08 薬草師ベレタ その2
他に、何を調べたら良いだろう……。
目は診た。口の中も診た。胸も腹も異常はない。手足を診た。足がむくんでいた。手足がしびれると患者が言っている。手足の感覚が乏しくなっていると患者が言っている。食欲がない。活気もない。
あと確認していないのは、背中? しかし背中など見たって、俺には異常も正常もわからない。医者の診察の見様見真似をここまでしてきたが、もう思いつくことがない……。
俺は医者が患者に対して診察する様子を、もう一度始めから最後まで頭の中で思い返してみた。
眼瞼を診て、咽頭を診て、……そうだ、首のリンパ腺を診るかな?
俺は二人の頸部を触ってみた。しかし、特に腫れている様子はなかった。
それから医者は、胸の音を聞いて、腹を触診して確かめて……。その次は何をしたっけ……?
あっ!!
思い出した。膝だ。膝蓋腱反射だ。
健康診断のとき、膝のお皿の少し下あたりを、医者が小さなハンマーみたいなものでコツンと叩く。すると、叩かれた足がピクンと跳ね上がる。あれだ。
あと思いつくのはそれくらいしかない。
「ウェイド。ここには小さな金槌みたいなものは……ないよな」
「いやあ、無いなぁ」
他に出来ることもないので、俺はタリアの店に走って戻り、道具箱の中から小さな金槌を探して、再びウェイドの祈祷所に戻った。
まずは椅子に座り、自分で試してみた。膝小僧の少し下あたりを、金槌でコツンと叩いてみる。何度か試すと、足がピクンと跳ね上がるポイントがわかった。
俺は寝ている患者の膝を立てさせて、足を組ませた。そして膝の皿の下あたりをコツンコツンと叩いてみた。しかし、何度やっても、反射は起こらなかった。
「プッピ、なんだそれは? どういう診察法なんだ?」ウェイドが目を丸くしている。
膝蓋腱反射が起こらない……。看護学校で習った病気の中で該当するのは一つしかなかった。
「なぁウェイド、この祈祷所には懺悔室みたいなものがあるか?」
「いや、懺悔室はないよ。ここは教会じゃないんだから」
「そうか……。ちょっと一人になって考えたいんだけど、どこか場所を貸してくれないか」
ウェイドはやや訝しみながらも、俺を個室に案内してくれた。
「ここは俺の書斎だ。自由に使っていいよ」
「ありがとう。」
一人きりになったのを確認し、俺はスマホを取り出した。
SMSを起動し、ハリヤマにメッセージを送り、返事がくるのを待った。ハリヤマからの返信は数分後に届いた。
◇『ハリヤマ、至急調べてほしいことがあるんだ。返事ください』
◆『お疲れ様です! なんでしょう?』
◇『また病気の検索をしてほしいんだ。
膝蓋腱反射消失 手足の痺れ 食欲不振 足のむくみ』
ハリヤマからの返信はすぐに届いた。
◆『検索しました。“膝蓋腱反射消失 手足の痺れ 食欲不振 足のむくみ”で確実にヒットしたのは、“脚気”、“ビタミン欠乏症”、この二つですね。』
◇『やっぱり脚気か。今度は“脚気”で検索してほしいんだ。ビタミンB1の欠乏が原因だと思うんだけど、合ってるかな』
◆『はい、合ってます。そのとおりです。ビタミンB1の不足が原因で発症します。ビタミンB1は穀物類、豚肉、レバー、豆類に多く含まれている。と出ていますよ』
◇『ありがとう! またね!』
俺はスマホを閉じてしまい込んだ。
村長と次男の病気は、やはり「脚気」で合っているようだ。患者は、膝小僧をコツンと叩いても反射が起きない。そして手足がしびれて、食欲不振と倦怠感があり、足がむくむ。すべて脚気の症状と合致している。
しかしだ……この世界の人間がどうして脚気になるのだ?
脚気が流行ったのは江戸時代だ。江戸の町民は、玄米を食べずに白米ばかりを食べて、栄養が偏っていたため多くの者が脚気を患った。脚気を予防するには、ビタミンB1を多く含む食物をしっかり摂ることだ。ビタミンB1は、穀物や豚肉に多く含まれている。欧米人は昔から穀物や肉類をよく食べていたため、脚気に悩まされたことはない。
そしてこの世界、アイランドも、当時の欧米の食生活と大きく変わることはないはずだ。皆、野菜を食べ、肉を食べている。ビタミンB1が不足して脚気になるという状況に陥るとは思えないのだ。
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