17 タータの魔術




 俺とマケラは、ダマスの街から四日かけて、トンビ村に帰ってきた。


 とにもかくにも、護符をドゥルーダに託した。他には、ひとまずは俺達に出来ることはない。あとはドゥルーダに任せればよいだろう、と帰りの船の中でマケラと話した。




 それからしばらくの間は、タリアの店での仕事も、特に大きな変わりはなく平和な毎日が続いた。


 タータは村の東の魔術師サチメラに弟子入りし、毎日サチメラの職場に出入りしていた。

 タータは魔法使いとしての素質があるようだった。サチメラの指導のもと、めきめきと術を習得している様子だった。

 はじめに習得した術は、魚寄せの術だそうだ。川岸に網を張り、網の中に近くの魚を呼び寄せる魔法だ。タータはこの魔法を、入門してわずか二週間後にマスターしたらしい。

 今では、もっとたくさんの魔法を覚えているようだ。


 眠りの呪文、鍵開けの呪文、風寄せの呪文……。タータは初歩的な魔法について、多くを習得した。


 中でも師匠のサチメラでさえも目を見張るほどの上達を遂げている魔法がある。それは探し物の呪文だ。

 紛失した物を念じるだけで、それが今どこにあるかを導き出すことができる魔法だ。

 タータは、探し物の呪文については、サチメラを越えて精度の高い成功率をあげているようだ。




 ある日の夜、四人姉妹と夕食を共にしているときに、タータは探し物の呪文を披露してくれた。


「プッピ、何かなくした物はない?なんでもいいわよ。私には探し物がどこにあるのか、見えるのよ」


「じゃあ、一つ探してもらおう。マケラ様からもらった短剣は、俺の家のどこにあるか当ててごらん」


「短剣ね。いいわよ」


 タータは自分の部屋に行き、小さな水晶玉を持ってきた。そして、左の掌に水晶玉を載せ、右手を水晶玉にかざし、もごもごと呪文を唱え始めた。そして呪文を唱え終えると、三十秒ほど水晶玉を見つめていた。そして言った。


「短剣はね、プッピの部屋のベッドの下よ。ベッドの下に、茶色い布にくるんで置いてあるわ。……当たりでしょ?」


「驚いたな……。当たりだよ。」


 タリアとユリアとニキタは歓声を上げて拍手した。


「ねぇ、じゃあ今度は私にもして」タリアが言った。


「亡くなる前にお父さんから貰ったお守りはどこにあるでしょう?」


「お父さんからそんな物もらったの? ……どんな物か簡単に教えてくれる?」タータはタリアに質問した。


「羊皮紙に青色のインクで神聖文字が書いてあるの。紙の大きさは手の平の半分くらいかな。四つ折りに折りたたんでいるわ」


 タータは自分では見た事のないお守りを、タリアの説明を聞いて頭の中でイメージしている様子だった。そして、タリアに向かって頷くと、再び水晶玉に右手をかざし、呪文を唱え始めた。呪文のあと、水晶玉の中を覗き込み、しばらくしてから言った。


「この家の中にはないわね。……プッピが持ってるの? プッピの家の、背負い袋の中?」


 タリアは両手で口を押えて、目を丸くして言った。


「正解よ。プッピがダイケイブに行く時にあげたのよ」


「すごい! 本当にわかるのね!」ユリアがタータの肩を叩きながら言った。


「ねぇ、他にはどんな魔法が使えるの?」ニキタがタータに聞いた。


「私が一番得意なのは、今見せた探し物の呪文よ。サチメラが、自分よりも上手いとほめてくれたわ。私、探し物専門の魔法使いになろうかな? ……他にも覚えた魔法はあるわよ。眠りの呪文とか……」タータが言った。


「眠れるの? 私、最近なかなか寝付けなくて困ってるのよ」タリアが言った。


 そういう訳で、その日の夜、タータは不眠で困っているタリアに眠りの呪文をかけてやる事になった。




 四人姉妹との夕食が終わり、俺は離れに戻った。


 風呂に入ってからベッドに横になり、スマホを取り出して、ユキと他愛もない会話をしてから、眠りについた。




 翌朝のことだった。起床して身支度をしていると、扉をノックする音が聞こえた。タータだった。


「プッピ、困っているの。昨日の夜、タリアに眠りの呪文をかけたの。タリアがすぐに寝付いたところまでは良かったけど、今朝になって、全然起きてこないのよ。プッピが声をかけて、起こしてみてくれない」


 年頃の女性の寝室に行くのは気が引けたが、タータが頼むので、渋々タータと一緒にタリアの寝室へ行った。


 タリアは寝息をたてて眠っていた。


「全然起きないの」タータが言った。


 俺はタリアに声をかけてみた。


「タリア、おはよう、朝だよ」


 しかし、タリアは寝息をたてたままだ。もう一度、こんどは大きな声で呼びかけてみるが、変わらない。肩を叩いても無駄だった。タリアはまるで眠り姫のように眠りこけている。


「呪文が効きすぎたのかしら」


「眠りの呪文を解くには、どうするんだい」


「それはまだ習ってないの。でも、普通だったら、わざわざ眠りの呪文を解かなくてもこんなにたっぷり眠ったら自然に目を覚ます筈なのよ」


 ユリアとニキタが声をかけても駄目だった。タリアはぐっすりと眠り続けていた。


 俺はタリアの店の倉庫から気つけ薬を持ってきた。そしてタリアに嗅がせたが、それも駄目だった。


 腕をつねってみても無駄だった。いよいよタータがタリアの頬を叩いたが、それでもタリアは眠り続けていた。


「王子様のキスで目を覚ますんじゃないかしら。プッピ、やってみたら」ニキタが俺に言った。冗談じゃない。そんな事できるわけがないし、俺のキスで目を覚ますわけがないじゃないか。俺は拒否した。


 とうとうタータが泣き出した。


「私の呪文のせいで、タリアが一生目を覚まさなかったらどうしよう」


「仕方ない。サチメラを呼ぼう」俺は言ったが、タータが嫌がった。


「サチメラには内緒にしてよ。怒られるもの」


「じゃあ、ベアリクに頼もうか」




 結局、俺がベアリクの家に行き、頼み込んでタリアの家に来てもらった。


 ベアリクはぐっすり眠っているタリアを見て首をひねる。


「うーん、おかしいな。タータのかけた眠りの呪文で、ここまでよく眠ることはないと思うのだが。タータ、ただの眠りの呪文をかけただけだろう?」


「そうよ。何も変わったことはしていないわよ」


「もしかしたら、タータは途轍もなく魔術の才能があるのかもしれないな。普通はね、覚えたての眠りの呪文で、ここまでぐっすり眠りこけるなんて事はないんだ。よほど腕のたつ魔術師がかけたのでないとな。タータはすごい魔法使いになるかもな」ベアリクは微笑み、泣いているタータに慰めるように言った。


「どれ、眠りの術を解いてみせようか」


 ベアリクは自分の杖に向けて何かをつぶやき、その後に杖の先端を寝ているタリアにコツンとぶつけた。


 すると、タリアは何事もなかったように、一度大きく伸びをして、目を開けた。


「タリア! やっと起きたわ」タータは安堵の表情だ。


「……あー、よく寝たわ」タリアが目をこすりながら、かすれた声で言った。


「どうして皆が集まってるの?」タリアの寝室にユリアとニキタ、タータに俺、そしてベアリクまでが集まっていることに気づき、そう言った。


「あなたが朝になっても全然目を覚まさないんだもん。叩いてもつねっても起きないものだから、大騒ぎだったのよ」ユリアが言った。


「タータの眠りの呪文がよく効きすぎたんだね。しかし、よく眠れて良かったなぁ」ベアリクが言った。


「そうだったのー。私は大丈夫よ。よく寝て、すっきりしたわ」タリアが笑って言った。




 こうして朝からの騒ぎは一件落着した。


 皆でベアリクに礼を言い、ベアリクは帰って行った。


 タータは「もう慣れない魔法をみんなに使って見せるのは止めるわ。懲りたわ」と反省している様子だった。




 その日の昼、店の仕事が一段落してタリアと一緒に昼食を摂っているときに、タリアが話し始めた。


「私、寝ている間に夢を見たわよ。プッピ、あなたが出てくる夢だった」


「俺が夢に? どんな夢だったんだい」


「あなたがね、悪魔にとり憑かれるのよ。それで、悪魔に憑かれたあなたが、トンビ村を襲うの」


「物騒な夢だな。悪夢じゃないか」


「そうね。私うなされてた?」


「いや、気持ちよさそうにスヤスヤ寝ていた」


「それなら良かった。予知夢じゃないといいけど」


「予知夢じゃないことを切に祈るよ」俺は言った。


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