ハイスクール・エスピオナージュ! ~パワードスーツはJKの夢を見るか~

堺三保

第1章

「んー、どっかあったかいとこ行きたいにゃー。ハワイとかグアムとか」


 あたしは、でっかいトランクと一緒にみやげものの入った袋やら何やらを抱えて行き来する、あからさまに観光帰りの人々のあいだにボーッと突っ立ち、つい思ったことを口に出してしゃべってしまった。


 なんせここは、成田空港の第一ターミナル、南ウイング一階フロアを占める到着ロビーのど真ん中。そして世間はちょうど春休みの真っ最中。ビジネスマンの皆さんよりも、観光客の数が絶対的に多いのであった。海外からやってきた外国人観光客の皆さんも大勢いて、ガイドブック片手にフジヤマだのジンジャブッカクだのアキハバラだの、カタコトの日本語交じりで嬉しそうに話しながら歩いてたりもする。いいなー、こんちきしょー。


 あたしだって、海外とは言わないまでも、せめて花見くらい行きたいところなのに、なぜかただ今絶賛お仕事の真っ最中なのだ!


 あたしの名前は真宮[まみや]ひかり、ぴちぴち(って死語だっけ?)の女子高生だ。自分じゃけっこう美人なつもりでもある。まあ、胸はないし背はやたら高いけど、人はそれを「モデル体型」と呼ぶのだよ、うん。長くてつやつやの黒髪も、ちょいと自慢だ。もっとも、アウトドア指向なもんで、お肌がすっかりガングロ、じゃない、健康的な小麦色にほどよく焼けちゃってるもんで、どう見たってモデルっぽくはないけどね。


「にゃーとか言ってんな、ひかり。仕事中よ。てか、思ったこと口からだだ漏れさせてどーする」


 横に立ってる同僚の甘利[あまり]せつなが、じろりとこっちをにらんだ。せっちゃんは生真面目でいかんよなあ。


 女子高生なのに仕事中と聞けば、「おまえんとこの学校はバイトOKなのか?」と思う人もいるかもしれない。もちろん、学校には内緒なんだけど、バイトどころか、実はあたし、きちんと就職している勤労学生なのだ。それもお堅い公務員。人生、安定した収入は大事だもんね。


 ちなみに、せっちゃんはあたしと違って女子高生じゃない。あたしよりチビで童顔だけどね。そのくせ、出ることはばっちり出て、ひっこむところはひっこんでる、ボンキュッボンなちょーグラマー体型が正直むかつ、いや、うらやましいけど。肌も白いしなー。ゆるくウェーブした栗色のショートヘアといい、なんか、歩くバービー人形みたいで、常にモテモテ。


 一緒に歩いてると、ときどき「きみたち姉妹? 似てないねー?」とかってナンパされるけど、冗談じゃない。こう見えてせっちゃんは三十路ですよ、三十路。干支で言ったら一回り以上違うんだよ。やっぱむかつく。


 とか考えてるうちに、せっちゃんはあたしを上から下まで見回して、


「だいたい何よ、その格好」


 とツッコんできた。てか、今日何度目よ、そうやってしげしげ見るの。あたしがおしゃれしてたら、そんなに変か、変なのか。そりゃ、いつもはジーパン、Tシャツ、スニーカーに革ジャンだけどさー。


 今日のあたしはというと、ピンクのキャミソに白いフェイクファージャケット、肩からは小ぶりな黒のポシェットをぶら下げ、下は黒いホットパンツにブラウンのニーハイブーツでまとめてる。ちなみに、パンツとニーハイのあいだからは生足がばっちりのぞいてますぜ。


「いや、出かけるつったら寮の子が貸してくれたつうか、むりやり着せられたつうか」


 出かけようとしてるところを、隣の部屋のナカチーに見つけられ、適当に言い訳しようとしたら、『女の子が休日に出かけるのにおしゃれしないでどーする!』と言われてこの始末なのだった。


「よくあんたと合うサイズの子がいたわね。バレー部?」


「バスケ部。つか、ほっとけ。だいたい、そーゆーせっちゃんだって、いつもはケバい格好してるくせに、今日は妙にシックに決めてんじゃん」


 せっちゃんの言いぐさにムッとして、あたしが言い返すと、向こうはしれっとした顔で


「これは、し・ご・と、だから」


 と、逆に胸を張られてしまった。童顔のくせに、黒いスーツとタイトスカート、ローヒールの靴という、いかにもできるビジネスウーマン風の服装が、妙に似合ってて、これまたむかつく。


『08(ゼロハチ)より37(サンナナ)。周辺に不審な人影なし。異状なしだ』


 左耳に挿してる小型イヤホンから、急に木島さんがせっちゃんに呼びかける声が聞こえてきた。


「37(サンナナ)了解。引き続き警戒よろしく」


 せっちゃんが小声で答えた。その声は彼女の首筋に貼られた小型骨伝導マイクで拾われ、あたしの耳のイヤホンに明瞭に響いてきた。もちろん、木島さんや表で待機してる他のメンバーの耳にも届いているはずだ。ちなみに、二人が口にしてる二桁の番号は、お互いの認識番号ってやつ。あたしのは45(ヨンゴ)。うちの『部署』は小規模だから、全部で数十人なんで、こんなんで事足りるわけ。


 あたしはそれとなく振り返り、木島さんの姿を探してみた。木島さんは、あたしたちの右斜め後ろに立ち、鋭い目つきで周囲を見回していた。木島さんは、身長二メートル弱、筋肉質で角刈りのマッチョなオッサンで、黒いスーツに白いシャツを着て、紺のネクタイを締め、黒い革靴を履いて、片方の耳にイヤホンジャックを挿している。どこからどう見ても、テレビや映画でお馴染みのSP、身辺警護員そのものといった格好だった。


「14(イチヨン)、18(イチハチ)。飛行機、到着してます。警護対象は優先して通関の予定。車の準備、お願いします」


 せっちゃんが再び小声でそう言うと、


『こちら14、了解。玄関前に駐車して待機中』


『こちらは18。同じく待機中』


 と、今日の搬送車両を運転する坂梨さんと、バックアップ車両を運転する高平さんが返事してきた。二人とも、木島さんに負けず劣らずのマッチョなおじさん軍団だ。なんせ今回は、警察庁から正式依頼を受けた初の案件なので、うちのお偉いさんたちも、人選に気合いを入れて武闘派をよりすぐったんだよね。


「しかし警察庁も、よくうちに仕事ふったよねー。ついに協調路線に変更ってか?」


 あたしがそう聞くと、せっちゃんは、


「んなわけないない。あれよ、あれ」


 と、壁に掛かっている液晶テレビを視線で示した。


『……羽田空港周辺は、警護にあたる警官隊が……』


 テレビでは、羽田空港前から、レポーターがものものしい口調でカメラに向かって語りかけていた。明朝来日するアメリカ合衆国の大統領を乗せた大統領専用機を迎える準備で、羽田周辺には警備の警官が大動員されていたのだ。なんせ、世界一有名な政治家だもんねー。なんか理由をつけては、ちょくちょく来日してるような気もするんだけど、マスコミもけっこう盛り上がっちゃってるし、野次馬は多いし、大変な感じなのは、あたしでもなんとなく知ってたけど。たいていは、厚木かどっかの米軍基地に降りてそこから移動するんだけど、今回は米軍基地問題を考慮して民間空港に直接着陸してフレンドリーさをアピールするとかなんとかってことで、羽田に来ることになったんだとか。政治家の皆さんは公務員に余計な仕事を増やしてくれるばっかりだ。


「全国から二万五千人動員したってよ」


 せっちゃんが、あきれたように言葉を続けた。


「そういや、こないだからそこらじゅうに警官立ってるもんねえ。当然、警備部の皆さんも総動員なわけですか」


 あたしは、到着ロビー内にも数人立っている制服警官たちに、ちらちらと視線を走らせた。


「そゆこと。ま、都内はもちろん成田もこれだけ警官配備してんだから、科学者一人の警護くらい、うちに任せてもだいじょうぶだと踏んだんでしょ」


「うちもなめられたもんですなあ」


「どこのおっさんよ、その口調?」


「教頭の真似。つか、遅くね?」


「ちょっとね。他の乗客、出てきちゃったもんね」


 せっちゃんは、通関を終えて到着ロビーへと出てくる人の波に目を向けて、眉をひそめた。


 んあー、何やっとんじゃ。


 待つことさらに数分、ついにせっちゃんが声を上げた。


「あ、来たわよ」


 せっちゃんの視線の先を追うと、毎日四時間くらいボディビルやってんのかみたいな、がっちりした体格の、どこから見てもボディガードだとわかる黒いスーツ姿の大男二人に挟まれて、バックパックを背負った小柄な少年が、大きなサムソナイトのトランクを二個も積んだカートを押しながら、のたのたとこっちに近づいてきていた。


 ボディガードの男たちはどちらも白人だったけど、少年の風貌はどこからどう見てもアジア人そのもの。身長一六〇センチちょい、上は「MIT」と大文字で大学のロゴが入ったぶかぶかのスウェット、下はジーンズにスニーカーというスタイルで、二枚目と言うには五年ほど足りない感じ。


 なんじゃありゃ。資料によればあたしと同い年のはずなのに。てか資料についてた写真と全然違うじゃん。運転免許の写真が実物より不細工なことはよくあるけど、この子の場合、写真だと老けて見えるってこと? てか、詐欺だ詐欺。ハーフでイケメンの天才くんをエスコートして、豪華かつ優雅に過ごすつもりだったのに。


「ぐあああ。子供だ。子供がいる」


 あたしは、思わず頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出してしまった。


「だから、だだ漏れはやめれ」


 せっちゃんはあたしの耳元でそう囁きながら後ろ手で思い切りあたしのお尻をひねると、作り笑いを浮かべて、そそくさと少年とボディガードたちのほうへと歩きだした。イタイっちゅうの。てか、その大人力があたしも欲しい。


「タカシ・アンダースン博士ですね」


 せっちゃんは、少年の、いや正確には少年が押しているカートの前で立ち止まり、日本語で話しかけた。


「えーっと。……あなたがたは?」


 アンダースン博士、というよりハカセくんと言ったほうがぴったり(これでメガネかけてたらハリー・ポッターみたいだもんなー)、は、とまどったような表情であたしとせっちゃんの顔を見比べ、これまた思いきり流暢な日本語を発した。


 せっちゃんは、日頃はめったに持ち歩かない公式な身分証を胸ポケットから取り出し、かざしてみせた。


「はじめまして。文部科学省就学児童学内凶悪犯罪特別対策室の甘利せつなです」


「同じく、真宮ひかりでーす。よろしく!」


 ボディガードの一人が、ハカセくんをかばうように前に進みでて、せっちゃんの身分証をしげしげと見つめた。


「君たちかね。日本のスパイというのは?」


 おお、みんな日本語ぺらぺらじゃん。


「すぱい?」


 ハカセくんは、いよいよとまどったような顔になった。


 ま、スパイというのはあながち間違いじゃない。なんせ、あたしたちは日本政府お抱えの極秘非合法工作員なのだ。ふっふっふ。

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