level.8
50 心臓
おれは目を覚ました。
地震の後の寺院は、惨憺たる有様だった。建物のほとんどが倒壊していた。
何本かの柱は倒れずに残っていたが、建物の天井は全て抜け落ちてしまっていた。
俺は、瓦礫に下敷きになっていた。身体の上の岩をなんとかどけて、俺は起き上がった。体中が痛む。しかし、どこも大きな怪我は無いようだった。
ふと思い出し、俺はノーラを探した。
「ノーラ!」
ノーラは祭壇の上に横たわっていた。なんと、ノーラの上には瓦礫はほとんど落ちてこなかったようだ。祭壇は傷一つない状態だ。奇跡だ。この祭壇は神に守られているのか?
とにかく、良かった。俺はノーラの両肩を抱き、無事を確かめた。呼吸をしている。意識を失っているだけのようだ。
そして俺は、大事なことを思い出した。シンは、二分、と言っていたのだ。
俺は、瓦礫の中を探した。どこかに杖があるはずだ。
祭壇の近くを探した。ほどなくして、ザウロスの杖が見つかった。俺は呪禁の護符を胸ポケットから取り出し、樫の大杖の握りの部分に、護符をくるむようにして包んだ。
ジュウウッという音がした気がした。護符は熱をもったように赤く光った。そして、大杖全体がその赤い光に包み込まれた。すると、みるみるうちに大杖は萎みはじめた。あっという間に、背の高さほどもあった大杖は、手の平サイズの痩せたニンジンのような枯れ枝に成り変わってしまった。
俺は次に、ザウロスを探した。
ザウロスは、数メートル先の瓦礫に埋もれていた。下半身が瓦礫に埋もれ、上半身だけ地表に顔を出している。倒れてきた柱に両足が挟まれているようだ。目を閉じ、苦しそうに息をしている。
俺はザウロスに近づいた。そして、ザウロスの上半身に馬乗りになった。
ザウロスは苦悶の声を漏らした。
俺は腰の短剣を抜いた。そして、両手で短剣を持ち、刃先をザウロスの胸に当てた。
ザウロスがゆっくりと目を開けた。
「俺を殺す気か」
「……」
「おまえ、俺を殺すのか? おまえと瓜二つの俺を、殺せるのか?」
ザウロスの言う通りだ。俺は躊躇していた。
「さぁ、殺せ。その短剣を胸に突き刺せ。力を込めて、刺し通せ」シンが言った。
……だめだ。どうしてもできない。まるで鏡の中の俺を殺そうとしているみたいだ。手に力が入らない。汗が噴き出す。うまく息ができない。
俺は、殺すのか? 俺は、シンを、殺すのか?
「やってくれ。頼むから」シンが言った。
「できない」俺は言った。
「俺はまた生き返る。だから、殺れ」シンが言ったのだろうか、ザウロスが言ったのだろうか、どっちだかわからない。
怖いのだ。シンを殺すのが怖いのだ。
自分で自分の胸に刃を突き立てるようなものだ。怖くて、できない。
その時だった。
祭壇の上で目を覚ましたノーラが叫んだ。
「プッピ、頑張って!」
「ほら、彼女もああ言ってる。勇気を出して」シンが言った。
俺は涙を流した。涙が止まらなかった。
「うわぁぁ」俺は叫びながら、精一杯両手に力を込めて、シンの胸に短剣の刃先を沈めていった。
ずぶずぶと入り込む刃先に骨があたる感触が伝わった。さらに力を込めて押し込むと、骨が砕け、そして胸膜が裂ける感触がわかった。刃先は心臓に達し、心臓が破けた。次の瞬間、血がドクドクと流れ出してきた。
「痛い……痛いよやっぱり」シンが言った。シンの口から血が泡となってあふれてきた。
シンは苦悶の表情を浮かべている。息をするたびに、口から血の泡が噴き出している。
シンの心臓から流れ出た血が、あっという間に俺の両手を赤く染めた。
「おまえの勝ちだな」ザウロスが言った。
「ありがとう」シンが言った。
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