30 14




 どれほどの時間が経ったろうか。




 ふと気付くといつの間にか、俺はどこかのホテルかオフィスのフロアの通路のような場所にぼんやりと立っていた。


 床は上品な赤茶色の分厚いカーペットが敷き詰められている。


 照明は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っている。


 通路はまっすぐと伸びており、突き当りにはエレベータが見える。


 左右の壁には、等間隔にドアがある。


 一番近くにあるドアを開けてみようとしたが、どうやら鍵がかかっているようで、びくともしない。


 順番にドアを試すが、どれも施錠されていて開くことはない。


 俺はドアを一つずつ試しながら歩き進み、通路の突き当りのエレベータまでたどり着いた。




 通路のドアが一つも開かなかった以上、目の前のエレベータに乗るしかない。


 エレベータのボタンは「△」と「▽」があったが、俺はエレベータの「△」ボタンを押して、待ってみることにした。


 しばらくして、「チン」とベルの音がしてエレベータが到着、扉が開いた。




 扉の向こうは、エレベータではなかった。なぜか、扉の向こうにも通路が伸びていた。


 通路の先の方は照明が暗すぎてよく見えない。 


 進むしかない。俺は、通路を歩いて行った。


 しばらく歩くと、通路の先に扉が見えてきた。


 少し迷ったが、俺は扉を開けようとドアノブに手をかけた。鍵はかかっておらず、ドアは開いた。扉の向こうは、部屋だった。




 広い洋間だ。俺が入ってきた扉以外には、出入口はない。


 三方の壁には、何やら不気味な絵が飾られていた。幾何学的な模様の三枚の絵だ。絵が何を表しているのか、俺には全くわからなかった。


 部屋の中央にテーブルがあった。テーブルには椅子が差し向いに二脚置かれていた。


 そして、テーブルの上には、メモ用紙が一枚。


 俺はテーブルに近づき、メモ用紙を手に取って、何が書いてあるのか確認した。


 “please wait”


 そう書かれていた。


 ここで待てという事か。何を待つのだ?


 よくわからないが、他に選択肢はない。


 俺は、椅子に座り、待ち続けた。




 どれほどの時間、待ち続けただろうか。


 どこかから、低い音が聞こえた。ブゥーンという音。


 その後、俺が入ってきた扉の向こうから、足音が聞こえてきた。分厚い絨毯に吸収された鈍い足音。足音は徐々に近づいてきている。


 誰かがこの部屋に向かってきているのだ。


 緊張してきた。誰なんだ一体。


 胸がドキドキする。手が震えてきた。


 俺は恐怖を感じていた。


 足音は、扉のすぐ近くまで近づいてきた。そして、立ち止まった。おそらく、扉の目の前まで来たのだろう。そして、コツコツ、と扉をノックする音が聞こえた。


 俺は恐怖で固まっていた。


 コツコツ、というノックの音が再び聞こえた。


「入っていいですか」扉の向こうから、男の声が聞こえた。


「は、はい、どうぞ」俺は、焦りながらも返事をした。


 ガチャリ。扉を開けて、男が部屋に入ってきた。


 部屋に入ってきた男は黒いタキシードを着ていた。男は背が高く、そして、顔が無かった。広いつばのついた黒い帽子を被っていた。


 そう、顔がないのだ。どうしても顔が見えない。のっぺらぼうだ。


「わ、わ、わわわ……」俺は恐怖のあまり引き攣った声を絞り出していた。


「怖がる必要はないよ」顔のない男は言った。




 そして顔のない男はテーブルの向こう側に回り、俺と差し向いになる形で椅子に腰かけた。


「トランプで遊んだことはあるかい」顔のない男はそう言った。


「あ、あります。ババ抜きくらいなら……」俺は答えた。


 顔のない男は、胸ポケットから一組のトランプを取り出して、テーブルの上に置いた。


「勝負をしよう」


「勝負って、何を勝負するんですか」俺は質問した。


「君が勝ったら、“上がり”だ。でも、君が負けたら、“振り出しに戻る”だ。わかるかい?」


「よくわかりません。何が“上がり”で、何が“振り出しに戻る”なんですか」


「わからないかい。まぁいい。とにかく、君はこれから私とトランプをするんだ」


 そう言って、顔のない男はカードを切り始めた。そして、カードを一枚ずつ配った。


 俺の目の前には、伏せられた一枚のカード。顔のない男にも同じく一枚のカードが配られた。


「さぁ。始めよう」顔のない男が言った。


「数字が大きい方が勝ちさ。配ったカードを見てごらん。もしあまり良い数字じゃなかったら、一度だけ手札を交換できるよ」


 俺は配られたカードを手に取り、数字を覗き見た。クラブの2だった。


「さぁ、どうする? そのカードで勝負するかい? それとも、手札を交換するかい?」


 クラブの2じゃあ、勝てるわけがない。


「交換します」俺は言った。


 俺は、自分のカードを捨て、山札から新たな一枚を取った。今度のカードは、ハートの13だった。やった。これは勝てる。


「それじゃあ、手札を見せ合おう。まずは君からだ」顔のない男が言った。


「ハートの13です」俺はそう言って、カードをめくった。


「残念だったね。君の負けだよ」顔のない男は、そう言って自分のカードを裏返して見せた。


 なんと、カードはダイヤの14! だった。


「ちょっと待ってくださいよ。14なんてカード、トランプにあるかよ。ズルいよ」俺は言ったが、顔のない男は俺の言い分を無視した。




「君の負けだ。君は“振り出しに戻る”のさ」顔のない男はそう言った。


「意味がわからん! なんださっきのカードは。14なんてカードおかしいよ」俺はブツブツと文句を言い続けたが、顔のない男が俺の言い分を無視している以上、他に文句を聞いてくれる相手はいなかった。


「負けた君は、元の扉を開けて、“振り出しに戻る”しかないよ」顔のない男はそう言って、姿を消した。突然に消えたのだ。




 ふと部屋の中を見渡すと、先ほどまでなかった壁に、扉が出現している事に気づいた。俺が入ってきた扉の対面に、その扉は出現していた。俺は新たに出現した扉に近づき、ドアノブに手を掛けた。しかし、ドアノブはビクともしなかった。施錠されているのだ。


 顔のない男は、元の扉を開けて戻るしかない、と言っていた。こちらのドアは開かないという事か。


 俺は諦めて、元の扉のドアノブに手をかけた。ドアノブはガチャリと音がして回り、扉が開いた。


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