第2章

 文部科学省就学児童学内凶悪犯罪特別対策室、通称「がくはん」は、正確にはスパイ、つまり諜報機関じゃない。まあ、長ったらしいこの名前見たら、なんとなく学生がらみの犯罪に関する組織なのはわからんでもないよね。


 ただし、その前身が旧日本陸軍中野学校の流れをくむ、スパイ養成学校だったりすること。でもって、逮捕権も何も持たない、あくまでも極秘に潜入捜査をおこなう非合法組織だということ。この二点から、国内海外を問わず、その存在を知ってるごく一部の司法機関の皆様からは、スパイ扱いされているのだった。もっとも、本物のスパイの皆さんが同業者だと思ってるかどうかは、あたしゃ知らん。


 てなことはさておき、あたしたちの本来の職務は、警察が日常的には入り込むことのできない学校内での犯罪を調査、報告すること。ただし、捜査権も逮捕権もないし、調査自体も極秘裏におこなうことになってる。


 だいたい、ほんとは学校内だろうとなんだろうと、刑事事件が発生すれば、警察が介入できるはずなんだけど、日本じゃ昔から学校側が「学内の自主管理」を唱えてきたし、文科省(昔は文部省だっけ)もそれを後押ししてきたとかって経緯があるらしいのね。法的にも警察には「民事不介入」の原則ってやつがあって、学校内で起こったことは外からじゃ民事事件なんだか刑事事件なんだか不明瞭なんで手が出しにくいとか、第二次世界大戦後の国の民主化の中で、学校内への国家権力の介入を嫌った日教組側の反発があったりとか、まあいろいろややこしい事情があるらしいですよ。学生運動盛んなりし時代には、警察の公安が過激派の動向を知ろうと大学に潜入捜査したりして、大学側と対立が深まったりしたとか。あ、それは最近でもあるか。って、あたしにもよくわかんないんだけどさ、そのへんの理屈は。


 とにかく「がくはん」は、学校側と警察側の双方のメンツを立てながら、学内の問題を解決するために文科省内に作られた部署なんだな。問題のありそうな学校に捜査員を潜入させて、犯罪がおこなわれていた場合、証拠を押さえて、警察に通報するってのが主な仕事なんだけど、そんなことしてるのがバレたら「検閲行為だ」、「プライバシーの侵害だ」なんだと問題になっちゃうんで、組織の存在自体が秘密になってて、警察はもちろん文科省内でも知ってる人はほとんどいない。捜査結果の通報そのものも、上の方のものすごく偉い人たちのあいだでおこなわれてるっぽい。


 だもんで、あたしやせっちゃんたちが持ってる身分証も、文科省の正式なものだけど、めったに持ち歩かないし、部署のところは空白になってたりする。部署名と役職名が全然書かれてないのが、「がくはん」の証しだったりするのだ。


 せっちゃんはよく「要は『スケバン刑事』みたいなもんよね」なんて言うけど、そんな古いマンガ(あれ、ドラマだっけ?)、誰が覚えてるっちゅうねん。


 というようなことを、ハカセくん、じゃなかった、タカシくんにこの場で説明するわけにもいかず、あたしは、


「ごめんねー、警察じゃなくて」


 と言うと、にへらーっと笑ってごまかした。


 タカシくんは、いよいよ目が点になってたが、そこまで面倒は見ていられない。

 そんな護衛対象を後目に、ボディガードは、


「脅迫状が届いているという話は、聞いているんだろうな」


 と、せっちゃんに問いかけた。もう一人のボディガードは、あいかわらずタカシくんの横に立ち、黙ったまま周囲に視線を走らせている。愛想悪いなあ、おい。


「ええ。ですから、バックアップもきちんと用意させていただいてます」


 せっちゃんがそう言うと、彼女に話しかけてたボディガードは、あたしたちの後ろに立ってる木島さんのほうに視線を走らせ、


「……いいだろう」


 と、おもむろにうなずいた。


 なんかしらんが、やたら偉そうだぞ、このおっちゃん。


 ボディガードたちは二人ともやけにスーツがぱんぱんだと思ったら、シャツの下に防弾用の薄手のボディアーマーをつけてるっぽい。しかもスーツの左脇が膨らんでる。ショルダーホルスターをつけてるんだよね。優先して通関する予定のはずが、出てくるまでやけにかかると思ったら、身支度整えてたのかよー。


 この小うるさいご時世に拳銃を携行したまま海を渡ってきたってことは、民間の警備会社の人じゃなくて、政府の職員だ。そこらの町の刑事さんがそんなことしてくれるはずはないし、連邦政府直属ってことだよね。身なり的にはFBIとかかなあ。


 まあ、こっちだって、一応国家公務員がお出迎えしてるわけだけど、残念ながら武器は伸縮式の特殊警棒しか持ってきてない。ほんとはうちの部署、銃器の所持も黙認されてんだけど、今回は空港の警備と揉めること必至だったんで銃は携行しないことになったのだ。万が一のときは身体張って護衛対象を守れ、だと。


 つか、このタカシくん、どんだけ天才少年か知らんけど、よっぽどの重要人物なわけだよなー。そのへんのくわしいことは教えられてないんだけどさ。


「では、我々はここで。あとはよろしく頼む」


 ボディガードのおっちゃんは、そう言うと後ろを向いて、相棒にうなずいてみせた。


 相棒のほうもうなずき返すと、そっとタカシくんの肩に触れ、彼をあたしたちのほうに押し出した。


 タカシくんはぎこちない笑みを浮かべて、あたしたちとボディガードたちの顔を見比べつつ、あたしたちのほうに向かって一歩踏み出してきた。


 せっちゃんは、無口なほうのボディガードに代わって、タカシくんの横に並ぶように立った。


 そのとき、あたしの視界のすみに「それ」が入ってきた。


 あたしから見て斜め向こう、外に通じる自動ドアの脇で、母親に連れられた小さな女の子が、手に持っていたボールを落としちゃった。そのボールがころころっと転がったんだけど、それが何もないはずのところで、まるで見えない壁に当たったみたいに跳ね返っちゃったのだ。


『んなバカな』と思いつつも、あたしは反射的にあたりを見回し、何かあったときに遮蔽物になりそうなものを探した。げげ、なんもねー。


『どうした、真宮?』


 木島さんが無線で聞いてきた。


 せっちゃんは、警護対象であるタカシくんをかばうように、彼の肩に手をかけた。


 アメリカから来たボディガードの二人は、スーツに手を突っ込んで銃に手をかけようとした。


 そうやって、皆があたしの動きに反応したそのとき、急にかん高い電子音みたいなのがロビーに響き渡った。


 その音に反応したのか、あちこちから犬の鳴き声が聞こえてきた。空港には麻薬探知犬や銃器探知犬がけっこういるもんね。


 とか考えてる場合じゃなかった。


 なんと、さっきボールがはね返った何にもない空間に、突然、人間らしきシルエットが浮かび上がってきた!


 てか、人間てより「それ」はなんかアニメとかSF映画とかに出てくるロボットっぽいメカメカしい何かだった。ほら、お台場にでっかいのが立ってるガンダムとか何かそんなの。色はあんなに派手じゃないけど。

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