第10章
その真っ黒なバンは、道路を挟んで喫茶店の向かいに、エンジンを切らないまま停車していた。
喫茶店の中から外を見ていたとき、そいつがずーっとその場に停まっていることに気づいたのだ。
あたしは車の波が途切れるのに合わせて足早に道路を渡ると、後ろからバンに近づき、右手をあげて運転席側の窓を軽く叩いた。
「おじさーん、こんなとこに車停めてられっと邪魔なんだけどー」
窓が下がって、めんどくさそうな顔をした黒い背広姿の男が顔を見せた。自分で刈ったのかと思うほど適当な刈り方の短髪と、がっしりとした筋肉質に、安物の背広が全然似合っていない。助手席には誰も座っていない。ドライバーのバックアップも乗せてないとは、なんだこのど素人っぷりは。
あたしは、開いた窓に左手を突っ込むと、ドライバーのネクタイをつかんで思いきりひっぱった。
「な?!」
不意をつかれた男が反応しようとする前に、あたしは平手にした右手を男の首筋にある急所に思いきり叩き込んだ。さらに、今度はこぶしを握り、顔面の急所に正拳を撃ち込む。三発目を耳の後ろに叩き込む前に、男は意識を失ってぐったりとしてしまった。どんだけ身体鍛えようとしても、顔は誰にも鍛えられないんだよねー。あたしは男を車内に押し戻した。
「おい、何してる?!」
車の後部から、異変に気づいた男たちが声を上げた。
あたしはそれにかまわず、ドアから離れると、そのまま地面に身を伏せ、一気に車の下に潜りこんだ。
後部のドアが開き、男が二人、ドタバタと車外に飛び出してきて、運転席側にまわりこみ、あたりを見回しているのが見えた。正確に言うと、そいつらの足下が見えた。
あたしは、勢いよく車の下から転がり出ると、そのまま男たちの足下にぶつかっていった。勢いよく男たちの足をふっとばす。
いきなり足下をすくわれた形になって、男たちは二人ともその場に尻餅をついた。二人とも、ドライバーと同じ、安物の黒い背広を着た筋肉質の男たちだった。背丈はあたしより十センチ以上高い。てことは、一八〇センチ以上あるってことだ。ま、日本の典型的な体育会系出身者って感じ。昼間出会ったFBIの二人組と背格好と良い服装と良い、どことなく似てるのに、なんだか貧乏くさいのは、背広の値段か、それとも鍛え方の差か。歳は……、二十歳過ぎたおっさんの歳は、見た目じゃあたしにゃわからん。
あたしは、まだ地面に寝転んだまま、自分の足先に近いほうの男の顔に、右足のつま先を叩き込んだ。そして、自分の顔に近いほうの男に両腕を伸ばし、首筋をつかんで、ぐいと引き寄せる。そのまま両腕で抱き抱えるようにして首の頸動脈を圧迫していく。このまま首を勢いよくねじって、殺してしまったほうがてっとりばやいんだけど、相手の正体がはっきりしていないのに、そこまで先制攻撃しちゃうのは、さすがにちとまずい。
首を絞めつつ、今度は右足のかかとで、顔を押さえてうめいている男の額に蹴りを入れ、車のボディにぶつける。後頭部を思いきり車にぶつけた男は、そのまま前のめりにゆっくりと倒れた。
あたしに首を絞められているほうの男の身体から力が抜けていく。あたしは、本当に男が気を失っているのを充分確認してから、腕を緩めて立ち上がった。
銃を持ってくるまでもなかったか。まあ、こんなところで撃っちゃうと、銃声が響いて大騒ぎになるから、なるべく使う気はなかったから、ちょうど良かったんだけどね。
銃といえば、男たちは二人とも、背広の下から、自動拳銃の入ったショルダーホルスターが顔を出していた。
まわりを見回すと、行き交う人たちが、おそるおそるこちらを遠巻きに眺めている。こりゃ、あっというまにおまわりさんが来ちゃうかな?
あたしは、男たちの服のポケットを手早く探った。二人とも携帯電話と札束を留めたクリップ、それに若干の小銭を持ってただけで、財布一つ持ってない。ついでに言えば、銃の換えマガジンもなし。
長居は無用。あたしは片方の男のホルスターから拳銃を抜き取るとホットパンツに銃身を差し、まわりに聞こえるように、
「ふざけんな、おっさん。二度とスカートの中、盗撮とかすんじゃねえぞ!」
と大きな声を上げてから、駅前の交番から制服警官が駆け寄ってくるのを後目に、足早にその場を立ち去った。
去り際に開いたままの後部ドアから、バンの中をちらりと見ると、案の定、車の後部は通常の座席も何もかも取っ払って、盗撮・盗聴用の機材がぎっしりと詰め込まれていた。
再び、路地に駆け込み、今度は少し遠回りしてから、タカシくんたちがいる喫茶店に、やはり裏口から戻る。女子トイレに入ると、隠してあったジャケットを着て、髪留めを外す。自分の銃は腰のヒップホルスターに刺したまま、代わりに、奪ってきた拳銃をポシェットの中に入れると、何事もなかったような顔でトイレを出た。まずは先制攻撃成功、ってことでいいかにゃー。
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