54 さよなら




 定期便は一日かかってクイナ村に到着した。


 シンは、この村の宿屋に泊まっているはずだった。俺は雑貨屋に寄り、目深な帽子を一つ購入し、それを被った。


 クイナ村の船着き場は、そこそこ賑やかだった。俺は最初に目についた宿屋に入り、個室をとった。部屋に入り、スマホを取り出し、地図アプリを起動してシンの居場所を確認した。


 どうやらシンは、この村の中心部にある宿屋にいるようだ。




 俺は馬車を使い、村の中心部に向かった。トンビ村ほどの賑わいではないが、クイナの村の中心部も繁華街を形成していた。


 俺は、近くにいた子供を呼び止め、銅貨一枚を渡して、頼み事をした。


「いいかい坊や、あそこの宿屋にね、この俺と瓜二つの顔をした男が泊っているんだ。俺の双子の弟でね。そいつを見つけたら、この手紙を渡してくれないか」




 子供は、元気に頷いて、宿屋に走って行った。しばらくすると、子供は走って戻ってきた。


「そっくりな人がいたよ。手紙を渡してきたよ」


 俺は子供に礼を言い、自分の宿屋に戻った。






 その日の晩、俺は宿を出て、馬車を呼び、船着き場へ行くよう御者に指示した。


「こんな時間に船着き場に行っても、船も人もいませんぜ」御者が言った。


「ああ、かまわないんだ。人と会う約束をしていてね」俺は言った。




 御者の言う通り、夜の船着き場は、人の気配もなく静まりかえっていた。


 俺はベンチに腰掛け、シンが来るのを待った。




 だいぶ時間がたってから、馬車がやってきた。馬車から降りて、こちらに向かってくるのは、シンだった。




「やあ、こんばんは」


「こんばんは」


「待ちましたか」


「ああ、だいぶ待ったぜ」


「それはすみませんでした。……昼間に手紙をもらって、すぐにタカハシさんだと気づきましたよ」


「元気にしているかい」


「ええ、おかげさまで。タカハシさんに殺されてから、無事生き返りましたよ」シンがニヤリと笑って、言った。


「もう殺しは懲り懲りだよ」俺は苦笑して答えた。


「ところでタカハシさん、よく僕の居場所がわかりましたね?」


「ハリヤマが探知してるんだよ。ほら」俺はシンに、スマホの地図アプリを起動して見せた。


「あっ、すごいですね。僕のスマホは、こっちに来た途端に壊れてしまったんですよ」


「いや、壊れてなかったらしいよ。スマホを捨てたの、ダマスの南の草原だろう?」


「そうです。あー、壊れてなかったのか。……でも、どのみち僕はあの後ザウロスに捕まってしまったので」


「そうだったね。……それでな、このスマホを君に渡すよ」




 俺はスマホをシンに渡した。


「えっ、タカハシさんは、どうするんですか?」


「俺は、元の世界に戻ることになったんだ」


「本当ですか! ……良かったですね。長い間お疲れ様でした」




 スマホに新着メッセージが入った。


「タカハシさん、メッセージが入りましたよ。読みますね。『シンさんにスマホを渡されましたか?』って。」


「渡したって、返事してやって」


 シンはメッセージを入力して、送信した。


 しばらくして、ハリヤマからの返信が届いたようだった。




「この夜明けに再起動するそうです」


「じゃあ、俺はそこで、元の世界に戻るんだ」


「そのようですね」


 シンがスマホの時計を確認して言った。


「今は夜の九時です。夜明けまで、あと、八時間。……何して過ごします?」


「飲みに行こうか」俺は言った。




 そして俺達はクイナ村の繁華街に出て、夜遅くまで開いているパブを探し、酒を飲み交わした。パブの客達は、見た目が瓜二つの俺達を見て目を丸くして驚いていたが、「双子の兄弟だ」と言って誤魔化した。




 店を出たのは夜中の四時だった。


 まもなく夜明けだ。俺達は人気のない夜道を散歩した。


 俺達は世間話をしながら歩き続け、再び誰もいない船着き場までたどり着いた。




 俺はベンチに座り、大きく伸びをした。


「さあ、この場所が俺にとっての最終ステージだ」俺は言った。


「タカハシさん、聞いていいですか?」


「なんでしょう?」


「この世界と、元の世界、本当はどっちが良いですか?」


「難しい質問だな。この世界はね、楽しいよ。刺激にあふれていて、毎日が冒険だ。……元の世界はね、退屈なところだよ」そう言って笑った。


「本当は戻りたくないんじゃないですか」シンが聞いた。


「うーん。そうかもしれないなぁ。……元の世界に戻っても、たいして面白いことは待っていないんだよなぁ」


「僕、ユキさんとスタバに行きましたよ」


「そうらしいね。聞いたよ」


「僕は少なくとも、もし元の世界に戻ることができたら、またユキさんとスタバに行きたいなぁ」


「そうか。そうだなぁ。シンの代わりに、俺がユキさんを誘ってみるよ」


「元の世界に戻る楽しみが一個できましたね」シンが笑って言った。






 東の空が白み始めた。




「そろそろだな」


「そろそろですね」


「頑張ってくれよ」


「タカハシさんも頑張ってください」


「じゃあな」


「さよなら」


 



 今回は、再起動のタイミングで大地震は起きなかった。ただ、ほんの一瞬だけ世界が揺れた。一瞬揺れたあと、また一瞬だけ眩いばかりの閃光が走った気がした。


 俺の記憶はそこまでだ。あっけない終わり方だった。






 気が付くと、俺はベッドの上にいた。天井にはLEDの蛍光灯がまたたいている。


 心電図モニタの規則正しい音が聞こえる。


 誰かが俺の手を握っている。ベッドサイドにいるのは、ユキだった。




「おはよう」


 俺はユキに挨拶した。




(テストプレイヤー1 第二部 完)

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