49 顔のない男
気が付くと俺は、どこかのホテルかオフィスのフロアの通路のような場所にぼんやりと立っていた。床は上品な赤茶色の分厚いカーペットが敷き詰められている。
通路はまっすぐと伸びており、突き当りにはエレベータが見える。
左右の壁には、等間隔にドアがある。
……もう何度も来た、見覚えのある場所だ。
俺は通路をまっすぐに進み、エレベータのボタンを押した。
しばらくすると、「チン」という音がして、エレベータの扉が開いた。
扉が開いた先はエレベータの室内ではなく、また通路が続いていた。前回と同じだ。
俺は先へと進んだ。
先の方は薄暗くて見通せなかったが、やがて突き当りにドアがあるのを発見した。
俺はドアを開けて、中に入った。
部屋の中は広い洋間だった。
そして、部屋の中央にはテーブルがあり、椅子が三脚、用意されていた。
テーブルの上にはメモが置かれていた。メモの内容を確認するまでもない。覚えている。“please wait”だろう。
俺は椅子に座り、誰かがやってくるのを待った。
ほどなくして、足音が聞こえた。
足音は、俺が入ってきた扉の向こうから聞こえた。だんだんと近づいてくる。そして、足音が扉のすぐ手前まできたとき、コツコツとノックの音が聞こえた。
「どうぞ」俺は言った。
ガチャリ。扉を開けて入ってきたのは、シンだった。
「やぁ、また会いましたね」
「また会ったね」
俺達はそれ以上話すことなく、もう一人の客人を待ち続けた。
椅子はもう一脚あるのだ。もう一人、誰かが来るはずだ。
しばらくすると、俺達が入ってきたドアの向こうから、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。足音はドアの手前まで近づき、そしてコツコツとノックの音が聞こえた。
「入っていいかな」男の声がした。
「どうぞ」俺とシンは答えた。
ドアを開けて入ってきたのは、黒いタキシードを着て、広いつばのついた黒い帽子を被った、あの顔のない男だった。
「また会ったね」顔のない男は俺に向かってそう言った。
そして顔のない男は、椅子に座った。
俺達三人は、テーブルを真ん中に、向かい合わせに座っている形となった。
「今日もまた、トランプをしよう」顔のない男は言った。
「トランプで遊んだことはあるかい」顔のない男は、シンに向けて聞いた。
「ババ抜きくらいなら、あります」シンは答えた。
「勝負をしよう。と言っても、今日は君たち二人で勝負をするんだ。」顔のない男は言った。
「勝ったほうが“上がり”だ。そして負けたほうは“振り出しに戻る”だ。わかるね」
「何が“上がり”で、何が“振り出しに戻る”なんですか」シンが顔のない男に質問したが、顔のない男は質問を無視して、トランプを切り始めた。
顔のない男が、俺の目の前にカードを一枚、裏返しで置いた。そして、シンの目の前にも裏返しで一枚を置いた。
「さぁ。始めよう」顔のない男が言った。
「数字が大きい方が勝ちさ。配ったカードを見てごらん。もしあまり良い数字じゃなかったら、一度だけ手札を交換できるよ」
シンは、配られたカードを覗き込んでいた。そして、しばらく考えてから、手札の交換をした。
俺は、カードの確認もしなかった。
「それじゃあ、手札を見せ合おう。まずは君からだ」顔のない男がシンに向かって言った。
シンはカードをめくって、答えた。
「スペードの10」
「君の方はどうだい」顔のない男は、俺にカードのオープンを促した。
俺は、カードをめくった。
ダイヤの14だった。
「ちょっと待ってくださいよ。14なんてカード、トランプにあるかよ。ズルいよ」シンは言ったが、俺と、顔のない男は、シンの言い分を無視した。
「君の負けだ。君は“振り出しに戻る”のさ」顔のない男はシンにそう言った。
「君は勝ちだ。君はゲームから上がることができるよ」顔のない男は俺に向けてそう言った。
「意味がわからん! なんださっきのカードは。14なんてカードおかしいよ」シンはブツブツと文句を言い続けていた。
「負けた君は、元の扉を開けて、“振り出しに戻る”しかないよ。そして勝った君は、勝者のドアへどうぞ」顔のない男はそう言って、姿を消した。突然に消えたのだ。
ふと部屋の中を見渡すと、先ほどまでなかった壁に、扉が出現している事に気づいた。俺達が入ってきた扉の対面に、その扉は出現していた。
俺は新たに出現した扉に近づき、ドアノブに手を掛けた。ドアはカチャリと音がして、開いた。ドアが開いた先は、暗闇だった。俺は覗き込んで見る。やはり床はない。落ちるパターンの奴だ。
「タカハシさんは、そっちのドアから出て行くんですか。そして僕は元来た扉を戻るわけですか」
「そうだな……」俺は考えた。新たに出現したこのドアに入ると、というか、落ちていくと、どこに繋がるんだろう。もしかして、元の世界に戻れるのかもしれない。……しかし、俺の考えは決まっていた。
「いや、このドアには入らない。一緒に元来た扉を戻ろう」俺は言った。
「えっ、タカハシさん、良いんですか」
「良いよ。それに、一緒に行動した方が心強いしね。さぁ、行こう」
俺はシンと一緒に、元来た扉を開けた。
そして俺達は元来た通路を戻り始めた。
先ほど、この通路を歩いた際には、しばらく歩くと突き当りにエレベータの扉があったはずなのに、今度は違った。前回と同じだ。通路はずっと向こうまで続いていた。先の方は薄暗い照明のせいでよく見えない。
俺達は、延々と続く通路を歩いた。
しばらく歩くと、二十メートルほど先の右の壁面に、エレベータがあった。
「ザウロスをどうやって倒すか、見当はついていますか」シンが俺に聞いた。
「いや、何も策無しだよ。どうしたら倒せる?」俺は言った。
「一つ教えられることがあります。」シンが言った。
その時だった。ふと、足音が近づいてきていることに気づいた。
規則正しく続く低い足音。通路の向こう側から、誰かがこちらに歩いてきている。
先ほどの顔のない男か? それとも?
「近づいてくるのは誰だと思う?」
「わかりません。わかりませんが、もしかしたら……ザウロスかも」
「まさか。ザウロスがこんな所にまで迷い込んでくるか?」
「さぁ。でも、急いだほうがいいでしょう」シンが言い、エレベータの「△」ボタンを押した。
「さっきの話の続きです。ザウロスの杖は、呪禁の護符でくるめば、枯れてしまいます。戻ったら、最初に杖をなんとかしてください。」
「わかった」
足音はさらにこちらに近づいてきていた。
「もう一つ。ザウロスはまだ幻術を使えません。ザウロスの本体は、僕そのものです。意味わかりますか?」
「う? うん」
シンが、人差し指と中指を立ててチョキのマークを作って、俺の目の前に出した。
「二分。これから二分、時間稼ぎをしてみせます。その間に」
「でも……」
その時、「チン」という音がしてエレベータの扉が開いた。扉の先は暗闇だった。
「さぁ、飛び降りて。先に戻っててください。僕はここで二分稼ぐ」
「シン……」
「さぁ、行って!」シンは俺を蹴り飛ばした。
俺は、奈落の底へ落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます