09 薬草師ベレタ その3




 俺は書斎を出て、患者のもとに戻った。


 そしてコニルに聞いた。


「失礼なことを聞くけど、テルネの村の食生活は貧しいか? 普段、どんな物を食べているのかな?」


「なんだ、失礼だな。別にそこまで貧しい食生活は送っていないと思うぞ。決して豪華な食事ではないが、それなりに美味い物を食ってる」コニルは少し腹を立てた様子で言った。


「たとえば、野菜と豚肉は食べるかい」


「ああ食べる。肉といえば鶏と豚だな。特に親父は豚肉が好きでよく食ってた。野菜もいろいろな物を食べていると思う」




 おかしい。脚気であれば、ビタミンの不足が原因に違いないのだが、コニルの話では、肉も野菜もしっかり食べているようだ。それでは、ビタミンB1が欠乏する理由がない。


「どうだプッピ。わかったか」ウェイドが聞いた。


「うーん。栄養不足が原因の病気ではないか、という所まではわかったんだが、どうやらそれほど栄養に問題のある食生活を送っていたわけではないようだ。

 しかし、今の段階では、頑張って栄養を摂るように、としか言えない。特に豚肉と野菜をしっかり摂るんだ。治すにはそれしか方法がないと思う」


 ウェイドもコニルも、わかったようなわからないような、キツネにつままれたような顔をしている。


「すまん。あまり力になれなかったな」俺は言った


「いや、良いんだ。プッピ、わざわざ来てくれてありがとう。とにかく、食欲はなくても、無理矢理にでも食べさせれば良いんだな」コニルが言った。


「ああそうだ。治すには頑張って食べるしかないよ。栄養をしっかり摂るんだ」


「もし食べれなくても、薬だけはしっかり飲ませるようにするよ」コニルが言った。




 薬……?


「ちょっと待て? 薬って何だ?」


「ああ、言ってなかったな。先日まで村に薬草師が逗留していてな、その薬草師から買った薬があるんだ。滋養強壮薬さ。」


 ああっ! それだ。

 そう言えば行商の薬草師のベレタが、トンビ村に来るまえはテルネの村に滞在していたと言っていたじゃないか。


「そんな物を飲んでいるのなら、先に言ってくれよ。どれだい。見せてくれよ」


 コニルは荷物の中から薬を出して見せた。薬は小さな麻袋の中に入っていた。粉薬だった。少し手にとり、舐めてみた。舌がしびれるほど強烈な苦みがあった。


「なんて苦い薬だ。こんな物を飲んでいたのか。材料は何だって?」


「いや、詳しくは知らん。……そうだ、確かウラジロの若芽が原材料だと聞いた気がする」


「ウラジロって何だ?」俺はウェイドに聞いたが、ウェイドは肩をすくめて首を振る。


「薬草師がわからんのに俺がわかるわけなかろう」


「とにかく、わかった。これは食中毒だ。原因はその薬だ。もう二度とその薬を飲んじゃいかん。そして、薬を飲ませるのを止めて豚肉と野菜を食わすんだ。治療法はおそらくそれしかない」




 薬草師のベレタに話を聞かないといけない。そして、こんな危ない薬をトンビ村で売って回らせるわけにはいかない。


 俺は取り急ぎ祈祷所を後にした。そしてタリアの店に戻り、タリアに件の薬を見せた。




「うわ、苦い。これ、飲み薬なの? おかしいわよ絶対」タリアは言った。


「ウラジロの若芽って何だ? 滋養強壮に効くのか」俺はタリアに質問した。


「ウラジロはシダの一種よ。滋養強壮に効くっていう話は、大昔の薬草師の本には出ていたけど、今はその効能は否定されているわ。だいいち、何か調合方法がおかしいわよ。この苦み、とても口から摂って良い味じゃないわよ」タリアは言った。


「トンビ村でもこの薬を売って回っているかもしれない。販売を止めさせないとこの村でも病人が出てしまう」俺は言い、店を出た。




 俺は近隣の宿屋にベレタという行商の薬草師の男が来ていないか聞いて回った。しかし、近隣の宿にはベレタは顔を出していないようだった。


 次に俺は広場で遊んでいる子供達を呼び集め、銅貨一枚ずつを配った。そして、ベレタという男がどこかで顔を出していないか、繁華街中を聞き込みに回るよう頼んだ。子供達は銅貨を握りしめ、嬉々として散っていった。


 そして、雑貨屋のミゲルの店に行き、ベレタという男がこの店に立ち寄っていないか聞いたが、心当たりがないとのことだった。


 子供達の聞き込み作戦も空振りだった。しばらくして銅貨を渡した子供達は全員戻ってきて俺に報告してきたが、有益な情報は一件もなかった。




 俺は馬車を呼び止めた。そして、御者に伝言を頼んだ。


「マケラ様に伝えてくれ。行商の薬草師のベレタという男が、不良品の薬を売り歩いている。早く探し出して販売を止めさせないと、村に病人が発生することになる、と。返事をもらって、またここに戻って来てほしいんだ。」俺は御者に言った。




 すると、御者は顎に手を置いてしばらく考え、こう言った。


「多分、さっき乗せた客がそのベレタだと思うぞ。旅をしながら薬草を売っているのだと話していた。そして、駄賃がわりだと言って、滋養強壮薬をもらったぞ」御者はそう言って、麻袋に入った薬を俺に見せた。


「そいつだ。そいつがベレタだ。それからその薬、絶対に飲んじゃいかんぞ。滋養強壮どころか、飲んだら病気になるぞ」


「なんだって、この薬、薬じゃなくて毒かよ」


「それで、ベレタをどこまで乗せたんだ?」


「西の船着き場さ。なんでもしばらくトンビ村で過ごす予定だったが、急用を思い出したのでダマスの街に行くと言ってた」


「なんてことだ。よし、今度は俺を西の船着き場まで乗せて行ってくれ」


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