15 ユキのパート その4




「あなたは、誰なの?」つい、ユキはタカハシにそう聞き返してしまった。


「僕は……。僕は、誰なんだろう。ここはロッポンギ? ……自分が何者なのかわからない。何も思い出せないんです」タカハシは言った。


「ここは病院ですか?」タカハシが甲村Drに聞いた。


「うーん、まぁ、病院みたいな所だよ。君は、自分の名前を思い出せないのかい」


「はい……。何も思い出せません」


「名前や、生年月日や、住所……。何か思い出す事はないかい」甲村Drはタカハシに聞いた。


 タカハシはしばらく天井を見つめて考えている様子だった。


「だめです。何も思い出せない。僕の名前は? タカハシですか?」


 ユキはタカハシの手をとって、言った。


「あなたはタカハシさんじゃないの。タカハシさんの体だけど、あなたはタカハシさんじゃないのよ」


「何ですかそれは。意味がわからない」タカハシは言った。


「私達にもわからないの。でも、心配しないで。ここは安全な場所よ。あなたはここにいる先生や看護師さん達から手厚い看護を受けているの。だから安心して過ごしてください。何かわかったら、すぐに伝えるから」


「とにかく、僕の名前だけでも教えてくれませんか? 誰も僕の名前を知らないのなら、あなたが僕に名前をつけてくれたっていい」


「そうね……、あなたの事、シンさんって呼ぶことにするわ」“シン”は、高橋真一の、名前から連想した言葉だ。ユキは、彼のことを今後はシンと呼ぶことに決めた。


「シン……ですか。僕の名前はシンですか」


「ええ。これからあなたの事、シンさんって呼ぶわ。……シンさんは、長い間意識を失ってここで眠っていたのよ。シンさん、お腹はすいていますか? ご飯が食べれそうですか?」




 その後、医師と看護師の監視のもと、シンは食事を摂った。

 長期間意識不明で、口から食べ物を摂っていなかった状態だったにもかかわらず、シンは看護師の介助で重湯を食べた。

 水分もムセずに飲み込むことができた。

 どうやら経鼻チューブ再挿入の必要はなさそうだった。


 食事の後、シンは再び起き上がろうと試みた。

 そして、自力で肘をついてベッドから体を起こし、足を床に下ろして座った姿勢をとることができた。

 めまいやふらつきは起こらなかった。

 そして、しばらく座った姿勢に体を馴染ませたあと、ベッド柵を掴んで、立ちあがることまで出来た。


「すごい回復力だ」甲村Drがシンを褒めた。




 シンは歩く練習もしたい、と言ったが、甲村Drと山口看護師がそれを止めた。

 意識回復した当日に、歩行訓練まで進む必要はない。口から食事が摂れて、ベッドから足を下ろして座れるだけで十分だ。




 ユキは、針山に再び報告に行った。

 そして、目を覚ました彼のことを“シン”と呼ぶことにした、と伝えた。

 覚醒したシンは、主治医も驚くほどのスピードでリハビリが進んでいる、と報告した。


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