第3章

 そいつは、まっすぐあたしたちの方を向いて立っていた。


 高さは2メートルちょい。色はメタルっぽい光沢のある黒。てか、なんかの金属でできているのか、全体に曲面は少なく、ほぼ平面で構成されていて、それがなんともアニメのロボットっぽい。それも、なんか一昔前っぽいヤツ。少なくとも、映画の『アイアンマン』なんかよりはかなりスマートさに欠ける。顔にあたる部分も同じ素材で覆われていて、のっぺらぼう。中が見えないので、人が着ているのか、ほんもののロボットなのかはわからない。


 とかっていうのはあとになって思い出したこと。このときはそんなこと考えてる暇なんかなかった。


「カート乗ってー!」


 あたしはそう叫ぶと、せっちゃんとタカシくんめがけて突進していたのだ。


「え、うわ、ちょ!」


 とかなんとか、わけわからんこと言いつつも、せっちゃんはあたしの狙いを汲んでくれて、タカシくんを抱えて足を上げ、カートに体重を預けた。


「どっしゃー!」


 あたしはせっちゃんたちと反対側からカートにしがみつくと、そのまま全力でカートを押していき、加速がついたところで、うつぶせに寝そべるようにしてカートに飛び乗った。


「ひかり、うるさい」


 耳のレシーバーからあたしの声ががんがん響いてくるせいで、せっちゃんが顔をしかめて文句を言った。いや、あたしの耳にもがんがん響いてんだから許してよ。てか、んなこと気にしてられっかー。


「Stop right there!(そこで止まれ!)」


 相手の格好に驚いたのか、さっきまでりゅうちょうな日本語でしゃべってたボディガードのおっちゃんが、英語で叫ぶ声が背後から聞こえてきた。


 返事はなく、今度は変な機械音がした。


 なんとか首をひねって背後を見てみると、ロボだか装甲服だかの胸の部分が開いていた。中にはごつい銃が取りつけられている。ロボ(ということにしとこう)は右手を胸元に持っていき、銃を手にした。


 クリップが外れる音がして、銃を持つ手が前を向き始める。


 ボディガードのおっちゃんたちが、先に銃を引き抜き、ロボめがけて撃ち始めた。


 ボディガードたちの銃はどうやらグロックっぽかった。今じゃアメリカ中の警官が使ってるオートマチック・ピストルだ。いろんな口径のタイプがあるが、たぶん一番スタンダードな9ミリ口径の弾を用いるヤツだろう。


 ところが、グロックの銃弾はロボの身体に当たると、カンカン小気味良いくらいの音を立てて、はね返ってしまった。つか、跳弾あぶなっ。


 そして、銃声がしたとたん、それまでぽかんとしていた、ロビーに居合わせたお客さんたちがあわてて叫ぶわ泣くわ逃げだそうとしてすっころぶわ、あたりはあっというまに阿鼻叫喚の巷と化した。ちょーパニック状態ですよ。


 とか見てたら、カートが勢いを失って止まりそうになってきた。


 あたしはカートから飛び降りて床に伏せ、せっちゃんたちに声をかけた。


「伏せて!」


 せっちゃんとタカシくんも慌てて床に伏せる。


 そのとき、今度はあきらかにさっきのグロックの銃声とは異なる、銃を連射する音が聞こえてきた。


 この音はサブマシンガンじゃない。アサルトライフルの発射音だ。ライフルの銃弾はピストルやサブマシンガンの銃弾とは威力が違う。ちょっとしたアーマーなんか一発で貫通しちゃう。こんな至近距離だとなおさらだ。


 再び振り返ったあたしの目に、蜂の巣にされて血しぶきを上げながら倒れるボディガード・コンビの姿が入ってきた。


『おい、どうなってんだ?!』


 車で待機してる坂梨さんが連絡してきた。


「こちら37! コードレッド! 繰り返す! コードレッド! すぐ車まわして!」


 せっちゃんが応えてるのを聞きながら、あたしはロボが片手で振り回している銃に視線を移した。


 銃身は短いし、銃床もなくて、やたらと小さいが、どうやらM4カービンっぽい。って、アサルトライフルを片手で微動だにせずコントロールしてんのか。生身の人間にはムリな話だ。てことは、やっぱ本物のロボット?


 にしても、


「エスエフなかっこして、使うのは現用兵器かいっ!」


 あたしは格好と武器のギャップについ文句をつけていた。


「それも、思いきり枯れた銃使いやがって」


 首を振るあたしに、せっちゃんが、


「ツッコミどこ、そこなわけ?!」


 と言ってきた。いや、おっしゃるとおり。もうしわけない。


「じゅ、銃を捨てなさい!」


 ロビーを警備していた警官数人が、盾を抱えてロボに近づき始めた。ダメだって、その盾じゃ。


 案の定、ロボが手にしたアサルトライフルを警官たちに向けて発砲したとたん、銃弾が盾をすぱっと貫通、警官たちはうめき声を上げてその場に倒れ込んだ。やっぱし。致命傷でないことを祈る。


 ぐあー、フロアはもう血の海で、生臭い匂いが広がり始めてる。どこの戦場だよ、ここは。


『真宮』


 フロアの向こう側にいる木島さんの声が無線で聞こえてきた。木島さんのほうを見ると、彼は出入り口の自動ドアを視線で示した。


 あたしは木島さんにうなずき返すと、せっちゃんたちのほうを向いた。


「出口まで走るよ」


 タカシくんは呆然とあたしの顔をみてただけだったけど、せっちゃんはうなずいて、彼の肩を両手で抱えた。


 急がないと、逃げようとする人々がドアに殺到して、身動きがとれなくなる。


 そう思って一気に立ち上がろうとしたとき、さっきボールを落とした女の子が、まだロボの近くで立ちすくんでいるのが目に入った。


 げー、まわりに保護者の姿、見えないし!


「せっちゃん、行って!」


 叫ぶと同時に、あたしはロボめがけてカートを思いきり蹴り出した。


 ロボがカートに気づいて、そちらに銃を向けた。


 あたしは女の子めがけて一直線に走り出した。


『真宮?!』


 木島さんの声が耳元に響く。


 ロボがバリバリとカートめがけて銃弾を撃ち込んでる隙に、あたしはフロアに足から滑り込んで、ロボの脇をすり抜けた。


 そのまま、女の子を抱えて壁際まで滑る。


 ひーー、服もスカートもボロボロだ。ごめん、ナカチー。この弁償は給料日明けすぐにでも。……生きてここから出られたらだけどね。


 あたしは、突然抱き抱えられてしまって、泣くのも忘れて固まってしまっている女の子の耳元に、


「出口まで走って」


 と囁いた。


「お、おかあさん……」


 女の子は涙目でそう言ったけど、


「大丈夫。きっと表で待ってるから」


 あたしは、そう言って彼女の背をそっと押した。今はこの子の安全が優先だもんね。


 ロボのほうを見ると、さっさとカートのことは忘れて、せっちゃんたちのあとを追いかけようとしていた。


 せっちゃんたちのほうはというと、自動ドアのところで、逃げようとする他の人々のあいだに挟まって、なかなか表に出られないでいた。なんとか二人を逃がす時間を稼がないと。


 そのとき、木島さんが動いた。


 死んだボディガードたちのそばに駆け寄ったかと思うと、転がっているグロックを二丁とも拾い上げたのだ。


 あたしと同じように、時間を稼がなきゃと思ったんだろうけど、それはムチャだよ!


『真宮。甘利たちは任せた。行け』


 無線から木島さんがつぶやく声が聞こえた。


 木島さんはロボめがけて銃を撃ちつつ、ロビーの奥めがけて走り出した。


 ロボが木島さんのほうを向くのを後目に、あたしは出口をめざして駆けだした。背後から、アサルトライフルの発射音と、何かが床に倒れる音が聞こえてきた。


『木島さん!』


 せっちゃんの声が耳に響いた。


 あたしは、振り向かないまま、自動ドアにたどり着くと、むりやり人波を押し分け、なんとかビルの外へ出た。


 ドアを出たすぐそばでは、せっちゃんがガラス越しに建物の中を見つめていた。何があったかよくわかっていないタカシくんは、せっちゃんの横で、彼女の顔を不安げに見つめていた。


 あたしは、二人を両腕で抱え込み、前を向かせて押し出した。


「行くよ」

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