14 ユキのパート その3
ユキの報告を聞いた針山は頭を抱えて黙っていた。やがて、下を向いたまま口を開いた。
「タカハシさんが目を覚ましただって……。しかし、タカハシさんは、今もアイランドの中にいるんだぞ。私はついさっきまで、SMSで連絡を取り合っていたんだ」
「じゃあ、あそこで目を覚ましているタカハシさんは誰ですか?」ユキは聞いた。
「わからん……。しかし、タカハシさん自身の意識は間違いなく、今もアイランドの中にいる。タカハシさんが、アイランド内で存在したまま、目を覚ますということは有り得ない事なんだ。全く不可解だ」針山は椅子に座りなおし、顔を上げてユキを見た。「……今、彼はどうしているんだ?」
「看護師の見守りのもと、ベッドで安静にしています。でも、目を覚ましてすぐに、鼻のチューブを自分で抜き取ってしまいました。」
「鼻に挿入しているチューブは栄養を補給するための物だな。どうするんだ? もう一度挿入しなおすのか」
「タカハシさんが嫌がらなければ、医師がチューブ再挿入をするでしょうけど、多分、嫌がると思います」
「ちょっと待て。あそこで目を覚ましている人物は、タカハシさんでは無い。紛らわしいからタカハシさんというのは止めてくれ。タカハシさんは今もアイランドにいるんだ」
「じゃあ、彼を何と呼んだら良いでしょう?」
「うーん……。栗谷くんが考えてくれ。考えがまとまったら、また報告してくれ。私はこれから上司に報告しなければならないので、いったん失礼するよ。君も持ち場に戻ってくれ。動きがあったら教えてくれよ」
ユキが一礼して針山のオフィスを出ようとした時、針山がユキを呼び止めた。
「栗谷くん、一つ言っておくよ。状況がはっきりするまで、アイランドにいるタカハシさんには、何も言わないように。SMSのやり取りはいつも通りの会話だけにしておいてくれ」
「……わかりました」ユキは針山に返答して、オフィスを出、目を覚ましたタカハシのもとへ戻った。
タカハシはベッドで安静にしていた。
部屋に入って来たユキのことをじっと見つめている。
鼻に挿入されていたチューブは、覚醒してすぐに本人が抜き取ってしまったので、今は鼻の周りはきれいな状態だ。
ベッドサイドに主治医の甲村Drと看護師の山口が立っている。
「十七時三十五分にタカハシさんは目を覚ました。目を覚ましてすぐに、経鼻チューブを自己抜去。
それから自分で起き上がろうとしたが、めまいとふらつきがあって、うまく起き上がることができなかった。
発見した栗谷さんが看護師を呼んだ。
山口さんが駆けつけて、タカハシさんを寝かせて安静にするよう声かけた。
タカハシさんは頷いて、それから今まで、おとなしく横になっている。……栗谷さん、状況はこんな所だね」甲村Drが言った。
「ここはどこですか?」ベッドで寝ているタカハシが、ユキに訊ねた。
「ここは……、えーと、ここは六本木です」ユキはタカハシに答えた。
「バイタルサインは異常なしです。……ちょっと心拍数が上がっているくらいかな。鼻のチューブを抜いてしまったから、夕食は流動食を準備しているわ。……食べれるかどうかは、試してみないとわからないけど」看護師の山口が言った。
「タカハシさんは突然アイランドからこの世界に戻ってこれたんだね。それとも、プログラミングチームはこの事を予測していたのかな」甲村Drがユキに聞いた。
ユキは首を横に振った。
「いえ。違うんです。タカハシさん本人はまだアイランドにいるそうです」
「じゃあ、一体……?」甲村Drは目を覚ましたタカハシを見ながら言った。
「僕は誰なんです?」
タカハシはユキを見つめながら言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます