48 ワツカの寺院




 翌日の午前、俺達はワツカの寺院に向け出発した。


 俺はマケラに貰ったミスリルの短剣を腰に下げ、革の上着の胸ポケットに呪禁の護符をしまいこんだ。背負い袋に食糧と、そしてノーラが怪我でもしていた時のために、薬草、薬を一揃い持ってきていた。




 俺達は馬でワツカの寺院へ向かった。俺はまたラモンの後ろに乗せてもらった。ラモンとオルトガが来てくれたおかげで、寺院までの道のりを徒歩で行かずに済んだのは幸いだった。


「プッピ、勝算はあるのか」ラモンが聞いた。


「いや、ない」俺は答えた。


「強いていえば、俺は呪禁の護符を身に着けている。これがあれば、ザウロスの力をある程度封じることができると聞いている。奴を倒せないまでも、奴をやり過ごすことができるとしたら、この護符だけが頼りだよ」




 俺達はトンビ村の北の出入り口から出て、ノバラシ河沿いに北に草原をしばらく進んだ。


 そして、クイナの村が見えてくるかこないかの所で、東に進路を取った。やがて道は林の中を通り、丘を登る形となった。ワツカの寺院は、この丘の頂にある。




 前方に、寺院が見えてきたところで、ラモンに頼み馬を止めてもらった。


「二人とも、ここまでありがとう。ここから先は、俺一人で行くよ」


「ええっ! 大丈夫か。一緒に行くぞ?」ラモンとオルトガが言った。


「大丈夫だ。ノーラを無事に取り返すためには、やはり俺が一人で行くしかない。行ってくるよ」


「ではプッピ、これを渡そう。もし助けが必要な時は思い切り吹き鳴らすのだ。呼び笛の音が聞こえたら、俺達は寺院に突入するからな」そう言って、オルトガが小さな呼び笛を俺に渡した。


「わかった。助けが必要な時は、すぐに鳴らすよ。頼むぞ」俺は言った。




 そうして俺は、ワツカの寺院に、一人で入っていった。


 平屋の石造の大きな寺院だった。入り口の門をくぐると、広い前庭があった。




「ザウロスよ。来たぞ!」俺は大声でザウロスを呼び掛けてみた。




 返事は無い。俺の声は寺院の前庭で空しく響いただけだった。


 どうやら、ザウロスは建物の中にいるようだ。


 俺は前庭を通り抜け、その先の石段を登り、寺院の中に入った。石段を上がりきった所に、両開きの扉があった。俺は扉を開けた。扉の向こうには、通路があった。そして、通路の先にまた扉があるのが見える。通路の幅は約十メートル程で、石造りの天井には天使の絵が描かれていた。


 俺はまっすぐに次の扉を目指して歩いた。そして、扉に手を掛け、開けた。




 内部は、とても広い聖堂だった。三十メートル四方はあろうか。高い天井にはやはり壮大な絵が描かれていた。


 聖堂の一番奥には、祭壇があった。そして、祭壇の上には縛られたノーラが横たわっていた。ノーラは意識を失っているようだった。その祭壇の後ろに、長いローブを着て仮面を被った男が立っていた。




「プッピよ。待っていたぞ」仮面の男が言った。俺と声色が全く同じだ。


「ザウロス! 呪禁の護符を持ってきたぞ。ノーラと交換だ」


 祭壇の後ろに立っていたザウロスが、前に回り込み、横たわっているノーラと俺との間に立ちはだかった。俺は聖堂の入り口付近に立っているので、距離にして三十メートルほど離れている。




「まぁ、慌てるな。プッピよ、まずは話をしようじゃないか」ザウロスは言った。


 ザウロスは右手に杖を持っていた。ダイケイブで奪い取られたあの杖だ。


「ところで見てくれよ、この身体。若くて、健康な、良い肉体を手に入れたんだよ」ザウロスは両手を広げて、右手と左手を交互に見渡しながら言った。


「しかし、この身体、顔はプッピに瓜二つときているじゃないか。何から何まで、おまえさんにそっくりだよ」ザウロスは仮面を取り、放り捨てた。ザウロスの顔は、俺の顔そのものだった。


「これは一体、どういう事なんだ? 説明してくれよ。おまえさんが来た別の世界では、皆が皆同じ顔をしているのかい」ザウロスがクックックと笑いながら俺に聞いた。




「ノーラは生きているんだろうな」俺はザウロスの質問を無視して、聞き返した。


「ああ、生きているとも。俺の妃にする女だ。殺しはしないよ」


「妃? 馬鹿げたことを言うな」


「無駄話はここまでにしよう。呪禁の護符は持ってきたろうな」


「ああ、ここにある」俺は胸を叩いてみせた。


「呪禁の護符を胸から取り出せ。そして、ゆっくりこっちに持ってこい」




 俺は胸ポケットから護符を取り出し、ザウロスに見えるように掲げてみせた。


 そして、そのままゆっくりと祭壇に向かって、歩き始めた。


 半ばほど歩いたところで、ザウロスが俺を制した。


「そこで止まれ。そこに護符を置くんだ。そして、元の位置まで戻るんだ」


 俺はザウロスの指示通りに、護符を床に置こうと身を屈めたが、ふと思いたち、再び体を起こした。


 呪禁の護符を俺が身に着けている限り、ザウロスは俺を攻撃できないのでは……?


 俺は、呪禁の護符を床に置くのをやめ、護符を手に持ったまま、再び一歩一歩ゆっくりとザウロスに近づいていった。


「おい! 護符を床に置いて下がれと言ったんだぞ! わからないのか? 言う通りにしろ!」


 俺はザウロスを無視して、護符を手に持ったまま、歩き続けた。


「やめろ! 来るな!」ザウロスが焦っている。やはり、俺の推測は当たりのようだ。俺が呪禁の護符を持っている限り、俺に対して魔法が使えないのだ。




 俺は護符を胸ポケットに戻した。そして、さらにザウロスに近づいていった。

 

 あと数メートルの距離に近づいたとき、ザウロスが祭壇の後ろに回り込み、杖をその場に置いて、かわりにナイフを取り出した。そして、ノーラの首元にナイフをあてた。


「これ以上近づいたら、こいつの首を斬り落としてやるぞ」


 俺は立ち止まった。


「呪禁の護符がほしいんだろう? ノーラから離れろ」俺は言った。


「だめだ。おまえがまず護符を床に置いて、後ろに退くんだ」ザウロスが言った。


「おまえの身体は、俺の身体と同じようなものさ。俺はおまえの弱点を知っている」俺は“はったり”をかけた。


「何?」一瞬ザウロスが怯んだ様子をみせた。その隙に、俺はザウロスに飛び掛かり、祭壇を越えて、後ろに突き飛ばした。




 そして、俺とザウロスは掴み合い、殴り合いになった。


 ザウロスは俺が飛び掛かった時にナイフを取り落としていた。俺はザウロスの顔面に、パンチを食らわせた。


 ザウロスは前屈みになり、俺に突進してきた。ザウロスの突進を腹に受けた俺は、後方に飛ばされて倒れ込んだ。


 その隙に、ザウロスはナイフを拾った。そして、祭壇に向かい、ノーラの胸元にナイフを突き立てようと構えた。




「プッピ、じゃれ合いはここまでだ! 護符を出すんだ。三つ数えるうちに護符を出さなければ、ノーラを殺してやる」




「一、」


「やめろザウロス!」


「二、」


「わかった! わかった! 護符を出す。ここにあるんだ。護符を出すから待て」俺は、観念してザウロスに言った。


 俺は胸ポケットに手を入れた。そして、ゆっくりと取り出した。


 ただし、胸ポケットから取り出したのは、護符ではなく、スマホだった。




 俺は、スマホのホーム画面の>システム再起動<アイコンをタップした。




「なんだそれは」ザウロスが言った。




 次の瞬間だった。ゴゴゴゴ……と地響きが轟いた。


 そして、寺院全体が大きく揺れ始めた。


「また地震だと?」ザウロスが言った。


 立っていられないほどの大揺れだった。


 寺院の梁が、揺れに耐えられずに軋みはじめた。次の瞬間、轟音とともに寺院は倒壊した。柱が倒れ、天井が落ちた。


 大きく揺れる聖堂内に突然閃光が煌めいた気がした。次の瞬間、昼間にもかかわらず、停電になったかのように、辺りは真っ暗闇となった。


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