51 勝利




 俺はまだ涙が止まらなかった。人間を刺して殺したことなど、生まれて初めてなのだ。しかも、鏡に映した自分の胸に短剣を突き刺したのだ。その感触が、まだ手に残っている。両手はシンの血を浴びて真っ赤になっている。




 ザウロスは、死んだ。そしてシンも死んだ。


 ザウロスでもありシンでもある死骸が、瓦礫に埋もれて、血まみれになった状態で、俺の目の前に横たわっている。


 死骸が砂と化して舞い飛んでいく様子もなかった。杖を処分したことで、もはやザウロスの復活の目もなくなったのだろう。




「プッピ、私を助けて」ノーラが俺に声をかけた。


 俺は涙を止めて、手についた血を自分の衣類で拭き取り、縛られているノーラをほどいてやった。そして、祭壇の上からノーラを抱きかかえて下ろした。


「きっと助けに来てくれると信じていました」ノーラが言った。


「怪我はない?」俺は聞いた。


「ええ、大丈夫よ」ノーラが答えた。


「歩けそうかい」


「歩けるわ」


「ザウロスを……、殺したよ」


「見ていました。よく頑張りましたね」ノーラが俺を慰めるように言った。


 俺はノーラに肩を貸して、瓦礫の上を歩き始めた。


 ふと思い出し、オルトガがくれた呼び笛を吹いた。


 ほどなくして、ラモンとオルトガがやって来た。


「すまんプッピ、遅くなった。地震の直後に中に入ろうとしたのだが、入り口が崩れて塞がって、すぐに駆け付けられなかった」オルトガが言った。


「プッピ、やったのか?」ラモンが言った。


「ああ、ザウロスは死んだ」


「ノーラも無事で……。良かった!」オルトガが言った。


「今度こそ、杖を燃やしたかい」ラモンが聞いた。


「いや、燃やしてはいないが、杖はただの枯れ枝になってしまったよ。ほら」俺は手の平大の枯れ枝となりはてた物を見せた。


 ラモンは「念のためだ」と言って、火打石を使って火をおこし、枯れ枝を燃やした。ほどなく、枯れ枝は燃えてなくなってしまった。




 俺達は二頭の馬に跨り、トンビ村に帰った。






 朗報を聞いた村人達は歓喜した。俺の帰還をタリアは涙を流して喜び、俺に抱きついてきた。


 そしてタリアの店からマケラが歩いて出てきた。


「プッピ、ありがとう」マケラが言った。


「マケラ様! 目が覚めたのですね!」


「ついさっき、目を覚まされたのよ」タリアが言った。


 どうやら、俺がザウロスを殺した瞬間に、マケラは意識を取り戻したようだった。ザウロスの呪いは、ザウロスが死んで解けたようだった。




 その日の夜は、マケラの屋敷に皆が集まり、祝杯をあげた。


 宴は夜遅くまで続いた。


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