第11章
「お待たー」
タカシくんと良太くんが待つテーブルに戻ると、二人は窓の外の光景を一心に眺めていた。
「どしたの?」
あたしが聞くと、タカシくんがこっちに顔も向けずに、
「なんか、表で騒ぎがあったみたいなんですよ」
と、答えた。
「ひかりさんが『護衛』とか言うから、タカシくんが狙われたんじゃないかと思って、一瞬どきっとしちゃいましたよ」
と、良太くんがこっちを向き、白い歯を見せてにっこり笑った。そうそう、人と話すときはこうじゃないとねー。って、護衛の話、冗談か何かだと思ってんのかよー。
まあ、それはいいやと思って、あたしも窓の外を眺めてみた。
道路の向かい側に人だかりができている。駅前交番のおまわりさんが応援を呼んだのか、制服警官が六、七人に増えている。駆けつけてくるのに使ったらしい、自転車やらパトカーやらも道路上に駐車していて、パトカーの屋根の警告灯が赤い光をまわりにふりまいていた。
もちろん、彼らの捜査の対象は、あの黒いバンだ。あたしが倒した三人は、意識は取り戻したものの、まだふらふらしているようだ。道路に転がっている二人は、立てずに体育座りでへたり込んでいるし、ドライバーは警官たちに車外に担ぎ出されて、道路の上に寝かされている。警官たちが質問しようとしているが、三人とも答を拒んでいるようで、警官たちが互いに困った顔を見合わせていた。
警官のうち何人かはその様子を遠巻きに見ている野次馬たちに目撃情報を聞いてまわっているようで、何人かの見物人があたしと男たちの格闘の様子を身振り手振りで懸命に伝えようとしていた。
あたしたちが見ているうちに、救急車も到着して、救急隊員たちが警官たちを押しのけ、男たちの様子を検診し始めた。
ところが、救急車のサイレンが止まったと思ったら、遠くの方から別のサイレンの音が近づいてきた。またパトカーかと思って見ていると、停まっているバンと全く同じタイプの黒塗りのバンが、屋根に小さな警告灯を乗せ、真っ赤な光とサイレンの音をふりまきながら近づいてきた。
救急車を追い越そうとしたところで、野次馬を整理していた警官に制止され、急ブレーキをかけたかと思うと、そのまま道のど真ん中に停車した。まわりの迷惑とか考えないタイプだなあ、こりゃ。
停まったバンのドアが開き、背広姿の男たちがばらばらと通りにおどり出てきた。みなさん、安物の黒いスーツに黒い靴。ショルダーホルスターをつけている。あたしが殴り倒した、最初のバンの連中とまったく同じ格好だ。
男たちは、警官や救急隊員たちを押しのけ、あたしが倒した連中のそばに駆け寄ると、彼らを担ぎあげようとした。
あたりまえだけど、とたんにそばにいた警官たちに制止され、押し問答になる。救急隊員たちも横から大声で「今動かしちゃダメ」とか「精密検査が」とか叫んでる。
「うわー、なんか大変な感じになってきましたね。誰なんだろう、あの人たち」
タカシくん、キミのその口調は全然大変そうに聞こえないよ。
「警察と揉めてるとなると、普通、ヤクザだけど……」
と良太くん。
「……あの人たち、サイレン鳴らしてたよね」
タカシくんは、おもしろそうにそう締めくくった。
やがて、サイレンを鳴らしてやってきたほうの黒いバンの、助手席のドアが開き、女が一人下りてきた。お、なんか高そうなスーツ着てんぞ。グッチとかフェラガモとかかな? もしかしたら、今朝、せっちゃんが着てたのより確実に高いんでないかい。ただし、靴がローヒールどころか全然ヒールがないのが惜しいね。実用本位に徹するか、仕事柄もわきまえずにがっちりおしゃれしちゃうか、どっちかはっきりできてないところがダメな感じ。そーゆー女が一番信用できないんだぜ、青少年諸君。
身長は百六十センチ、いや、もっと低いか。歳は、……遠すぎてよくわかんないけど、三十五は余裕で過ぎてるかな。
女は、男たちと揉めている警官たちのそばにおもむろに近づくと、懐からなにやらバッジのついた定期入れみたいなものを取り出した。つか、ありゃ警察手帳だな。なんでい、同業者か。うあー、めんどくせーことになったかも。
手帳を見たとたん、制服警官たちはその場に直立不動の姿勢になって、女に向かって敬礼した。うわー、お偉いさんなんだ。てか、遠目に見ていても、何から何までパワーエリート臭がぷんぷんしてますな。
「おー、なんだか新展開」
あたしの隣で、良太くんが嬉しそうにつぶやいた。楽しんでるなあ。
良太くんの言ったとおり、女が登場して何やら指示を出し始めたとたん、状況が一変した。あたしに殴り倒された黒服たちは、彼女の部下とおぼしき黒服たちに、自分たちが乗っていたバンへと乗せられた。そして、あとから来た黒服の一人が、バンを運転して去っていってしまった。
さらには、救急車もパトカーもその場を去り、内心は不満なのか現場を立ち去ろうとしない交番勤務らしき制服警官数名と、屋根に警告灯を乗せてあとからやってきた黒いバン、そして黒服の男たちとその上司らしき女だけが残った。
黒服の男たちが、まるで威嚇するかのような鋭い視線で、見物人たちをにらみつけたせいで、野次馬たちも三々五々すがたを消しつつあった。
今どき、こういう強引なやり方で野次馬散らしたら、逆にネットとかで噂になるんでないかい? まあ、他人事ですが。
とか思って見てたら、男たちの一人と何やら話してた女が、なんかこっちのほう向いてにらんでる気が。
「あれ?」
良太くんが声を上げた。
「なんだろ? こっち来ますよ」
タカシくんも不思議そうに窓の外に目をこらした。
来ますよも何も、やっぱ、思いっきりこっちにらんでない?
とか思ってたら、女はズンズン大股で一直線に喫茶店に向かって歩いてきた。ドアを乱暴に開け、店内を見回して、あたしたちの座ってるテーブルに目をやると、そのまままっすぐこっちに歩み寄り、あたしの目の前で立ち止まった。
「なんなの、あなた?」
女は、あたしをまっすぐに見据えている。近くで見ると、細面のけっこうな美人である。胸はあんまりないが、余分な脂肪もいっさいない。背の低さを除けば、理想的なモデル体型と言ってもいいかも。首筋くらいまでのショートにカットした髪はきれいに整ってるし、目鼻立ちもすっきりしてる。ただし、濃い化粧で五割増しくらいしてんな、こりゃ。歳は三十代後半、ヘタすりゃ四十突破けってー。それにしてもキレてますなあ。てか、店内の人々の注目を集めちゃってんですけど。いいのか、おい。
「『なんなの』はこっちのセリフ。どこのどなたか知りませんが、高校生の会話、盗聴して楽しい?」
あたしは、むかっ腹をおさえながら、なるべくていねいな口調でイヤミを言ってやった。
「な、何を……」
女が何か言いかけたけど、いい加減むかついてたんで、それをさえぎるように、さらにたたみかけてやる。女子高生の口げんかの恐ろしさ、思い知らせてやるぜ、おばさん。
「エンジンかけっぱなしの黒塗りのバンが、この暗いのに無灯火のまんま、駅前にずーっと停まってるってのは、ちょっといただけないにゃー。大昔に書かれたマニュアル通りなんだろうけど、プロはもうちょっと機転を利かさないとね。せめて、嘘でもどっかの会社のロゴ貼っとくとかさー」
「あなた、一体何者?」
女は額に青筋を立ててあたしをにらんだ。つか、それしか言えませんか?
「人に名前聞くときは、まずは自分から名乗るべきなんじゃないかにゃー。ま、警察官なのは、さっきおまわりさんたち相手にバッジ出してたから、とっくにバレちゃってるけどにー」
あたしは、ポシェットの中から黒服の男たちの一人から奪った拳銃を取り出し、テーブルの上に静かに置いた。
「シグ・ザウエルのP230かあ。なんでこんなのと思ったんだけど、おまわりさんなら納得だ。JPモデルとかって言うんだっけ? .32ACP弾六発て、今どき私服警官がこんな火力不足のハンドガン持ってるなんて、日本くらいだよねー」
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