第9章

 目的の駅に着いたときには、夕陽が暮れかかってきれいな夕焼け空が広がっていた。駅前はちょうど帰宅ラッシュが始まっていて、家路を急ぐ学生や、夕飯の買い物の主婦で賑わっていた。サラリーマンのお父さんたちがドッと帰ってくるのはまだまだあとみたいで、背広姿は少ない。二十一世紀だってのに、てか、延々と不況も続いてるってのに、日本人は勤勉だなあ。いやまあ、そう言うあたしも身辺警護の仕事中なわけだけどね。


 待ち合わせ場所の喫茶店の、窓際の席で待っていたのは、なかなかに爽やかそうなイケメンの男の子だった。立ち上がって手を振る姿は、まるで男の子向けファッション誌の読者モデルみたいではないか。


 ファッションといえば、着てる服もなんか高そうだぞ。


 さりげなく着てるシャツもジーンズも、いや、ベルトや靴下にいたるまで、ちょっとしたデザイナーズ・ブランドだし、スニーカーはいまどきナイキのエア・ジョーダンときてる。腕時計なんてタグホイヤーのクロノグラフでやんの。上から下まで数十万てところか。おっかねもちーー。


 てか、高そうな衣装が全然イヤミに見えない自然な着こなしっぷりがまたキマってる。


 MITと大文字でプリントされたぶかぶかのスウェットと、どこのブランドかもわからないジーンズに底のすり減ったスニーカーといういでたちのタカシくんとは雲泥の差だ。


 くそー、着替えてくりゃよかった。空港でドタバタしたせいでしわだらけだもんなー。いや、めったに着ないかわいい系の格好してるぶんマシ、てか、正解かも。ナカチー、むりやり貸してくれてありがとー。あとでちゃんと洗濯して返すよ。ところどころ伸びたりほつれたりしてるかもしんないけど。


 タカシくんは、嬉しそうにニコニコ笑いながら、


「良太くんです。幼稚園時代からの友達なんです」


 と、イケメンでお金持ちっぽい友人を紹介した。


「幼稚園て、昔は日本に住んでたんだっけ、タカシくん?」


「小学校からアメリカなんですよ。まあ、すぐにどんどん飛び級したんで、大学入る前のことはあんまり覚えてないんですけど」


 さいですか。しかし、幼なじみつっても、それじゃいつから会ってないんだよ。


 あたしが怪訝な顔をしていたせいか、タカシくんはあわてたように、


「十歳になってからは、ずっとパソコンで連絡を取り合ってたんですよ。最初はメールだったんですけど、最近はIP電話とか便利なものもできましたし」


 かー、十歳からパソコンて、キミも実はお金持ちなのか、タカシくん。


 などと、あたしの脳内を札束が飛び回っているのも知らず、タカシくんの友達が、スッと立ち上がって、あたしに向かって笑顔を振りまいた。は、歯が白いぜ。


「貴島良太です。よろしく」


 おお、挨拶も何と爽やかな。今の日本にこんな高校生がいたなんて。いいじゃんいいじゃーん。こんなところで運命の出会い?


「新宮ひかりです。あたしは博士の護衛なんで、気にせず二人で旧交を温め合ってください」


 あたしはそう言うと、乙女っぽくほほえんでみた。いいんだよ、似合ってなくても。こーゆーもんは社交辞令なんだい。


「ところで、すいませんけど、もう少し違う席に移動してもらえます? ここは保安上最適とは言えないので、念のため」


 あたしはそう言って二人を店の奥のほうへと連れて行った。


 なんせ、通りに面した壁は、一面はめ殺しの大きなガラス窓になってて、外から丸見えだったからだ。窓際だと外から見つけられて狙われたら一発でおしまいだかんね。特に、これから外が暗くなって、店内がよく見えるようになっちゃうし。


 そんなわけで、あたしは、店内にいる他の客を見定めつつ、中ほどにある丸テーブルの、入り口と厨房の両方を見わたせる位置にある椅子に腰掛けた。


「壁際にすわったりしないんですか?」


 あたしの向かいに座りながら、タカシくんが不思議そうに聞いてきた。


「なんで?」


「いや、ほら、『オレの後ろに立つな』とか……」


「何それ?」


 きょとんとしたあたしに、タカシくんが、


「ゴルゴ13的なやつです」


 と小さい声で言った。


「いいのよ。この店の場合、隅に座っちゃったら外がよく見えないし、何かあったときに動きがとれないし」


 てか、せっちゃんの次はキミもか?! キミもそんなにゴルゴ13とやらが好きなのか?!


「なるほどー」


「なるほどー、じゃない。幼稚園出てすぐアメリカ渡ったくせに、なんで知ってんのよ、ゴルゴなんとか。キミ、実は経歴詐称してんじゃない?」


「い、いやいや。あのマンガ、父が好きなんですよ」


 ほんとかなー。お父さん、アメリカ人だって言ってなかったか、おい。


 あたしたちがアホな会話をしていると、タカシくんの隣に座った良太くんが、おそるおそるといった感じで口を開いた。


「……タカシ。さっきの『警護』ってマジなの?」


「うん。えーっと……」


 言いかけて、あたしの顔色をうかがうタカシくん。


「いいわよー、何でも話しちゃって。どうせ、誰も信じちゃくれないような話だし」


 あたしは、タカシくんから良太くんに視線を移して、


「さっきも言ったけど、あたしのことはお気になさらず」


 と言うと、手を上げてウエイトレスさんを呼んだ。ここのケーキ、けっこう都内のお菓子好きのあいだで評判なのだ。


   ***


 周囲を警戒しながら、男の子二人がああでもないこうでもないと話してるのをぼーっと聞いてるうちに、あたしはうっかりケーキを二つも食べてしまっていた。いかーん、出てくる前に寮で唐揚げ定食食べてきたとこなのに!


 つうか、なんだ、この科学おたくたちは? 延々とどこのパソコンがどうしたとか、何とか言う惑星が発見されたとか、遺伝子操作野菜がなんだとか、よく話が尽きないなあ。てか、やっぱ良太くんもタカシくんと同じ穴の狢だったか。危ない危ない。もうちょっとで、見た目に騙されるところだった。


 運命の出会いなんて、やっぱないよなー、と一人やさぐれていると、ふと、あるものが目にとまった。


「ちょっと席外すね。しばらく戻ってこないかもしれないけど、ここにいてよね」


 あたしは二人に声をかけてから立ち上がった。


「トイレですか?」


 タカシくんがもはやお馴染みになってきた無邪気な口調でそう言った。


「やっぱキミKYでしょ。女の子にそれを言いますか、普通」


「す、すいません」


 慌ててあやまるタカシくん。つか、どーして口を開く前にもうちょっと考えない。天才のくせに。


「戻ってくるまで、ここでじっとしてんのよ。わかった?」


「はい」


 ダメな犬をしつけるような気分になってきたなあ。ああ、めんどくさい。室長が何と言おうと、二度と護衛任務にはつくまい。心の中で堅くそう誓うと、あたしは足早に店の奥にあるトイレへと向かった。


 女子トイレに駆け込んで個室に入ると、すかさずポシェットを肩から下ろし、口を開けて中から髪留めとビニールの袋、そして小型拳銃を挿したヒップホルスターを取り出した。どれも、さっき寮を出るときに、万一に備えて持ってきたものだ。


 拳銃は、カー・アームズ社のP380。全長12.4センチという小ささが売りの護身用小型自動拳銃だ。弾は.380ACP弾が弾倉に六発(プラス、チャンパーに一発装填しておける)。個人的には、パワー不足すぎて全然趣味じゃないんだけど、とにかく小さいんで、今みたいな格好の時に持ち歩くのには重宝なんだよね。


 髪をポニーテールにまとめ、ジャケットを脱ぐ。ポシェットとジャケットは、ビニール袋に入れてしっかりと口を閉め、水洗トイレのタンクの中に隠した。まあ、変装とは言えないレベルだけど、これくらいでも、印象は変わるんだよね。


 ヒップホルスターを腰のベルトの右のお尻の上あたりに止めると、トイレを出て、そのまま調理場へと向かった。


 平然とした顔ですたすたと調理場を通り抜け、裏口から外へ出た。こういうときは「いかにもあたりまえ」というふりで通せば、けっこう誰も声をかけられない。仮に制止されたときは、適当にごまかしちゃえばいい。


 制止されないと言えば、ヒップホルスターに小型拳銃を差していても、誰も気にもとめないところが、日本のいいところ。なんだかわかってないか、わかってる人もモデルガンだと思ってるんだろう。これがアメリカなら、モデルガンだったとしても、いきなり警官に撃たれたって文句が言えないところ。最近は犯罪が凶悪化してきただなんだと言っても、やっぱり日本は平和だー。


 表の路地に出ると、あたりはすっかり日が暮れて暗くなっていた。路地を通って、喫茶店から充分離れたところで、表通りに出る。


 駅前の表通りは、街灯やらネオンサインやらで明るく照らされていた。あたしは今さっき出てきた喫茶店のほうに向かって歩き出した。


 さて、一仕事してくっかな。

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