくいうあたしも一応ノンキャリア組公務員なんだけどねー。もっとも、うちは室長以下キャリア組は一人もいないわけですが。
「さて、なんで警視庁公安部の皆さんが、あたしらの監視をしてるのか、教えてくれる? と・む・ら・け・い・ぶ」
「こ、公安って?」
「何とぼけてんの。公安以外に誰がこんなまわりくどくて根暗な尾行すんのよ」
「あ、あなたね。文科省のにわかスパイがわたしたちに太刀打ちできると思ってるの?」
セリフだけは威勢が良さそうだけど、声が震えてるのが残念な感じですな。
「この状況でよくそんなことが言えるにゃー」
「だいたい、ど、どっちが素人よ。バックアップも、いないくせに。表には、わたしの部下が、何人も待機してるのよ。この人数差で勝てるとでも……」
「バックアップなら用意してるよーん」
あたしは、黒服に狙いをつけていた右手のP380を、真上に高く掲げてみせた。
とたんに、店の外から、けっこうでかい破裂音が聞こえてきた。正確には、タイヤがパンクする音だ。
「なっ?!」
さらにもう一発。
今度こそ、店内に悲鳴が響き渡り、お客たちが我先にと店の外へ逃げ出した。音がしてるのは、店の外なんだけどなあ。
ともあれ、あっというまに店内は、あたしたちと、あたしの背後の壁際の席に座って、さっきから耳にイヤホン挿してかたかたノートパソコンのキーボードを叩いてる女性客だけになった。
「外、見てみ」
あたしに言われて、戸村警部とその部下が窓から外を見る。
黒いバンの前では、黒服たちと制服警官たちが、空を見上げてきょろきょろしている。
戸村警部がこちらを振り向いた。
「狙撃手か?!」
「次はタイヤじゃすまなくなっちゃうんだけど、どーする?」
「ど、どーする、って……」
「だいたい、こんな公衆の面前でど派手な銃撃戦とかやらかしたいわけ? すでにかーなーり派手なことになっちゃってるとはいえさ。始末書山ほど書いたあげく、うまくいって離れ小島か山奥の交番勤務、ヘタすりゃクビがとんじゃって困るのは、あたしじゃなくてそっちだと思うんだけどにゃー」
あたしは、左手に持っていたP230をテーブルの上に置き、警部の銃と一緒に、彼女のほうに向かって押してやると、右手のP380を彼女に向け直した。
「わかったら、とっととどっか行ってくんない? あんたらみたいなでかいお荷物にまとわりつかれてちゃ、目立ってしょうがないのよ。今度まわりでうろちょろしたら、問答無用で始末させてもらうんで、そこんとこよろしく」
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