40 会議
翌日のことだ。ドゥルーダはダマスの街の領主ドルテと、番兵長リューカ、そして俺を屋敷に呼び出した。四人は応接間に集合し、お互い自己紹介をし合った。ダマスの街の領主ドルテは、以前から俺の事を知っていたようだった。
「会えて光栄です。新しい治療法の噂は聞いていますよ。あなたのおかげで、怪我人の治療技術が進みました」俺はドルテと握手を交わした。
番兵長のリューカは、ダマスの街の治安維持の責任者だ。寡黙な男で、俺とは会釈を交わしたのみで話しかけてくることはなかった。
「今日、集まってもらったのは他でもない。悪の魔法使いザウロスのことだ。」ドゥルーダが話を切り出した。
「ザウロスといえば、先代領主ガラタの時代に、ダドゥーリーの砦を占拠したあの黒魔術使いのことですな」領主ドルテが言った。領主ドルテは、先代ガラタの息子である。
「そうじゃ。あのザウロスじゃ。ザウロスはガラタとの対決に敗北し、長い間姿をくらましておった。ところが近年になり、トンビ村の東の坑山、ダイケイブの奥深くに籠っておったことがわかった。そこで、ダイケイブに潜入し、ザウロスを倒したのが、ここにいるプッピだ」
「おお、プッピ殿。薬草師の仕事だけでなく、そんな偉業まで成し遂げていたとは……」ドルテが言った。
「しかし、完全に息の根を止めることはプッピにも出来なかった。ガラタが出来なかったようにな。倒れたザウロスは砂と化し、舞い散っていってしまった。後には、一枚の不気味な護符が残されていた。プッピはその護符を持ち帰り、わしに託したのだ。
わしは護符を調べた。その護符は、ザウロスの復活の鍵を握る物だということがわかった。その護符を処分するためには、遥か東の地バクタに住む大祈祷師ルベロの造る呪禁の護符が必要だという事がわかった。そこで、わしはプッピにバクタまで行き、ルベロから護符を貰い受けてくるよう、頼んだのだ。
それから数週間たったある日のことだ。いや、正確にいえば、一昨日のことだ。
我が邸にプッピが訪ねてきた。わしは聞いた。『呪禁の護符を入手してきたのか?』 と。すると、プッピは『入手した』と答えた。そこでわしは、『では、呪禁の護符を預かろう』と言った。プッピは、『大祈祷師ルベロから、必ず自らが処分するよう、指示があった。そこで、ザウロスの護符を貰い受けに来た。私が護符を処分します。ドゥルーダ様、護符を返してください』と。……わしはプッピの言葉を信じて、護符を渡した。プッピはニヤリと笑って、『先を急ぐので』と言い出て行った」
ドゥルーダは両手で頭をおさえ、下を向いた。
「ドゥルーダ様? それで、何か問題が?」領主ドルテが聞いた。
「うむ。……昨日、“本物の”プッピがわしを訪ねてきた。呪禁の護符を持ってな。……わしは騙されたのじゃ。一昨日わしのもとに来たプッピは、プッピを騙る偽者じゃった。わしはそれに気づかず、ザウロスの護符を渡してしまったのじゃ。」
「偽者……? 一昨日ドゥルーダ様を訪ね、護符を持ち去ったのは、プッピにそっくりな別人だったというのですか?」領主ドルテが聞いた。
「そうじゃ。……わしとした事が、一生の不覚じゃ。まんまと護符を持ち去られてしまった。」
「そんな事が……」領主ドルテは絶句した。
「では、そのプッピを騙る人物は、まだダマス近辺に潜んでいる可能性があるのでは」番兵長のリューカが言った。
「そのとおりじゃ。まだ近くにいる可能性がある。リューカ殿、プッピに似た者がダマス近辺をうろついていないか、捜索をお願いしたいのじゃ」ドゥルーダが言った。
「わかりました。早速、部下に指示を出したいと思います」
「ザウロスは目くらましの術を使ったのですか?」領主ドルテが聞いた。
「いや……。目くらましの術ではないと思う」ドゥルーダが言った。
「わしとて、目くらましの術でプッピに化けてきたのであれば、見破ることができるよ。考えられん事じゃが、奴は、プッピと瓜二つの人間をどこかで見つけたのだと思う。そして、そのプッピと瓜二つの人間に乗り移り、宿主となって操っているのだと思う。……一応プッピに聞くが、お主には瓜二つの双子の兄弟はおらぬよな?」
「は、はい。いません。いませんが、私にそっくりの人間がこの世界にいる事は確かのようですね」俺は苦し紛れに言った。
「うむ。信じられんことじゃが、それが事実のようだ。プッピに寸分違わぬ瓜二つの男が、この世に存在しておる。そして、悪い事に、その男は今、ザウロスによって操られている。それが真相のようだ」ドゥルーダが言った。
「探し出すのだ。その男を。今ならまだ間に合う。ザウロスは、わしから護符を奪い取ったが、まだ杖を持っとらんはずだ。それに、こちらには呪禁の護符もある。ザウロスの護符に対応する呪禁の護符がこの世に誕生した以上、ザウロスは本領発揮ができんはずだ。……プッピよ、これからやるべきことを、今から言うぞ。」
「はい。お願いします」
「まずは、お主を騙る、お主と瓜二つの男を探し出すことだ。その男は、ザウロスに操られている。
そして、次に、呪禁の護符だ。これは、このままお主が持っておくことだ。そして、もしザウロスの護符を発見する事があれば、呪禁の護符でザウロスの護符をくるみ、火にかけるのだ。それでなくても、呪禁の護符があれば、ザウロスは完全な力を発揮できん。わしが預かるよりも、お主が持っている方が、何かの役に立つことがあるだろう。
最後に、杖じゃ。プッピよ、前にお主は、杖はザウロスと共に砂となって舞い飛んでしまった、とそう言ったな」
「はい。言いました」
「それは、ダイケイブの地下深くでのことだな」
「そのとおりです」
「わしの考えが間違っていなければ、杖は、砂となって舞い飛んだ杖は、きっとまだダイケイブ内部のどこかにあるぞ」
「本当ですか?!」俺はドゥルーダに聞き返した。
「うむ。昨晩、わしはふと思い立ち、魔法陣をたてて杖の在処を探ったのだ。確証はないが、杖はまだダイケイブ内のどこかにある、と見た。
……プッピよ、心当たりはないか?」
ザウロスと対決した場所は、ダイケイブの地下四階の川原だった。ザウロスとザウロスの杖は砂と化し、川原の下流の方へ舞い散っていった……。まさか川原の下流域にあるのか?
「ザウロスと対決したのは、地下川原です。そして砂は川原の下流の方へと舞い飛んでいきました。もしや……」
「ダイケイブの地下には川が流れているのか。……その川原を、もう一度探してみるのも手じゃぞ。わしがもう少し若ければ、一緒にダイケイブに行き、探し物の呪文を使って探してやるのじゃが……」
「探し物の呪文の優れた使い手を一人知っています」俺は言った。タータのことだ。
「よし。プッピよ。大変な仕事だが頼めるかな。ダイケイブにもう一度入り、ザウロスの杖を探してくれ。もし、ザウロスが杖をまだ手にしていないのなら、杖は間違いなくその付近にあるはずだ。そして、護符を取り返して、力を蓄えたザウロスは、今にも杖を取り返そうと動き始める可能性がある。急いだほうがいいじゃろう」
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