16 ユキのパート その5




 その日の夜遅くになってからも、シンは眠ろうとしなかった。ベッドに横になりながら、目をしっかりと開けて、周囲を見続けていた。

 主治医の判断で睡眠剤が与えられ、内服後しばらくしてシンは眠りについた。


 ユキはシンが眠りにつくまで付き添っていたが、十二時過ぎにシンが眠ったのを確認してから、家に帰った。


 家に帰ってからもユキは眠れなかった。

 タカハシは今もアイランドにいるのならば、目を覚ましたシンは何者なのだろう。

 タカハシの身体の管理を任されてからずっと、いつかタカハシが目を覚ますことを待ち望んでいた。

 しかし、今ユキは複雑な気持ちだった。

 目を覚ましたタカハシは、タカハシ本人ではないというのだ。

 シンがタカハシでは無いのなら、タカハシの身体を、他の誰かが乗っ取ってしまったという事だろうか。

 しかし、そんな事が有り得るのだろうか。ユキは結局一睡もできなかった。




 その翌日は、シンに脳波検査をはじめ、各種検査や診察、カウンセリングが行われた。


 シンは覚醒前の記憶を何一つ持っていないという事以外、検査結果では何も異常を示さなかった。


「これは一つの仮説ですが」甲村Drは前置きをしてから、ミーティングルームで針山とユキに話し始めた。


「長期間、意識と身体が分離して抜け殻の状態となっていたタカハシさんの脳が、自らこの状況に対処するために、自己修復をした結果なのではないでしょうか」




 つまり、アイランドに本人の意識が転移して、抜け殻となっているタカハシの身体、というよりタカハシの脳が、自意識が無いという異常な状態から脱却するため、意識体の再構築を行ったのではないか? ということだ。

 その結果出現したシンという人格は、タカハシ本人とは別の、新しい自意識の誕生を示す。


 しかしそれは、歓迎すべき事ではなかった。

 なぜなら、タカハシ本人は、アイランドに転移して、今もアイランド内で過ごしているのである。

 このままだと、もしタカハシが元の世界に戻ってくるとしても、シンという新たに誕生した自意識が脳内を占拠しており、タカハシ本人が戻っておさまる場所が無いのである。




「タカハシさんが帰ってくるときは、どうなるんですか」ユキは針山と甲村Drに聞いた。


 針山も、甲村Drも、ユキの質問の答えを考えている様子だった。結局、誰からも回答は得られなかった。




 午後には、理学療法士の付き添いのもと、シンは歩いた。最初のうちはバランス不安定でふらついたりしたものの、すぐに安定した足取りでゆっくり歩くことができるようになった。




「トイレに行きたいです」とシンは訴えた。


 甲村Drの判断で、尿道カテーテルも抜かれた。理学療法士がトイレまで付き添い、シンはトイレで用を足した。




 昼食も夕食も、シンは看護師の介助なしに、お粥を自分で食べた。本人はお粥ではなく、普通の物を食べたいようだったが、甲村Drは少なくともあと数日はお粥で様子をみていこう、とシンに説明した。




 夕方、針山がシンの様子を見に来た。


「シンさん、この方は針山さんです。このオフィスの責任者よ」ユキがシンに紹介した。シンは、ベッドサイドに置かれたソファに座っていた。針山を見て頷き、会釈をした。


「シンさん、こんにちは。私のことはもちろん覚えていませんね。針山と申します」


「僕は、どうしてここにいるんでしょうか」シンは針山に質問した。


「あなたは、ある事故が原因で、長い間意識不明の状態でした。意識が無い間、あなたはこの部屋でずっと看護を受けていたんです。あなたが遭った事故の原因は、私共にあります」


「事故って?」シンが聞いた。


「それはまた、おいおい話していきましょう。今はとにかく、リハビリを頑張ってください」


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