第5章
「うおっしゃーっ!」
あたしはハンドルを右に切り、のろのろ走るバスの真ん前でタクシーを再び車道に戻した。
「む、むちゃくちゃだ……」
今度はタカシくんが情けない声を上げた。ええい、男のくせにだらしない。
「結果オーライっ!」
車はもう新空港自動車道に入った。あとは一路東京まで突っ走るのみ。
「でもない気がするー!」
再びせっちゃんが泣きそうな声を上げた。
「は?」
「うしろ! うしろ見て!」
バックミラーを覗いてみると、あのロボがぴったり後ろから追いかけてきてるのが見えた。てか、足、動いてないけど、なんじゃそれ?!
「しつこいっ!」
遠いし、ミラー越しなんでよくわかんないけど、どうやら足の裏から車輪だかキャタピラだかが出てるみたいだ。
「何アレ? 何アレ? 何アレーーー?!」
せっちゃん、子供にかえっちゃってない、ちょっと?
「こないだテレビでやってた古い映画で見た。GIジョーだっけ?」
あたしがいい加減なことを言ったら、
「あれは走ってましたよ」
と、タカシくんが冷静なツッコミを入れてきた。おお、案外落ち着いてんじゃん。
「じゃあ、なんか昔のロボットアニメ」
あたしがさらにいい加減なこと言うと、せっちゃんは前向いて、
「んなわけあるかーーーー!」
と叫んだ。
「だよねえ」
「だよねえ、じゃないわよ! だいたい、さっきの光学迷彩だって、それこそアニメじゃないんだから!」
アニメにそういうのがあるのか。あたしはまたハリー・ポッターかと思っちゃったぜ。
「とにかく、引き離して! わたしは応援呼ぶから!」
せっちゃんはそう言うと、携帯を取り出した。本部に連絡するつもりらしい。
「了解。ぶっちぎったるー!」
と口では言ったものの、今のところ時速百キロも出てないのだった。けっこう交通量が多くて、車線を右に左に変更しながらじゃないと、他の車を追い抜けないのだ。
つか、何の動力で動いてるか知らないけど、なんで自動車の速度についてこれてるのよ、あのロボは? それこそマンガじゃないつうの!
「本部! 本部! こちら37! コードレッド! 繰り返す! コードレッド! 08、14、18はダウン! 37、45は保護対象を連れて移動ちゅ……うじゃあーーー!!」
せっちゃんが本部に連絡してる真っ最中に、後方からライフルの銃撃音が聞こえてきた。
「ひかりひかりひかり、撃ってきたよー!」
あたしにも聞こえてますから!
「くっそ、次から次へと。マジ化けもんか」
あたしは、弾を避けるように、車を蛇行させながら、さらに前方の車を追い抜きにかかった。もし巻き添え食らう人が出たらかわいそうだが、こっちも命がかかってるんで、他人の心配までしてあげてる余裕が今はまるでない。
つか、二車線しかないっつーのに、両方ともふさがってるよ! 右は乗用車、左はトレーラー。どっちも後ろの銃撃戦に気づいて、びびってアクセル踏み込んじゃってて、道を空ける気配なし。それならもっとスピード出せやー!
「本部、本部? 敵の数? 一体です。パワードスーツが一体! え? ぱ・わ・あ・ど・す・う・つ! 冗談でも何でもないです! とにかく、至急応援よろしく!」
せっちゃん、それは本部も困ると思うぞ。現物見てるあたしですら、いまだに信じられないんだから。
「しっかりシートベルトつけといて! ちょっとヤバいことするから!」
あたしは、後ろの二人に向かって叫ぶと、急ハンドルを切ると同時に思いきり身体を右に寄せた。うまく左側のタイヤが宙に浮いた。
「ちょっ! ひかり、何すんの?!」
「ひいいいいいい!」
後ろの二人が、悲鳴を上げた。
「だあああ、うるさい。しゃべると舌かむよ!」
あたしは、タクシーを片輪走行させたまま、前方の乗用車とトレーラーのあいだに突っ込ませていった。
左後輪がトレーラーのコンテナ部をかすって、車がぐらっと揺れた。
「こなくそっ」
ハンドルを細かく切り返して、車のバランスを取りつつ、乗用車の前に割り込ませる。
「っせー!」
ハンドルを左に切りつつ、体重を思いっきり左にかけて、車を再び四輪走行に戻した。地面に左輪がドスンと落ちて、一瞬、車全体がバウンドした。
「……む、むちゃくちゃすんなっっ!」
せっちゃんがまた叫んだ。
「だから結果オーライだってばっ」
あたしがそう言った瞬間、背後でばかでかい爆発音が響き渡った。
ギョッとしてバックミラーをのぞき込むと、トレーラーが爆発炎上してひっくり返っていった。横を走っていた乗用車もそれに巻き込まれて吹き飛んだ。
そして、燃えさかる炎のあいだから、ロボが何事もなかったかのように姿を現した。あんにゃろう、残ってたグレネード弾、全部トレーラーにぶちこみやがったな。
「しつこいにもほどがあるっちゅーの」
あたしが思わず文句を言ってる後ろで、せっちゃんはタカシくんを、
「博士、あなた、いったい何で狙われてるの?」
と、問い詰めていた。
「な、なんでも、アジア人がアメリカの大学で偉そうな顔をしているのが気に入らないとかって脅迫状が……」
おどおどと答えるタカシくん。あんた、ほんとに天才少年なのか?
「その話は聞きました。でも、どこのクークラックスクランが、あんなハイテク装備持ってるのよ!」
「……殺し屋を雇った、とか?」
「ゴルゴ13だってあんなの持ってないわい!」
せっちゃん、せっちゃん、子供相手にキレてどーする。てか、ゴルゴ13て誰よ?
「せっちゃん、気持ちはわかるけど、その話あとにしない?」
「あと! あとがあるようにしてよね!」
「只今鋭意努力中ですよ、っと」
あたしはそう言うなり、急ブレーキを踏むと共にハンドルを大きく切って車を反転させた。タイヤを削りながら、タクシーは一八〇度向きを変えつつ、数十メートル進んでから停止した。
「え?!」
「どわっ!」
後部座席の二人が悲鳴を上げた。ま、少々シートベルトがおなかに食い込んじゃったみたいだけど、たいしたことないっしょ。
「二人とも伏せててよ!」
正面に、追いすがってくるロボの姿が見える。距離にして数百メートルってとこか。
あたしはシフトレバーをローに入れ、思いきりアクセルを踏み込んだ。タクシーが高速道路を逆走し始める。さっきの爆発で、後続の車は皆停まってしまったみたいなんで、邪魔の入る心配はない。加速し始めたところでレバーをドライブに戻す。アクセルはベタ踏みのまんまだ。がんがんスピードが乗ってきた。
「な、な、何するつもりなんですか?」
後ろからタカシくんがおどおどとした声で聞いてきた。
「どんだけ装甲が厚かろうと、重量差は埋められないでしょ」
「って、ひかり、まさか……」
せっちゃんが息をのんだ。
正面のロボがぐんぐん近づく。向こうはさすがに驚いたのか、速度を落として、右手のライフルでこっちを撃ってきた。何発かフロントグリルとバンパーを撃ち抜いてきたような気がするけど、エンジンにさえ当たらなかったら上等!
「仲間三人もやられて、黙ってらんないでしょ。チキンレースじゃ、かかってこんかーーーい!」
「どこの暴走族よー!」
せっちゃんが叫ぶのとほぼ同時に、タクシーがロボにぶつかった。衝撃が車体を貫いた。
物理の法則によれば、運動エネルギーは質量と速度の二乗に比例する。乗用車の重量はたいてい一トン前後。ロボはいくら重くても三〇〇キロはないと見た。しかも、あわ食ったのか、思わず減速してしまったロボと、ゼロヨンレース並みに加速していたこっちとじゃあ、スピードが全然違う。
結果はまさに物理法則の示す通り。
ロボはまるでバットでジャストミートされた野球のボールさながら、勢いよくはじき飛ばされると、そのままガードレールの向こう側に消えていった。たぶん、高速道路の高架下まで落ちてったはず。
「っしゃー!」
あたしはブレーキを思いっきり踏みこみ、ハンドブレーキも引いて、なんとか車を停めた。
「ひかり! 前言撤回! よくやった!」
せっちゃんが急に調子のいいことを言い出した。
「いやー、よく撃ち殺されなかったよねー。ちょーラッキー」
あたしがニコニコ笑いながら後ろを振り返ると、タカシくんが引きつった顔で固まってる横で、せっちゃんが深いため息をついた。
「……あんたね」
だーかーらー、結果オーライだってば。
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